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mixiユーザー(id:9160185)

2020年01月26日23:25

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同じ川で汲み上げた水は混ぜればひとつの水に戻る


モニターの中では性具のような光沢を持つ拳銃をこめかみに押し当てたブロンドの若い女が眼窩いっぱいにまで目を見開いて笑い続けていた、それが冗談なのか本気なのかすぐには判断が出来なかったが、引鉄にかけた指が微かに震えているのに気付いてああ、本気なんだと思って結末を見ようとしていた、簡単なことだった、ちょっと指に力を込めればいいだけだ―一瞬で死ねる―が、女はしゃくりあげながら銃を下ろし、その場にくずおれた、それはハッピーエンドのようにも思えたし、情け容赦のないバッドエンドにも思えた、だってそうだろう、これで彼女はおそらくは二度と自分で死ぬことは出来なくなったのだ…人知れず自分の部屋でのんびりと試してみればよかったのに―わざわざインターネットで宣言して人を集めた挙句、やっぱり死にたくないごめんなさいじゃ自分自身が一番納得出来ないだろう―まあ、他人事で言わせてもらえば、生きているに越したことはない…けれど、中にはもうどうしようもないやつだっている、お前がそうしたいならそうすればいい、そう優しく言ってやりたくなるくらい、擦り切れた布のような心を持つやつが…この女がどこまで本気だったのかそれはわからない、もしかしたらすべて嘘っぱちで、視聴者数を稼ぎたいがための芝居だったのかもしれない―でもそれは二度と使うことの出来ない、そしてその後その数字を維持出来るかというとそんな保証もない、もちろんその後のことまで考えているのなら言うことはないが―などと、ライブ放送をつけたまま考え込んでいると、女は突然むっくりと起き上がり、血走った目であらぬ方を見ながらもう一度こめかみに銃を当てたかと思うと一瞬の迷いもなく引鉄を引いた、銃口の反対側のこめかみから血と脳漿が飛散し、女はカメラを睨みながらうつ伏せにフレームアウトした、コメント欄でヤジを飛ばしていた連中が一瞬沈黙し、まさか本当にやるなんて…と口々に言い訳をし始めた、どうやらその女は、似たような企画を何度か開いては最悪の結果を期待する連中に肩透かしを食らわしていたらしい、まあ、そういう意味では今回は大成功ということになるが―女をそこまで追い詰めたものはなんだったのか、俺がこの放送を目に止めたのはたまたまだったので詳しいことはなにもわからなかった、取り乱すということは男だろうか―振られたか騙されたか―いまとなっては知る由もないが…俺はこれをモニターの中で行われる出し物のひとつと認識していた、いつの間にか、無意識に…そのせいか、いま目の前で失われたひとつの命にどんな感情も持たなかった、それは俺の友達でも恋人でも親族でもないのだ、それはただひとつの出来事に過ぎなかった、それが良いことか悪いことかなんて考える気にもならなかった、すべての死が悲しみを伴うものだなんて宗教じみてる…見たいと思えばどんなものだってワンクリックでその目にすることが出来る時代なのだ、いうなればそれは日常のひとつだ、美しい湖の側で殺されるアニーの死と大差ないものだ―けれど俺は祈った、それで彼女の苦しみが消えますように、と―素直な気持ちだった、どんな理由かはわからないが、それは一度諦めて下ろした手を再び上げさせるほどの切実なものだったのだ…ブラウザを閉じて、飲みかけていたコーヒーを口に含んだ、俺には死のことがわからない、特にここ最近は―それに囚われていた昔よりも、ずっと―おそらくはきっと、そろそろ黙っていてもそれがこちらに向かって歩いて来る、そんな年齢になってきたせいだろう、必要以上にあれこれと考えることがなくなった、また、様々な親族や友達の死を見てきたせいもあるだろう、それはもう夢想するものではなくなっていた、けれど、いつかある日突然に予期せぬ形でそれが訪れるかもしれない、そのときまでにどんなことが出来るだろうと思いながらコーヒーを飲みほすと、あれこれ考えるよりも眠らなければならない時間になっていた、そうだな…歯を磨いて明かりを消し、ベッドに潜り込むと、カウボーイ・ジャンキーズが初めてスタジオで録ったアルバムを流した、すぐ眠れるかどうかは横になった瞬間にわかる、どうやら今日は寝つきが良くない日のようだ…あの女のせいではなかった、あれはあれでカタがついたのだ、彼女はむしろいま俺よりも幸せな気持ちでいるだろう、遠くを走るマフラーをいじったバイクのノイズが闇の中で跳躍していた、マーゴ・ヘミングウェイはアルバムの中で一度も大きな声を出さなかった。


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