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2020年01月23日13:45

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映画「ラストレター」(全体公開)

題名は前にマイミク限定で書いたので区別のためです。

岩井俊二監督の最新作。
岩井監督は常に最新作が一番いい映画ですが、この作品も裏切りません。
いつもと同じ透き通った美しい画面を背景に、
岩井監督の自伝的な物語が、ある年の7月の終わりから1か月間限定で描かれます。
岩井監督の高校時代からの友人を自分もたまたま知っているので、
この物語のもとになったできごとやら人物やらがうっすらわかりますが、
そんなこと知らなくても、この映画を見れば
青春時代は今も心の中にあって、自分のやりたいことをそっと後押ししていると気づくでしょう。

これまでの作品では、スモークを薄く使ったきらめく画面が多かったように思いますが、
今回は「夏の雨」が降る湿った背景です。
東北地方は梅雨が明けても乾いた高温の日々はめったにありません。
それなりに気温は上がるけれど、湿った風が吹いて少し肌寒いこともあるような、
実際に住んでいた人間にしかわからない空気の温度が描かれています。

題名にもあるとおり、この映画には「手紙」がたくさん出てきます。
裕里が姉のふりをして鏡太郎に書き送る手紙。
住所がわからないので同窓会名簿から実家住所に、鏡太郎が裕里の姉(未咲)に書く手紙。
その手紙をうけとった未咲の娘、鮎美が母(未咲)のふりをして書く手紙。
裕里の義理の母親が高校時代の英語教師に書く手紙。
手をけがした英語教師に代わって裕里が義理母に書く手紙。
高校時代に出会った未咲に一目ぼれした鏡太郎が裕里に頼んだラブレター。
鏡太郎への恋心のために姉に渡さないでいた手紙を知られて、姉に勧められて書いた、
裕里が鏡太郎に渡した「好きです、つきあってください」という2行だけの手紙。
大学時代に未咲と付き合っていたのに未咲はある日他の男と駆け落ちして結婚、
結婚後に来た年賀状の住所に、鏡太郎が1章書くたびに送った小説「未咲」の原稿。
未咲の死後すぐに来た高校同窓会のお知らせ。

裕里は姉の死を知らせるために同窓会会場に赴くのですが、
姉に間違えられてどうしても本当のことが言えないまま帰宅しようとします。
そのとき、恩師が「君たちの卒業式のテープが出てきました」と会場に流したのは
未咲が代表として読んだ「卒業の言葉」です。
これも一種の手紙でしょう。
未来への期待と不安がはちきれそうに詰まった手紙。
この手紙を、未咲が鏡太郎といっしょに書いたのがあとでわかります。
そして、鮎美に残した最期の手紙の中身が、この原稿だったのです。

これがラストレター。
自分の未来は自分で絶ってしまうけれど、娘には夢多い未来を迎えてほしい。
母親の切ない願いがあふれる手紙には、鏡太郎の愛もこめられていたのです。

鏡太郎の小説「未咲」はとある文学賞を受賞して本になりましたが、
その後目だった作品が出ず、今は絶版になっています。
この小説を、裕里は鏡太郎から贈られ、鮎美は家にもっています。
もう一冊出てくるのは、未咲の前の夫、駆け落ちしていっしょになったのに
暴力をふるって未咲も鮎美も傷つけた挙句行方不明となり、
今は別な女と暮らす「先輩」こと阿藤がもっているものです。
鏡太郎と偶然再会した阿藤は「お前が未咲にふられたから」この本が書けたのだから
「俺と未咲からお前へのプレゼント」だと言います。

もっと書けよ、続編書けよ。ただしその中にはお前は存在しないぞ。
一人称で書くなんて馬鹿なことは金輪際するんじゃねぇ。

心に突き刺さる言葉です。
岩井監督の心に。

岩井監督に映画を撮るよう勧めた人間がこういう人でした。
映画に出てくる通りです。
「ろくに仕事もせず、父でもなく夫でもなく、何者でもない」男。
いっしょに映画をとろうと言った監督を蹴とばすように去った男。
その男が今もたぶん、岩井監督の心の中で
「映画とれ、もっと映画作れ、映画作ってないお前には何の価値もない」と
言い続けているのです。

そのおかげで、自分は今も岩井監督の美しい映画を見ることができます。

この映画が「何者でもない男」へのラストレターになってしまうのでしょうか?
そんなことはない、と信じます。
だって「誰かが思い続ければ死んだ人間も生きていることになるんじゃないでしょうか」と
裕里は鏡太郎に言うのですから。



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