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2019年11月18日18:23

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帰化人の辻本清美、福島瑞穂 (おぞましいテロ?エロ画像注意!)

参照:2006年11月15日付ソースくれくれ厨「福島瑞穂、土井たか子、筑紫哲也は朝鮮人?」↓
https://ameblo.jp/kurekure/entry-10019998980.html

参照:ユーチューブ「帰化された有名人(後継者)」↓
https://www.youtube.com/watch?v=redAO_kVaVo

参照:ユーチューブ「帰化された有名人(弁護士)」↓
https://www.youtube.com/watch?v=ke-RQqG45Ww

参照:2012年5月12日付正しい歴史認識、国益重視の外国、核武装の実現ブログ「北原みのり 「韓流スターが日本に定着した理由は『エロい』から」・朝鮮人の女性用アダルトグッズショップ代表が日本人に成り済まして週刊朝日で東方神起べた褒め・「もう日本の女は韓流から後戻りはできない」↓
http://deliciousicecoffee.jp/blog-entry-4645.html

参照:2011年12月13日付今日ボクが見た風景「靖国神社で無断でヘアヌード撮影 在日朝鮮人・北原みのり」
http://hinoe.cocolog-nifty.com/blog/2011/12/post-89ba.html

2017年4月4日、さいたま市で市民団体「のりこえネット」共同代表で在日韓国人の辛淑玉(シン・スゴ)が、講演会を開いた。シン・スゴは講演の中で、「朝鮮人であるだけでなく、女であることはそんなに叩かれやすいのか。辻元清美もそう。福島瑞穂(参院議員)もそう」と発言し、辻元清美と福島瑞穂が帰化人であることを暴露して話題になった。

1960年(昭和35年)4月28日生まれの辻元清美は、1995年(平成7年)4月7日の官報に、本名の朴貞子(パク・サダコ)が帰化したことが記されている。辻本清美は初めは議員になるつもりはなかったが、社会民主党党首で北朝鮮と結びつきが強かった故土井たか子から、後継者の一人として支援を受けた。1996年(平成8年)10月14日の官報の「衆議院名簿登載者の氏名簿」に辻本清美の記載があり、辻本清美は選挙に立候補するため、選挙の前年の1995年に日本に帰化したのである。

辻元清美は転職して国会議員になったが、著書で「国会議員になるまでは正直言って『国会議員にだけはなるまい』と思っていた。先生と呼ばれるほどのバカでなし、といった心境ではない。ストレートにいうと、国会議員になってしまう、政治家になってしまうことが怖かったとでもいおうか」と述べており、議員になるつもりがなかったので、直前まで帰化しなかったということである。

1996年に女性向けアダルトグッズショップ 「ラブピースクラブ」を設立した北原みのりは、辻元清美の友人でサポーターである。北原みのりが、在日韓国人や朝鮮人の代表的商売の一つであるアダルトショップの代表であるばかりか、祖母はラブホテルの経営者で、ラブホテル経営も在日韓国人や朝鮮人の代表的商売の一つだそうだ。北原みのりは「1983年9月1日の大韓航空機撃墜事件で叔母と従姉妹を亡くしました。 旅先に、または故郷へ向かう人たちが、何かの力で一瞬に殺される理不尽」と述べ、更には、靖国神社の敷地内で醜い裸を晒して写真撮影を行うとい靖国神社への冒涜行為を働いているので、この精神性は日本人ではなく在日韓国人、朝鮮人の可能性がある。

なぜこのボディで脱ぐのか(謎・・・テロとしか・・ぇ
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辻本清美も大人のオモチャに直筆サインするという議員としてあるまじき行為を行って顰蹙を買い、2005年10月7日付東京スポーツに「バイブ事件」としてとり上げられた。
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ちなみに辻元清美議員は、「私は今護憲派と言われていますが、本当のことを言えば1条から8条はいらないと思っています。天皇制を廃止しろとずっと言っています」と発言し、著書では皇室について、「生理的に嫌だと思わない?ああいう人たちというか、ああいうシステム、ああいう一族、近くで同じ空気を吸いたくない」と書いている。

1955年(昭和30年)12月24日生まれの福島瑞穂こと趙春花が帰化したのは1986年(昭和61年)2月15日と言われているが、福島瑞穂の通名(日本人に擬態した名前)は福士幸子で、本名は林貴妹。林は朝鮮人の姓の1つでイムと読むそうだ。1985年(昭和60年)2月16日の官報に林貴妹(福士幸子)が帰化したことが記載されている。帰化したのは昭和60年2月なので、昭和61年2月分の官報を全て見ても、趙春花の帰化について掲載がないのは当然である。

福島瑞穂は、1984年(昭和59年)11月7日に司法試験に合格した。司法試験合格後に弁護士になるには、研修所で裁判所が定めた司法修習を行わなければならない。現在は修習期間は1年だが、福島瑞穂の時代は修習期間は2年だった。当時は、司法試験に合格してから研修所で司法修習を行うまでに、外国籍の者に対し、帰化して日本国籍を取得するように促していた(今は外国籍のまま弁護士になれる)ので、福島瑞穂は司法試験に合格した翌年の1985年(昭和60年)の4月に研修所に入る前の2月に帰化した。そして、日本人として2年間の司法修習の研修を受け、62年4月2日に司法修習生の期間を終えたのである。

ちなみに、福島瑞穂の事実婚の相手は海渡雄一という弁護士で、夫婦別姓を実行するため、婚姻届を提出しないそうだ。中国や韓国は儒教の国なので夫婦別姓で、夫と妻は他人なので血統が違い、結婚しても夫の血を受け継ぐのは子供だけなので、夫の血を継ぐ子供が夫の名字になればいいのであって、血統が違う妻に夫の名字は必要ないという考えだ。儒教は男尊女卑が激しく、娘は家の名前を残せない。福島瑞穂は血統は韓国人か朝鮮人なので、夫婦別姓を選択していると思われる。
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