※基本的に敬称略でつらつら述べていきます
熊本出身で注目の若手女優・芋生悠がいまして。
単館作品での出演が多かった中、（おそらく）初となる全国ロードショーでメインキャストを務めた作品。
それが今回ダイレクトマーケティングさせて頂く『ひらいて』という作品です。ひらがな４文字。
原作は綿矢りさ…とかいうどこでも調べられる諸情報はさておいて。
この作品が勝手に対抗心を燃やしつつも傑作だった『いとみち』に比肩する出来映えだったという話です。
ただたらたら綴るとまとまらないので、同様に評価ポイントをいくつか絞りながら述べていきます。
○女子高生としてのリアリティ
山田杏奈という女優を今まで意識して見たことはなくて、
おそらく最大のチャンスが、アニメ版が好きだった荒乙の実写だったけどそれもスルーし。
ああ、だけど実写咲は全部見たな、けどあれは他のハマり役多かったしな…脱線。
というわけで今回が事実上の初対戦だったわけだけど、さすがに既に評価が高いだけあり、
特に表情の作り方がとても上手いなと思った（もちろんスタッフの撮影技術も含めて ※� �
おそらく原作では文字に依っている心象描写を、眼差しや仕草で繊細に表現していた。
演じる木村愛は、感情の揺れ動きの振れ幅の割にそれがセリフにあまり出ないのだが、
その分時間経過と共に移りゆく所作を変化させるあたり、非凡なタレントを感じた。
そして三角関係の残り２人も、お互いを引き上げ合いながら役作りが成されていたのかな、と。
そしてそのディレクションとして、脚本・編集も担当した首藤凜監督の手腕も高い。
弱冠２６歳という若さをハンデではなく、リアルな女子高生・若者の衝動として、
様々な味付けにより生々しく表現することに成功している。
そう、劇中にも「嘘くさい」という言葉が度々出てくるのだが、
女子高生の本音と建前という、一生理解し得ない世界を精巧に具現化しているのだ。
そのリアル感を担う一翼に、ダンスシーンで用いられる坂道風挿入歌、エンドロールの大森靖子主題歌、
これらが意識下に解釈の素地として敷かれている点も見逃してはならない。
【追記】カラオケシーンで歌った『ふたりの世界(あいみょん)』『散歩道(JUDY AND MARY)』も、２人の心理と行く先を示唆している。実に思慮深い。
※� 〇１討鮹甘�した岩永洋は、今夏のミニシアターを沸かせた『サマーフィルムにのって』も参加。
○原作通り？
原作未読の自分がそれを語るか？という話もあるのだが、
逆に未読だからこそ見えてくる事象もあるのではないかと。
当日のＴＬ見たら、これは解釈違いとか、あのシーンを省くのか、という不満もあり。
ただ、よくよく考えると、原作は９年前、２８歳の綿矢りさが作り出した文字による物語であり、
その中に生きる木村愛・西村たとえ・新藤美雪はあくまで架空のキャラクター。
それが映画作品として、人が演じ、人が撮る、その時点で原作者とは異なるバイアスがかかる。
それだけでなく、映画作品としては２時間という制約がある以上、詰め込める情報量には限界がある。
しかし映画を芸術作品たらせるには、ただ削るだけではなく、足す作業も必要だ。
例えば"富士山"が言語で説明されていて、それを画で表すにしても、同様だろう。
つまりそのストーリーの根幹にあるものは何か？
それを正確に捉えていれば、それに付随する加減された情報は、その人にとっての『ひらいて』になるのだ。
前述の『いとみち』でも主人公のディティール（象徴的には体格）が原作通りではない。
しかし駒井蓮と横浜監督はその上で彼女たちの『いとみち』を作り上げていた。
それは根幹にあるものが原作と通じていたからに他ならないだろう。
○３人の親の存在意義
上記の加減の部分で、この作品に残されていた部分で印象に残ったものとして、３人の親がある。
口幅ったくは説明しないが、それぞれの親がそれぞれの態度で子供に接している。
そしてそのどれもが、現実でも起こりえるような接し方であった（おそらく原作準拠とは思うが）
今年、"親ガチャ"という言葉が注目を集めた。
解釈すれば、子供は親を選べない、比較的ネガティブなイメージの言葉だ。
表面だけをなぞれば、たとえは親ガチャに失敗したのだろう、ということになる。
しかし、愛とたとえのやりとりに出てきた「狭い世界に閉じこもる」というワードが、
先述した作品の根幹を成していることに気付くと、その言葉で済まないことが見えてくる。
高校三年生という、社会に出る寸前の存在でありながら、
学校と家庭の狭い世界に閉じられているのは、現実でも大半がそうであろう。
そのことを指摘した愛は、優等生ぶって裏では遊んでいることで、自分は閉じてないと思っていたのだろうが、
その実、自身の"満たされない心"に無意識に目を背けていた。空虚だったのだ。
２人の関係に立ち入るにつれ、自身の虚ろな世界に気が付かされる。
後半の愛の行動はともすれば破滅的、暴力的であるのだが、満たされたいという心の叫びでもある。
満たされたいのはたとえも美雪も同じで、高校三年生にそれがピークに達するのは当然だろう。
それぞれの親たちは、指し示す方向に歩かなくなった子供に戸惑う。
でもその親たちも、それぞれ満たされない気持ちを抱えていることが映画には情報として示されている。
満たされない親が満たされない子に接する、そういう根底に流れるアンバランスさもほのめかされている。
今自分が生きている世界もそういう不安定な均衡を保ち、自分はその中にゆらゆらと存在しているのだ。
○バッドエンド？ハッピーエンド？
ここはものすごく解釈が分かれる、もっと言うと原作者や監督も投げていると思う。
それは決して悪い意味ではなく、それを選択した人にとってはそれが正しかったからに他ならない。
かの勝海舟は「行蔵は我に存す。毀誉は他人の主張、我に与からず」という言葉を残している。
結果として江戸幕府は崩壊し体制は大きく変化したが、その後の日本の歴史はご存じの通りである。
先述した、破滅的、暴力的な愛の行動は、物語としては２人の世界を大きく変化させた。
ｉｆ、もしも愛が引っかき回すことがなければ、２人の"狭い世界"はそのままだっただろう。
一見、愛という１人の女子高生を描く物語でありながら、
メインストリームにあるのはたとえと美雪、２人の物語であり、さらには１人１人の物語なのだ。
そこまで理解して、結末が分かっていれば、この作品のさらに根幹を成すものに気付く。
"狭い世界に閉じこもる"ことを打破することが、表向きの根幹であるように見えるが、
美雪の物語という立場を取ると、美しく汚してはいけない存在が、ついには自ら破壊を望んでいる。
そして愛は、たとえができなかったその役割を担っている、そう仕向けられていたように。（※�◆�
綿矢りさは、戦前戦後の文豪・谷崎潤一郎に心酔していることは知られている。
その谷崎は耽美派として知られているが、女性の美、人間の美を描くことに執着した。
自分は若い読書家当時、この手の小説を受け入れるキャパシティが無かったのだが、
綿矢りさや首藤凜が十代にてそれを会得したことがすごいのか、
それとも十代の女性が持つ女性の本質を捉えていた谷崎がすごいのか、まあ両方すごいのだろうけど。
そしてそれを表現しようと苦心した山田杏奈もさることながら、
あまり多くは語らずとも壊される役割をさらっと受け入れられる芋生悠の天性にも驚愕するのである。
※��追記 映画の予告にある「なら、奪えばいい」が観終わるとやや引っかかる、本当にその通りなのかな、と。
愛は奥底から何かを欲していたようでもあり、それは美雪も同じで、お互いの本能の引き合わせだったのだろうか。
と、最後はこのテキスト冒頭で述べた"芋生悠という女優"を勧めることに戻ったので、
このあたりで『ひらいて』レビューを閉じようと思う。
そう、外界から見ると、閉じたように見えて、内面は"ひらいて"いる、そんな物語と自分は受け止めた。
※届かぬ思い 映画のパンフレットを入手した人は、ページの外側にも気付いてください（小声
【関連テキスト】
２０２１年に冠たる実写映画『いとみち』の素晴らしさを知っていただきたい
https://open.mixi.jp/user/11953538/diary/1979844818
映画『やがて海へと届く』が、届くべき人に届いて欲しい
https://open.mixi.jp/user/11953538/diary/1981970807
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