mixiユーザー(id:9160185)

2020年05月31日22:23

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愚かさの取り分


こと切れそうな灯りが、埃の海に飲み込まれそうな木の床を探している
流れているジャズはスローで、消えないものに心をこだわらせる
まばたきのつもりだったのに眠っていたのか、そんな判断もつかないほど
現在は曖昧で、一枚板の分厚いテーブルの上でグラスの滴りに濡れている
週末の夜に街路を賑わせていたのは雨粒だけだった、俺は傘を探して
最早家に帰るのも面倒なくらいにくたびれ果ててしまった、タクシーは
濡れ鼠など相手にしないで恵んでくれそうななりのやつに媚びるような速度で近付く
酔いは最も針を当てられたダーツの的のように途切れがちで、無意味な痛みとすり替わる
どうせならシャンソンにしてくれればいいのに、こんな夜に流れる音楽は
そうすればすべては舞台の上の出来事みたいに思えるだろう、少なくともいまよりは
ささやかな週末の夜にだって叶わないことのひとつやふたつはあるものさ
問題なのはもうそれにイラつくことすらなくなった自分自身の腹かもしれない
死んだ魚が川を流れるような毎日がいつか幸せにつながるかもしれないと
売り上げの為に慰めてくれる歌たちは言ってるけど、笑わせるんじゃないよ
誰かの戯言を鵜呑みにして生きる理由にするようじゃ始める前から終わってる
気づかぬうちにグラスの底をテーブルでカタカタと鳴らしていた、結構やかましく
隣に座っていた汚い肌の中年の男が俺を見ながら舌打ちをする、お前俺より臭いけれどな
俺が鼻で笑うとそいつは椅子を蹴飛ばしながら立ち上がって向かってこようとする
修行僧のようにグラスを拭き続けていたバーテンが顔を上げてこちらを見る
どちらに原因があるのか出来るだけ早く突き止めようとしているかのような冷たい目で
「よう」男は俺の側で見た目ほどにはでかくない声で凄む「なめてんのかい」
俺は黙って首を横に振る、それからグラスに残った酒を飲みほす、氷が小さな音を立てる
男はそのグラスを手で払い落す、グラスは床で幾つかの欠片に分かれる、俺は立ち上がる
「やんのかよ」と男は年甲斐もない口調で言う、俺は黙って立ったままそいつを見ている
「黙ってないでなんとか言え、ビビってんのか?」とこれまたよくあるやつ
俺は漫画で覚えた中国語を喋る、確か、「この包茎野郎」とかいった意味の
男はポカンとする、一瞬怒りやいらだちが消え失せた顔になる、俺はもう一度繰り返す
「チャイニーズか?」違うよ、と俺は答える、男はまたポカンとしたあと、ブチ切れる
ふざけるな、と大ぶりのパンチ、言葉と動作が連動している、交わすのは簡単
男のパンチが空を切ったタイミングで俺はそいつの膝の下あたりを軽く蹴る
男はバランスを崩してテーブルを巻き込みながら床に倒れる、「おいおい、大丈夫か?」
俺はバーテンの方を見る「だいぶ酔ってるみたいだ」バーテンは困ったように笑う
「散らかしちゃってすまないね」と俺は彼に詫びる、バーテンは黙って首を横に振る
「お代は結構です、その男が目を覚ます前にお帰り願えませんか」わかった、と俺は答える
雨はずいぶんと大人しくなっていた、酔いを醒ますのにちょうどいいくらいの雨だ
店から少し離れたところでドアの開く音が聞こえ、さっきの男が何かを叫んでいる
「待てよ、てめえ」俺はバイバーイと茶目っ気のある仕草をして、一番近い路地へ駆け込む
男が物凄い靴音を立てながらこちらへ向かって走ってくる、殺してやるとか言っている
この路地は入ってすぐに隠れるのに持ってこいの窪みがある、俺はそこへ隠れて
男の影が見えたタイミングで足を差し出す、男はそれに躓いてまた転ぶ
やれやれと俺は窪みから抜け出して男の様子を見る、ぴくりとも動かない…様子が変だ
男の体を裏返してみると、どうやら倒れた先に割れたビール瓶があったらしく
喉の部分にビール瓶の底ががっちりとはまり込んでいた、致命傷なのは明らかだった
俺は表通りには戻らずにそのまま路地を抜けて、人気のない通りを歩いて帰った
住処に戻る頃には午前三時になっていた、すぐにシャワーを浴びて気分を変えた
別に殺したつもりはなかったし、罪悪感というよりは正直爽快感が勝っていた
あの店のマスターは警察に俺の話をするだろうか?あまり心配することじゃない気がした
からまれたのは俺の方だし、警察があの店までたどり着くこともないだろう
俺はすぐにそのことを忘れた、短い眠りが中断されることもまるでなかった
まあ、いろいろと、異論反論はあるだろうけど…愉快な一夜にゃ違いなかったよ
来週の夜まではちょっと楽しい気分で過ごせるかもしれないね、だけど
こんな季節だし傘ぐらいは用意して出歩いたほうがいいみたいだぜ


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