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2020年05月14日11:17

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研究

 先日から途中経過を挟んでいた岩井秀一郎氏の渡辺の評伝であるが、結局、手許で読んでいる本の中で、これをサッサと読了して仕舞った辺り、私にとって固より興味深い対象である事を再確認した様な気がする。
 それで早速の感想である。

  「渡辺錠太郎伝」 岩井秀一郎
 結論から云えば及第点という評価にはなるけど、近代史の中に答えを求めようとする読者からすれば、瞳を欠いた蛇に足が生えている、とでも評さざるを得ないという事にはなる。
 先ず筆者について、我が知友が別の場所で指摘した通り、処女作として多田駿夫伝を上梓している歴史研究家のノンフィクション作家である(但しこっちは未読、今後も購読の予定は無い)。
 立ち位置としては、保阪正康さんや半藤一利さんのような印象で、本文の中に歴史上の新たな視点や解釈は出て来ず、どちらかと云えば、著名とは云い難い渡辺錠太郎を立派な人物であると紹介するのが目的、といった内容であった。

 ただその紹介については既存の史料の他、靖国神社所蔵の関係文書や、過去(戦前、戦後を問わず)の雑誌記事からの積極的な引用等、渡辺自身の肉声を可能な限り引き出すように努めている。
 私にはそれが、研究者として普通なのか、甚だしい労苦を伴うモノであるかは判断できないが、今までに紹介されていない記事内容については素晴らしい調査であると感じた。
 ただそれらは私の求める研究成果ではなく、前半でも触れたが、どうして山縣の取り立てを受けなかったのか? それまで地味とされていた(と解説される)渡辺が突然、表舞台に立ったのか?
 いずれの疑問も渡辺の無私の正義、信念に基づくといった結論に持って行っているが、そこを突き詰めない以上、私にとっては常に物足りなく思うトコロである。

 過去に阿川弘之氏が山本五十六の小説を描くに当たり、地元の人士に出会い、そして顕彰会や伝記刊行会の様な、そして山本五十六とも直接の関わりのあった人達から、その立派なる旨を聞き取っている。
 その時に、阿川氏は内心で……この人達の期待のとおりの内容にはならないだろうな……と思いながら山本五十六の連載を続け、結果として関係者からの訴訟(主に名誉関係だったと思うが……)を受けているし、地元の人士関係者から抗議、苦情を受けていたとの話があったような気がする。
 まぁ、あれは女性問題云々を真っ正面から取り上げ過ぎたという憾みがあるのであろうが、人物を描くのに於いて作家として自己の所信に従う姿勢は堂々たる覚悟と評しても良かろうと思う。

 ナンの話しかと云うと、この筆者、折角様々な人達から様々なインタビューをしているが、そこから先が無く、基本的に伝記刊行会の本以上の内容になっているように思えないのである。
 地元の人も錠太郎をエライと云っている、調べたトコロ、やっぱりエライと判った……と改めて云われても困惑させられるばかり。
 研究者を名乗る以上、踏み出した意見、考察はあって然るべきではなかろうか。
 また最後段では、序でも取り上げた渡辺和子女史が再度登場、青年将校安田優の弟で、現在も存命の安田善二郎氏との交流等を取り上げている。
 残された者達の想い、歴史的事実の重さ、その批判の難しさの指摘等、感動的でもあるし示唆的でもある事は認めるが、渡辺錠太郎という人物の評伝の本文に挿入するべき記事であるかについては意見が出てくるのではないかと思う。

 ただ史料として、朝日新聞記者高宮太平からの手紙や、戦後の雑誌記事等を発掘、紹介をしており、改めて高宮の各将校との距離感を知る考える事ができた。
 特にこの筆者は、高宮の存在が渡辺の研究を進める要因であった旨を語っているし、渡辺研究の重要人物であると認識しているのではないかと思う。

 ちなみに私としては、渡辺が当時から過小評価されているのか、いたのか、今一つよくわからない。
 と、云うのも士官学校4位、陸軍大学主席の人間が、確かに軍備革新の意見で中央から出されてにせよ、出来物であるのは当然であろう。
 勿論、閥外者の悲運はあったであろうにせよ、一部の人物が密かに認めていた、というエピソードはどうにもちぐはぐな印象を受けるのである。
 まぁ政治的な行動が無いから、(政治的な中堅将校連中と繋がりの強かった)高宮すらロクに知らなかったというのは事実の様だが、部内での評価はまた別で然るべきであろう(まぁ、中央の顕職でない航空本部長や台湾軍司令官の職歴をどう評価するか……なのだろーけど)。
 他にも閑院宮との関係やその影響等、この点に一切触れていなかったのもまた不満点というべきであった。
 ただまぁ、結局は渡辺を取り扱った文書は公刊されているモノが殆どなく、それを行っただけでも価値がある筈、と云われれば全くその通りであり、それも含めて、及第点の評価が、私の結論である。
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