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2021年02月22日22:15

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DE M MICHEL NOSTRADAMVS

1999年世界〜と聞くと、ノストラダムスの大予言という大ブームを思い出す。何冊か本を読みましたが、一番分かりやすく気に入った内容を纏め。
医者で美食家、後から人文学者といわれているようですが、ノストラダムスは医者になるために大学で医術や医学を勉強し、(聖書を読むために語学を覚え堪能だったか)早くからカレンダー(天体暦)製作をはじめる。
天体暦とは医師の仕事道具のひとつで、カレンダーと呼ぶ、天体の配置、天空がもっとも効能を与える位置、薬の成分や調合について、天体が人間の体に与える影響を書き込むもので、本来ならその仕事は錬金術や占星術師の仕事で、哲学、科学と魔術などの分野は 
医師との境目がなかった時代でした。大学で魔術とカバラを主に修得したノストラダムスは、美容効果のある食べ物やお化粧品、ペスト予防の薬を作り、(砂糖漬けで病気の予防や治療になるとあるそうで)かなりの効果を発揮したそうです。
カレンダー製作と出版により、預言者としてサロンを持ち、フランス王妃カトリーヌ.ド.メディシスの耳に入ると王の侍医と顧問になりますが、カトリーヌの悩み事とノストラダムスの侍医ではなく預言者としての予知が更に王室に悪く影響し、あまり善い侍医ではなかったこともあり、評判が悪くなり嘘つき預言者と噂が流れ、17世紀にはそれまで最新の学問と言われた占星術は迷信と呼ばれる。結局、ノストラダムスは医者で占星術師ではなく、賢者ということになり、当時も、予兆(プレザージュ)は言葉や表現、語学に詳しかったノストラダムスのせいで、造語などもあり、種本として扱われていたはずが難解なために役に立たないこともあった。16世紀末はアリストテレス哲学やプラトン哲学のせいで天体が人に与える影響力は高レベルであっても、人間の運命が国政を操り影響を与えるという証拠が占星術師では足りなかったため離れていった。
しかし、ペストや飢饉、宗教戦争、黙示録的な結末を迎える日誌に他の占星術師や自然哲学者は注目、人気が出るが預言者や幻視者として、神秘ブームが手助けをして世界に広がった。
そして予言集はナチスのプロバガンダに使われて
この時代には科学と予言集の合致があり神秘主義者たちは、ノストラダムスが書いたカレンダーの役割は理解も解明もしなかったようだ。共産主義の瓦解を予言するために使用され、大衆文化へも拡がった。パロディや類似、2世をうたう予言集を合わせたらどのくらいあるんだろう?
カトリーヌ.ド.メディシスの時代に出版したプレザージュが原本であると信じたい。
ノストラダムスといえば、医師で美食家で「化粧品とジャム論」を出したことで有名、15世紀半ば、ユダヤ商人の祖父、父親は公証人に職を変え、キリスト教に改宗、
フランソワ1世に帰化を認められサン=ミレ=ド=プロヴァンスに移住、 1503年にミッシェル.ド.ノートルダム生まれる。医者を目指し、ペストの流行で各地を回り治療にあたる。占星術師の趣味がある。
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