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2015年11月04日02:33

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奈良観光−3/郡山城下町(前編)

「大和郡山城」の続編です。
郡山城の見学を終えて、今度はその城下町を散策してみよう。
「城址会館」で手に入れた“城下町ぶらっと散策マップ”が役に立つ。

さて、ここは筒井順慶が大和を統一し、郡山の城下町を整備する。
順慶没後に豊臣秀長(秀吉の弟)がさらに郡山城を築き直し、城下町も拡大させる。
1588年には13の町が出来上がり、それを「箱本十三町」と言う。
秀長は十三の町に地子免税する代わりに一か月の当番制で城下町全体の治安、消火、伝馬等の自治活動をさせたと言うから面白い。
ちなみに地子(じし)とは、土地の税金の事で、伝馬とは公用で馬を使用する事。
また、当番となった町は特許状と言う「朱印箱」を置き「箱本」と染めた小旗を目印にしていた。
箱本とはすなわち自治組織の事で、町内のさまざまな問題も自由に対応する住民自治の先駆けと言える。

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↑(TOP左、中画像)
高野街道沿いの古い民家が今も残る。

・TOP右画像
「箱本案内図」
箱本十三町のド真ん中を南北に走る県道沿いに設置している。

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「木戸門跡」
かつては各町の町境に冠木門形式の「木戸」呼ばれる門が設置されていたと言う。
これは侵入者の監視、防備の為の治安維持の役割をしていた。
また、このような「○○跡」と言った立て看板や石碑が町中に色々と設置されており、城下町の観光に力を入れている事がよく分かる。

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「花内屋」
江戸時代から続いた古い旅館跡。
その当時の看板が直接壁に組み込まれている。

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「外堀緑地南門」
郡山城の外堀はほとんどが埋立されているが、その一部(全長580m)を緑地公園として整備。

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「火見櫓」
1986年、町内4ヶ所に建てられていた。

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「杉山小児科医院」
大正10年頃の建物で18世紀ヨーロッパの都市の民家風建築。
国登録有形文化財(第29-0095〜0096号)に指定。
奈良県で大正時代の建物は数が少なく非常に珍しいようだ。


城下町の散策は、まだつづく

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