溶鉱炉の
中で
どろどろに溶けた
灰色の自我を
化粧水の
ように
皮膚の上に
塗りたくる
熱さというよりは
痛みの連なりで
焼けていく
おれの上面
度を超えた衝撃は
幻覚を
引き起こす
だけどそれは
いつかしら見たことがある
どうしようもない現実の
一場面によく似ている
なにかを書くということは
自分自身を
ひどくいたぶるということだ
傷口から流れた血液を
壁に塗り付けていくような行為だ
ときどき
血を止めてくれと思うこともある
それほどに激しい血が
どくどくと流れ出してとまらないことがある
だけど
おれは思うのだ
恐怖があるということは
それが
いくつかの真実を含んでいるという
なによりの証拠だと
おぞましい映画を
終わりまで観てしまうのときっと同じことだ
おれは
どろどろになって落ちた
おれの表面を搔き集め
なんて頼りないものだろう
と
考える
それに語ることが出来るものなど
たかが知れている
おまけに
余計な誤解だって
そこには
含みがちだ
たとえば
あるときおれの前に立つものが
言葉をどう読むかもわからない田舎者だったりしたら
そんなやつと話すための言葉などおれは持ち合わせていない
おれは
自分が築き上げてきた
おれなりの言葉でしかすべてを話せない
蝉が
七日しか生きられないというのは
どうやら嘘らしい
ラジオで言ってた
とても重要な出来事みたいに
ディスクジョッキーは
感じ入っていた
そうかい
と
おれは
コーヒーを口にした
知らない誰かの
訃報を
何度も聞かされた時みたいに
ひとは
歳を取るようで
たぶん取らない
したり顔で
これまでの人生を語っても
そこからなにかを学んでいなければ
どこかで見つけてきたみたいな
安っぽいことしか語れない
どこかの商店街を
看板だけ見ながら歩いて
すべてを知った気になっているような
そんな間抜けさしか残らない
おれは
搔き集めたおれの表面を
庭へと掃き出してまとめ
ライターで火をつける
そいつは
有り余る断片を吐きながら
すべてが煙になって消えて行く
鈴虫が鳴くのは
きっと喉が痒いせいだ
と
秋になるたびに話していた女は
この街でいちばん高い橋から
カゲロウのように飛び降りて散った
あとになって遺書が届いたけれど
それは
遺書どころか文章かどうかもあやしいようなものだった
それを読んだとき
おれにはわかったのだ
鈴虫が鳴くのは
喉が痒いせいなんだって
すべてのいきものになにもなければ
すべてのいきものは
生まれて死ぬまでただ黙っているだけだろう
おれは焼けただれたまま
彼女に手紙を書いた
どこに送ればいいのかもわからなかったけれど
そうしたくてたまらなくなったのだ
それで
いろいろな鳴声に
しっくりくる症状をあれこれと書き出した
春に死んだ
パンクロッカーの名前もそこに入れておいた
おまえは
向こうで彼に会ったかな?
天気予報は雨は降らないというが
空気はイラつくほどに湿気ている
眠るたびに居心地の悪い夢を見る
それは悪夢ということではなくて
なにかとても悪いものが隠れている
そんな予感に満ちているような何気ない風景というか
夢のあとの朝に立ち尽くして
おれはおれの現実に
腹を立てながら窓を開けるのだ
嘘や真実は
これという形を持たない
それが真実という場所に居れば真実だし
嘘という場所に居れば嘘になる
おれは眉間にしわを寄せながら
そんな目くらましの裏側にあるものを知ろうと躍起になっている
一言で片づけるのは容易いさ
深く考えなければいいだけのことなのだから
簡潔な言葉を信じるな
そういうやつらは
安くて脆いマイホームに手を出しがちだ
手段や手法にこだわればこだわるほど
そのほかのすべてが見落とされてしまうことを忘れてはならない
ある日突然脳がぶっ壊れた父親は
痛みを自覚してもそのことを思い出せないまま
癌細胞の漬物みたいになって死んだ
歯の検診をしているみたいに
ぽかんと口を開けて
あんたは幸せだったのか
あんなに懸命に働いたのに
ろくな子供を残せなかったね
置き土産の安っぽい二階建てで
母親はやせ細って生きている
なぜ
どうして
なんのために
なんて
しなくてもいい自問自答を
繰り返すそんな時はとうに過ぎたけれど
それでも時々
ふとした瞬間に
そんな青臭さが
くすぐることがある
言ったろ
ひとは
歳を取るようでたぶん取らないって
結局のところ
ノウハウが増えるだけ
使える言葉が増えるだけ
嘘のように本当のことを喋ったり
あるいはその逆のことが
平然と出来るようになるだけ
なにかをわかっているようで
結局はなにもわかってはいない
年老いてやせ細ったりぶくぶく肥えたりした醜い身体で
どうにか恰好をつけようと目論むばかりなのさ
おれはイカサマ野郎だから
歳を取らないみたいに生きる
それはつまり
年輪に囚われないで生きるということだ
人生という大きなくくりで言えば
生まれてから死ぬまでは
生きるということだけなのだから
新しい夜が始まり
新しい朝が近付いてくる
だけど知ってるかい
地球は
ただ
くるくる回っているだけなんだ
一日の終わりに鏡を覗いてみると
燃え落ちたはずの俺の表面は
何事もなかったみたいにすっかり元通りだった
あの激しい痛みはなんだったのか
でもおれは
それが初めてではないことを知っている
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