仕業

　先日ばかり若いのを指導しているとか書いた気がするが、最近、また別の若いのを指導する事になった。
　それで、仕事で人と会う機会があり、その相手の名前を見た新人が……やなぎおさんですかね……との事、まぁ「柳生」と書いてあったワケであるが。
　それで思わず、おやキミ、柳生は流石に読めるダロウ……とツッコミを入れたのだが、よくよく考えれば戦国史に興味が無いだろうし、昔みたいに時代劇を普通にやっていなければ新陰流も聞いた事がないかも知れない。
　と思ったので剣豪とか剣術について聞いてみたが普通に知らないという反応、ちなみに宮本武蔵の名前は知っていて、岡山県美作出身という事も何故だか知っていたが、二天一流は知らないし、ナニをした人かも知らなかった……マジか？？
　それで休憩時間に他の年齢層の連中にも「柳生新陰流」という文字とその意味について色々と聞いて回ったが、結論として……年齢３５歳以上であれば確答が得られたが、３０前半であれば文字は読めるが意味は判らず、３０代よりも前だと柳生の文字も読めないという結果になった。
　ちなみに私と同年代、及び先輩に聞いたトコロ、知っていて当然という反応で、若い連中が柳生新陰流を全然知らなかった、という説明をしたら、概ね私と同じ反応をしていた。
　まぁ、結論として一昔前であれば柳生十兵衛が主人公のドラマがあったり、午後８時くらいに時代劇をやっていたりで、柳生の名前が出てくる事があった。
　またＳＮＫのゲームのプレイアブルキャラクターとして柳生十兵衛も参加していたし、漫画にも登場しているのでその辺りから識っているという結論となった。
　それにしても柳生を読めない、新陰流を知らないというのが、何時の間にか普通になっているという事に驚きを隠せないのである。

　　「民衆暴力」　藤野裕子・著
　この本を手にするのについて、実は多少の曲折があったのである。
　というのも先の日記にも書いたが「悪党・ヤクザ・ナショナリスト」を読了しているのであるが、この解説にこの著者である藤野氏の名前が載っていたのである。
　それで名前を覚えていたトコロ、ネットニュースでこの著書の紹介と共に著者の名前が出てきていて興味を持ったのだが、記事の紹介文を読むと露骨に左派、今世風に云えば反日の臭いのする内容であった。
　先の本の紹介文は割に常識的な文面であったと思ったので違和感を覚えたのである。
　よって……先の書からの引き続きでもあるが……興味のある題材である事も手伝って購入を決定したのである。
　それで読了の感想であるが……その前に「君子不以言挙、人不以人廃言」という論語の一条を思い出した。
　その上で改めて内容だが、途中までは間違いなく、緻密な調査と丁寧な分析による、冷静な解説であり非常に読み応えがあった。
　だが４件の内、最後の関東大震災に於ける朝鮮人虐殺についての記述に入った途端、それまでの丁寧な調査、分析と比較すると非常に粗雑になった印象を受ける。
　どちらかと云えば、それまでは事象の分析が目的であったが、最後の震災についての解説については、それまでの分析内容を決定された結論に導くための道具にしているという印象となる。
　それで後書きに、歴史修正主義に行政に入り込んだ云々……という文章を冒頭に持ってきており、本書の執筆理由を明かされた辺りで判り易く納得させて貰った。
　私も酒に酔って道に滑る事はあるが、この人は自身に酔って道理を誤った人であるというのを理解した。

　彼女の主張は、関東大震災時に於ける朝鮮人虐殺については、当時の政府が主導したものであり、庶民もそれに対して荷担している……というモノで、文章には出てこないが、今でもその責任が全ての日本人にあると感じているのではないかと思う。
　まぁ、左翼人士の当然として、自分は認識しているから反省も責任も感じていない……という印象ではある（自身の帽子を乗せる為の台を地面に転がすのは、価値が無いという事を理解した上で平気でやりそうだが）。
　先に云えば関東大震災時に於ける朝鮮人の殺害はあったと思うし、実際に裁判があって判決が出ている以上は最低数を疑うにせよ事実として受け止めている。
　歴史修正主義者というか、レッテル貼りに忙しい連中を史家として認めるのは常に難しいと考えているが、何れにせよ、だからと云ってその責任を何処に持っていくか。
　朝鮮人を殺害した根拠は、朝鮮人による暴動の噂で、それに恐れた民衆が自警団を組んで、結果として朝鮮人多数を殺害したというモノだが、この著者の説明によれば、朝鮮人を恐れた政府の人間が民衆を煽り、民衆も朝鮮人に対して差別意識を持っていたので、反抗を恐れて虐殺に回った……というロジックである。
　勿論、政府は民衆に対して、朝鮮人を虐殺する様に権限を与えておいて、後に責任逃れをしている……という事なのだが、その辺りの説明の粗雑さが実に非道い。
　この人は、震災期間中の朝鮮人犯罪者、という当時の官憲の史料を引用しているのだが……１４０名が抽出されているが、うち１２０名が死亡逃亡氏名不詳等で追跡不能、２０名中１５件が窃盗、横領、贓物運搬で有罪となっていると説明しているのだが、震災後４４００件の窃盗があったとの由、４４００件中の１５件が朝鮮人の犯行だとして、それが暴動の証拠にはならない、という説明である。

　参考文献を見ても判るが、関東大震災のトピックに入った途端、朝鮮系の名前が並び、学術的な価値を信じる以前に、学術的に審査された内容なのかから気にかかる始末である。
　しかも事前の検証すらされずに、上記の様なよくワカラン文章で朝鮮人の潔白を証明したことにしている。
　そもそも事前の説明に従えば、朝鮮では植民地での叛乱暴動を起こしており、移民としてどういうカタチで東京周辺に住み着いていたかの説明もないまま、まるで無実の良民が一方的に理由もなく殺害されたかのように書き起こすのは実にイヤらしい筆遣いである。
　悪党だから惨殺も已む無しという積もりも無いが、善良な朝鮮人を虐殺した、悪辣な日本人とそれを使嗾した悪逆な日本政府、という歴史観を強制するのであれば対抗するのは、正当な史家であれば向かって立つのは当然であり、それを歴史修正主義とレッテルを貼るというのであれば受けて立たざるを得ない。
　没義道に対するのは正論、卑怯、卑劣に立ち向かうのは正義の仕業である。