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2020年08月24日22:27

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BURN


虫どもが敷き詰められた海で俺は溺れている、もがくたびに軽いやつらが水しぶきのように中空に跳ね上がる、全身に、特に、目の端と口のあたりに、耐えがたい恐怖と不快感がある、溺れそうなのに口を開けることが出来ない、それをしてしまったら終わりだ、悲鳴すら上げられない、呼吸すら満足にすることは出来ない、まだ飲み込まれてもいないのに―狂気は叫びとなって肉体から逃げ出そうとする、そいつを抑え込むたびに脳の中の血がすーっと下がっていくような気がする、ガサガサと、ガチガチと、ぬるぬると…それぞれの特性を十分にアピールしながら虫どもはまとわりついてくる、噛みつこうとしないのはせめてもの情けというものなのだろうか?俺はそのまま狂うよりは限界までもがいたほうがマシだと滅茶苦茶に腕を振り回す、もう脚はままならない、動かしたところで足の裏におぞましい感触が走るだけだ、水面を叩くたびに砂をばらまいたような音がする、俺は吸える限りの息を吸いながら、ただひたすらにそこから抜け出そうともがいている、これが本当に海なのか、滅茶苦茶に泳げば岸に辿り着けるのか、虫どもは陸地までは追ってこないのか―そういったことはなにひとつ分からなかった、だから俺はもがくしかなかった、動かずにいればあっという間に飲み込まれてしまうに違いない、なにもしないことは愚かだ、いつだって、どんなときだって…それは俺が自分の人生において唯一学んだことだと言っていい、とどまってはいけない、ほんの少しでも違う立ち位置を求めなければ、なにかがその場所で死んでしまうような気がする―そこまで考えたところで、思わず笑いが漏れる、そんな選択こそが、自分をいまこんなところに放り込んでいるのだと―そんなふうに思えてしまったからだ、けれど、人生において結果論ほど下らないものはない、それは生きながら死ぬための人生を選んだ連中の専売特許だ、虫どもにまとわりつかれながら俺は懸命に泳いだ、泳ぎながら、昔ゴムボールのプールで泳いだことを思い出していた、ままならなさ、楽しさとともに、どうしようもないままならなさを子供の俺は感じていた、その楽しさはいま、不愉快な忌々しさに形を変えている、俺は陸地をイメージした、逃げ込むための陸地、それを思い浮かべればなんとかなる気がした、慰めでもなんでもその思いつきにすがるしかなかった、しばらく虚ろなあがきが続いたあと、それは本当に眼前に現れた、俺は目を大きく見開いてそこを見据え、辿り着かんとこれまで以上に腕に力を込めた、動けば隙間は生まれるものの、様々な大きさの虫どもはすぐにそこに入り込んで埋めてしまう、果てしなく続くかのように思われた、だからこそ俺はより懸命に身体を動かした、もう少しで辿り着くというときに、右脚のふくらはぎに激しい痛みが走った、うっ、と思わず呻いたところにゲジゲジのようなものが口の隙間から入り込もうとした、俺は持ち上げていたほうの腕でそいつを弾き落した、その一撃が虫どもの慈悲を奪ったらしい、全身に切り刻まれるような痛みが次々と走った、そしてそのあとに痺れがやって来た、毒を持っているものがいたらしい、目が霞み、呼吸がままならなくなった、そのうちに嘔吐感もやって来た、こんなところで戻したらお終いだ、この無数のおぞましいやつらがあっという間に身体の中に入り込むだろう―皮肉なことにその吐気が俺の神経を正しい方向に導いた、この海の中で力尽きるわけにはいかない、もはや俺は水面にいる虫を腕で叩き潰しながら進んでいた、虫どもの奇妙な色の血と、全身から流れ出た俺の真っ赤な血が交じり合って、海はさらに怖ろしい場所へと姿を変えていた、けれど、血液や体液のぬめりは俺にとって好都合だった、身体はさっきまでよりもスムーズに動かすことが出来るようになっていた、俺はもがき、ときに視界を完全に失いながら、ようやく陸地に辿り着いた、虫どもはそこからは追ってこなかった、あいつらの役割はあくまでも水なのだろう、砂浜に大量の液体を吐いた、子供の頃遊んだスライムみたいな吐瀉物だった、体温が急激に下がり、俺はしばらくの間そこにうずくまって震えていた、おおお、と、理由の分からない叫びが口をついて出た、一度出てくると止められなかった、喉から血を吹き出すまで俺はそこで叫び続けた、虫どもは高波のようにうねっていた、俺は叫びながら陸地を駆け上がり、高く、薄っぺらく、頑丈な壁を超えた―そこは高速道路で、血塗れで立ち尽くす俺を様々な車のドライバーが驚いた顔で眺めて行った、やがてパトロール・カーが現れて、二人の警官が俺を取り囲んだ、彼らが口々に言うお決まりの質問を聞き流しながら、俺はどこまでが俺の世界なのかということについて考えていた―きっとまだ毒が抜けきっていないのだ、俺は目を閉じて、その場にくずおれた。


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