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2019年07月17日13:27

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映画「凪待ち」、吉澤健さんの演技

2回目を見た。
これからどうなるかわかっているとあらかじめ泣けてくるのだが、
最期の「海の中のがれき」を見ないで出たので廊下で号泣しないで済んだ。
で、やっぱり「勝美さん」こと吉澤健さんの演技に目が釘付けになった。
よく聞いていると、はじめから漁師浜言葉がうまかったわけじゃない。
後半になるほど上手に、自分の言葉になっていく。
「おれ」が完全に「おぃ」になっていくのにひたすら感心した。

圧巻はやはり、やくざ事務所に捕まった郁男を迎えに行くところ。
家に知らせにきた友達が「どうするかっちゃん、仲間あつめっか?」と聞く。
気の荒い若い漁師を数人集めればなんとかなる、という意味だが、
「いや、俺(おぃ)ひとりでいい」と答える。背中を少し丸めてうつむき気味に。
周囲に迷惑をかけたくないのだな、と思う。
そしてやくざ事務所、前に書いたとおり、親分さんが「昔命救われた」ので
何も要求せずだまって郁男を返すのだが、
このとき勝美さんは「けえっぺ」と言うのだ。
前は「けえっと(帰るぞ)」と言ったと思っていた。
相手の意志はともかく帰るという意味で、主語が自分でも使う。
(例「おぃはけえっと。」自分は帰りますよ)
それに対して「けえっぺ」は「さあ帰りましょう」で、相手の気持ちはわかるけど
ここはひとまず帰ることにしましょうね、という意味。
相手を思いやる優しい言葉なのだ。

いったん勝美に背負われるようにして事務所を出かかった郁男は、
突然振り返って「金返せ!」と叫んで暴れる。
「あれは勝美さんの船売った大事な金なんだ、返せよ」とつかみかかるが、
なにせすでに殴られてぼろぼろなのですぐに転がされてしまう。
その郁男の背中に手を当てて勝美さんが言う。
「いくお、いくお、もういいでば」。
郁男の名前を初めて呼ぶシーンだ。これまでは名前を呼ばない。
そして「もういいでば」は郁男が金をどう使ったかなどとっくにわかっており、
それでいい、返してもらうつもりなどない、という意味なのだ。

ここまで書いて急に気になった。
この地方以外で、東北地方沿岸部以外でこの映画を見る人は
もしかして勝美の言葉の意味がわからないかもしれない。
意味どころか、何を言っているかもわからないので、字幕が必要かもしれない。
あまりにもこちらの漁師さんになりきっているので、
口の中でぼそぼそ言う発音は自分でもときに聞き取りにくいし、
聞き取れたとして「けえっぺ」が「帰りましょう」だと果たして知っているだろうか?
でもそれがわからないと、この映画の一番いいところがわからないってことになる。

この人も、殺人犯のリリー・フランキーも、昔の友人役の宮崎吐夢も、
とにかく地味だがものすごい演技達者がこの映画の「枠組み」をがっちりささえて、
その中で香取君がシロウトくさいけどまじめで一生懸命な大人こどもを演じる。
その組み合わせがなんとも言えない。
香取君のパートナー役(「新聞記者」でも自殺した先輩の奥さん役だった)のすっぴん演技、
そのひきこもりの娘役の恒松裕里の不安定な思春期で揺れる演技、
全部よかったです。

もう一回見ようと思う。
今度は最後の、海の中のがれきを見てもう一度泣く。
この映画は日本全国的に誰がみてもいい映画だと思うけれど、
あの海の中のシーンが心の底までしみるのは、
あのときこの場所にいた人間たちだけだと思うから。
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