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mixiユーザー(id:96718)

2018年03月11日23:27

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あれから7年(前編)

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昨年も、一昨年も載せましたが、今年も載せます。

JRが運休で、池袋駅まで歩いても結局東武東上線も完全に運休…。シャッターまで閉めてるなんてこのとき初めて見ました…。

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国道254号線をひたすら歩いて帰りました。

埼玉県内で仕事をしている姉夫婦が迎えに来てくれたんですが、会うのに苦労しました…。

このときたまたま翌日に散髪をするためmixiの知り合いの都内の美容室に予約していたのですが、体力的に無理でしたね…。そのお店は無事だったようですが、初めての当日キャンセルでした…。

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幸い家は普通に生活するのには困らなかったですが、通勤はものすごいことになりました…。

週明けから計画停電の影響で最寄り駅まで電車が来なくて、2日間都内の成増駅まで自転車通勤もさせられました…。

そしてこの計画停電の原因が、巨大津波による影響で福島第一原発が事故を起こしたことによる電力不足だと後で知ったと記憶しています…。

しかし、この時の東電の計画停電の対応もひどかったですね…。

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2009年に取手駅まで歩いていた常磐線沿いを歩きはじめたのですが、北へ向かうほど壊れているところが目に付くようになってました…。

それで水戸偕楽園に到着したら立ち入り禁止だらけで好文亭も閉鎖されていました…。

隣の常磐神社は石灯籠が倒れたままでした。このとき2011年の秋でしたが、おそらく被害が広範囲で業者も見つからず半年も放置状態にせざるを得なかったんでしょうね…。

その後、小木津駅の手前で大きな余震のため午前中で切り上げて帰ったり、翌年の2012年は家のリフォーム(後で思えばよく後回しにされなかったなと…。)のこともあったんですがまったく遠出できず…。

ただ後回しにしたからといって後で無事に行ける保障はなく、それならばと「やって後悔する」ほうをとって、2013年から2014年まで、どうしても行きたかった東海道線沿いを歩いて神戸駅まで行くことができました。ちなみに神戸は父の出身地だったりするわけですが…。

それでも歩いていてやっぱり不安でしたね…。まあ祈ったからといって被災しない保障はまったくないですが、途中多数あるその地元のお寺や神社、野仏や小さな祠、墓地に必ず無事を祈って手を合わせてました…。

そして2015年から常磐線と東北本線を歩きはじめましたが、あの原発事故のせいで常磐線はいわき駅から先へ行くことができませんでした…。

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白河小峰城の石垣は崩壊していて修復中でした…。

この1年半後に青葉城(仙台城)公園や盛岡城公園に行きましたが、何かが壊れて修復中だったり、震災前と変わってしまったところがありました…。

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郡山駅から福島駅まで原発事故の除染作業の看板をよく見かけました…。

「原発事故による放射性物質飛散のせいで、あの家にまだ帰宅できない…。あの家にはもう帰宅できない…。」

写真に撮らなかったけど見かけた看板はたくさんあって、そんな方々のことを思ってずっと歩き続けてました…。

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仙台空港付近の貞山堀にかかる橋で街路灯を撮っていたのですが、暑い中歩いていたせいか、この異常な状態に気が付かず通り過ぎるところでした…。

こんなのそう簡単に曲げられるものではありません。津波の威力がよくわかるもののひとつです…。

5年後の2016年でもまだ残されたままのものがありました…。

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この青葉城公園内にある塔の手前のトンビの像は、震災前はこの塔のてっぺんにあったらしいのですが、あのときの揺れで落下してしまったそうです…。

そしてさらに多賀城、塩釜、松島、石巻、女川へと歩いて行くにつれて、震災前に一度も東北に行っていなかったことをじわじわと後悔することになります…。

つづく。
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