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mixiユーザー(id:8204530)

2017年04月29日19:55

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アンタ、その考えは後で後悔するよ・・・

■ダウン症の息子、進路どうすれば 奥山佳恵さん悩む選択
(朝日新聞デジタル - 04月29日 19:28)
http://news.mixi.jp/view_news.pl?media_id=168&from=diary&id=4551741

>5歳どうしだと障害の有無を意識せずに遊べるんですね。一緒にいるところを見ていたら、その子は美良生のできることを見つけて、2人で楽しそうに遊んでいました。何かができないから付き合えないではなく、できることを探して遊ぶ。まさに、理想の社会がここにあると思いました。

そうですね。幼少の頃は分け隔て無く遊べます。
黒人、白人など、そういう人種の違いも気にはしません。

ただ、人種の違いなどについては、幼少の時に分け隔て無く一緒に過ごした人たちは、将来的にもそのまま偏見や差別なしでうちとけられたりできますが・・・

ダウン症の子は、歳を重ねる事に、同年齢の人たちができる事との差が大きくなっていきます。
つまり、一緒に物事をやると、だんだん遅れてきて作業が追いつけないままになります。

ダウン症の人たちには難しい作業をさせるのは酷であり、クッキー工場などで粉をこねるなど単調作業では、他の人たちと違い「飽きた」などとは思わず、たんたんと作業をこなしてくれるみたいです。

つまり、一般の人と一緒に学校へ行かせてしまうと、「ついて行かれない」ことになり、周囲からすれば「ついてこれない人」という印象が強くなってしまいます。
ダウン症本人はあまり気にしていなくても、親の方がそのついていけない姿を見て、精神的にまいってしまったりするでしょう。

もともと、「取り柄が別」と受け止めて、それにあった将来の道を用意するのであれば特別支援学校のほうが、その学校のなかではみんながそういう人たちであり、「見比べて落ち込む」という親の感情は抑えられるでしょう。

「特別支援」という言葉に偏見をもって、拒否したくて「普通の学校」を選びたがる親こそが「特別支援」という言葉に「偏見をもっている」からこそ、避けたがるのてはないでしょうか?
ダウン症の我が子のことよりも自分のエゴを優先させているのではないでしょうか?
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コメント

  • mixiユーザー

    mixiユーザー2017年04月29日 21:30
    明智十兵衛光秀 さん、
    たとこ さん、
    るんぞ〜 さん、
    hiro さん、
    うち丼 さん、
    さくらんぼ花蓮 さん、
    まゆこ さん、
    ミルヒ・ホルスタイン さん、
    ai☆ さん、
    男の中の男!イーサン さん、
    ゆい さん、
    ひすい さん、
    「イイネ!」クリック、ありがとー
  • mixiユーザー

    mixiユーザー2017年04月29日 21:34
    子供に突きつけられた現実を親が受け止めきれないのが原因ですよね。
    私がダウン症の子を持つ親になったらどういう反応を見せるのかわかりませんが、受け入れたくない親の気持ちは分かる気がします。
    でもその親の気持ちは子供にとって一切関係ない。

    だってその子の将来はその子が決めるんだから、親が口を出してもしょうがない。
    やるべきことは子供を信じ、手助けしたり応援してあげること。

    一番いけないことは心配だからと手を出すこと。
    それだけ親は子供を信頼していないことになります。
    しかし、どれだけの親がそうしてあげられるのかは疑問ですが。
  • mixiユーザー

    mixiユーザー2017年04月29日 21:50

    東条 さん、
    砂羽兎 さん、
    「イイネ!」クリック、ありがとー
  • mixiユーザー

    mixiユーザー2017年04月29日 21:58
    > mixiユーザー コメントありがとー

    親の押しつけはよくないですよね。
    自分の子供が「特別支援の学校」または「特別支援学級」に行っているというのは、他の人にあまり言いたく無いのは親自身のわがままな感情。
    ただ、将来的に、適材適所で自立した生活を送らせたいなら、特別支援学校の方が、仲間も同様の就職の道を一緒に探したり意見交換できるのでいいと思います。

    なまじ、普通の学校に行かせると、そういう就職などの道の相談も「他の人と違うから・・」と親が一人で悩んだり、ダウン症の子供自身も相談できる仲間・・ 同じ境遇を理解し合える仲間がいないことで辛い思いをすると思います。

    幼少の時点では一緒に遊べても、将来では一緒のことができないという比較の悩みと苦しみが出てしまうでしょうから、ダウン症を正面から受け止めて親が考えないと、後で苦しい思いになるのではと、こちらが心配になる記事でした。
  • mixiユーザー

    mixiユーザー2017年04月29日 21:58
    pink さん、
    「イイネ!」クリック、ありがとー
  • mixiユーザー

    mixiユーザー2017年04月29日 22:04

    かりゅーむ さん、コメント頂いた上に「イイネ!」クリックまで、ありがとー
  • mixiユーザー

    mixiユーザー2017年04月29日 22:07
    > mixiユーザー 
    私の言いたいことを代弁してくれたかの様な意見で、私も同意します。
    将来子供が苦しまないように、親も子供の姿を見て苦しまないように、
    心の面で不安解消し、みんなを元気にする仕事に就くのが将来の夢なので。
    そういう方たちを救いたいと私は考えています。
  • mixiユーザー

    mixiユーザー2017年04月29日 22:11
    マリポサ さん、
    <ari> さん、
    「イイネ!」クリック、ありがとー
  • mixiユーザー

    mixiユーザー2017年04月29日 22:16
    > mixiユーザー 
    >みんなを元気にする仕事に就くのが将来の夢なので。

    今回のような問題では、アプローチは大きく分けると二種類ありますね。
    アドバイスで精神的辛さをやわらげてあげる方法と、
    こういう人達が働ける場所を提供する方法と。

    知人のツテで、ダウン症の人達でクッキーを製造しているところがあります。
    そういう情報と連携をとって、そういう方達を紹介しあえるといいですね。
  • mixiユーザー

    mixiユーザー2017年04月29日 22:23
    私の会社が特例子会社なんだけど、まさにそうです。進路を誤るとそうなります
  • mixiユーザー

    mixiユーザー2017年04月29日 22:23
    私も日記に書きました
  • mixiユーザー

    mixiユーザー2017年04月29日 22:48
    ♪音§ さん、
    山田 チー さん、
    すぎ' さん、
    「イイネ!」クリック、ありがとー
  • mixiユーザー

    mixiユーザー2017年04月29日 22:51
    > mixiユーザー コメントありがとー
    日記、読ませていただきました。
    直接そういう職場の方ということで、これは参考になりますね。
    貴重な意見であると日記に感動しました。
    せっかくですから、こちらにもその日記のリンク貼らせていただきますね。
    http://mixi.jp/view_diary.pl?id=1960099918&owner_id=6825739
  • mixiユーザー

    mixiユーザー2017年04月29日 23:00
    > mixiユーザー この上に書き込みしてくださった、山田 チーさん は特例子会社ということなので、連携を取れればより夢がいい方向に進められるのではないでしょうか?
    よかったら、山田 チーさんとかりゅーむさんとで、相互にマイミク登録されるといいなと思いました。
  • mixiユーザー

    mixiユーザー2017年04月29日 23:07

    林檎 さん、
    「イイネ!」クリック、ありがとー
  • mixiユーザー

    mixiユーザー2017年04月29日 23:38
    この人は子供がある年齢に達した時の先のことを全然考えてなくて今現在のことしか考えてない。

    「5歳の今はこうだから10歳になっても15歳になっても二十歳になっても25歳になっても今と同じまま」だと勘違いをしている。

    20年経てば時代が変わり世の中も変わるんだけど、後20年後にこの子がどうなってるか?ということが全くイメージ出来てない。

    この人はこの子が20代にもなれば普通に普通の会社に就職して普通に恋愛して普通に結婚出来るものだと思ってるんだろうけど、20年後にどんなに時代が変わってもこの子にそんなことが出来ないのは明らか。

    この子は10歳になっても15歳になっても20歳になっても25歳になってもダウン症という障害者のまま。

    それをこの奥山は25歳や30歳になれば普通の健常者になれるのだと勘違いしている。

    今は子供だから良いけど15年後の20歳になった時に大人ばかりに囲まれるようになった時に良い人ばかりでない、ということが全然分かってない。

    この奥山という人はモンスターペアレントの典型
  • mixiユーザー

    mixiユーザー2017年04月29日 23:47
    世の中には良い人もいれば悪い人もいるんだけど、今のお友達は偶然にも良い人なだけ。

    大人になったら悪い人ばかりだという現実が全然分かってない
  • mixiユーザー

    mixiユーザー2017年04月30日 01:15
    patapata さん、
    かりん さん、
    「イイネ!」クリック、ありがとー
  • mixiユーザー

    mixiユーザー2017年04月30日 01:24
    > mixiユーザー 
    >それをこの奥山は25歳や30歳になれば普通の健常者になれるのだと勘違いしている。

    そうですね。この人は、健常者との差が今の差のまま成長すると思っているようですね。
    差がごまかせないほど大きくなっていくという現実が理解できていないのでしょう。

    ある、ダウン症の親の方が「ウチの子は、成長が他の人より(かなり)時間がかかるだけ」と、長期に面倒をみてあげる必要があることと、ダウン症の子供の成長ヘースに合わせて一緒に生きていこうという覚悟がみえた方が、テレビに出ていました。
    ダウン症に向き合い、受け入れて、その上でどう生きていくべきかが一番わかりやすい内容でした。

    >大人になったら悪い人ばかりだという現実が全然分かってない

    悪い人というか、みんな生活に追われてて、自分の事に精一杯で、遅い人につきあっていられないという「冷たい感じ」の人ばかりになりますよね・・。

    そして、今はこの親に「同情」してくれる人がやさしいだけ。「同情」は時間と共に薄れていくので、時間と共に「周囲が冷たくなった」と感じることになるでしょうね。
  • mixiユーザー

    mixiユーザー2017年04月30日 01:34
    > mixiユーザー コメントありがとうございます。

    >記事を読んだときに、なんか納得できない気分になったのですが、

    その状態は良いことだと思います。「なんか納得できない」ということを感じる程度がちょうど良い反応だと思います。

    私のように、具体的に指摘して発言してしまうと、その相手側は私を「敵」という認識をして、話を聞こうとしなくなります。
    具体的に指摘するというのは、相手は「攻撃された」と思い込んでしまいやすい。
    そのため、その相手側とトラブルになりやすくなってしまう。

    だから「なんか納得できない」という程度の感覚は、トラブルには発展しにくい、絶妙の感覚だと思います。

    私の文章を読んで「理由が分かった」ということですが、ハッキリした文章の私の意見をそのまま受け入れてしまうと、「その親の方が悪い」というレッテルを貼った目で、このダウン症の親を見てしまいやすくなり、実際の部分では「今、この子の将来を思うとどうしていいかわからなくなる」という思いから視野が狭くなっている状態だから仕方のない面もある」という優しい目で、この親を見てあげられなくなります。
    けっこう感情で相手の見え方が変わってしまうというのはコワイですよね・・
  • mixiユーザー

    mixiユーザー2017年04月30日 01:42
    すけちゃん さん、
    KOHARURU さん、
    「イイネ!」クリック、ありがとー
  • mixiユーザー

    mixiユーザー2017年04月30日 02:07
    あおいとっと さん、「イイネ!」クリック、ありがとー
  • mixiユーザー

    mixiユーザー2017年04月30日 05:07
    この記事を読んで自分も昔を思い出しました 自分は今年45才 昭和の時代の 特殊学級 地域で様々な呼び名がありましたが 杉の子学級 とか 元気っ子学級 とか

     クラスにダウン症の男の子(仮にA君と呼びます)が一人いました 体はすごく大きい子でクラスで一番身長もあったと思います その次に体の大きいのが自分で ただそれだけが理由で自分は A君係 というのを担任(女性教師当時40代位)から押し付けられてしまいました A君は遠足などの課外授業にも同行していましたがそのつど自分は A君係 という役職を押し付けられて おしっこなどの面倒 どこかに走って行ってしまうのを押さえたり そんなことをさせられました 一番大変だったのは修学旅行の時です A君係 の自分は自動的にA君が所属する班になり 他の友達から A君とセットだからヤダ 他の班行けよ と言われたりもしました 夜中は大イビキで寝るA君 そしておねしょまでしてしまいました 朝におねしょさせてしまったことで「トイレは行かせたの?」と担任に言われたのは特に腹が立ちました もちろん行かせました 

     と話が長くなってしまいましたが自分はA君と接していて大変だと思ったことはありましたが A君を嫌いでイヤだと思ったことはありませんでした 自分が変だなと思ったのは 周りの目です A君係だろ なんとかしろよ とか A君さわったのだからイヤ とか A君と一緒にいるからお前もクサイ とか そういう周りの心無い反応がいちばんイヤでした そして「わたしはクラス全体を見ないと行けないからA君をお願いね」と毎回軽く頼んで切る先生がキライでした 

     親のエゴでA君が普通の学級に通っていたのかはいまとなってはわかりませんが 自分の様に A君のような子と接したことで 差別のまなざしで見られて 差別されてしまう扱いをうけた方は当時すくなくなかったと思います なのでこちらの日記を拝見して 同じ境遇の方々が同じ支援をうけられるところで学ぶことは 親のエゴ さえ取り除けばそういう境遇の子供たちにとっても 良い選択肢なんだろうと思った次第です そして言い方は悪い手かもですが自分のような間接的な差別をうける方もいなくなるのではないでしょーか 昭和のことなので今はこんなことはないのかもしれませんが・・・

     元々特別支援は より良く支援の環境を整えようとして出来た組織のはずです なのでキナさんの日記にすごく共感できたのでコメントさせていただきました 乱筆失礼しました
  • mixiユーザー

    mixiユーザー2017年04月30日 13:48
    この奥山は都合の悪いことを自分の都合の良いように解釈してるだけですね。

    「自分の子供は障害者」という考えが全然ない。

    20年経って25歳になっても「障害者のまま」というのが分かってないでしょう。

    あるいは「5歳の今は障害者だけど25歳になれば健常者になれる」と思ってしまってるんだろうな。
    それを勘違いしている。

    この子は25歳になっても40歳になっても60歳になっても「ダウン症という障害者」なんだから25歳の時に良い人生を送るために今何をどうしなければ良いのか?ということが全然分かってない。
  • mixiユーザー

    mixiユーザー2017年04月30日 17:26
    sela さん、もくまさ さん、三十郎 さん、てかまる さん、くみ♪さん、 ねこと さん、ノイズ さん、mii さん、Feiron33 さん、優作@momo-1971 さん、えりんぎちゃん♪ さん、あるてぃしあ@愛国 さん、わたなべ さん、琥珀 さん、Lily さん、KAI さん、「イイネ!」クリック、ありがとー
  • mixiユーザー

    mixiユーザー2017年04月30日 17:30
    > mixiユーザー 

    >やっと過去の思い出が消化できました

    いいですねー。 どこかに書き込んだり、誰かに話すことで、その引っかかっていたものをやっと降ろせたような感じになることもありますから。
    その今回書かれた内容の方も、事故にはなりましたが命があってよかったです。
    たぶん、その親御さんも、「どうであれ、命があることはありがたいこと」という考えに切り替わり、正面向き合って対応していくことになったのではないでしょうかねぇ。
  • mixiユーザー

    mixiユーザー2017年04月30日 17:46
    > mixiユーザー 
    ある程度年齢を経たダウン症の方は、初対面の人を恐れますね。
    まあ、たいていの人が嫌がったり、ダウン症の方の特異な行動に変な目を向けられるので、ダウン症の方の方が遠慮して様子見していることがあります。
    話をして安心すと、まあ、これがまたよく話しかけてくるようになるんですが・・

    接していると、ダウン症の方には「悪意」というものが無いので、そのピュアさに安心感さえ感じるくらいですけれども・・
    ですから「悪い人ではない」し、逆に一般の人々の方が裏で何を考えているか、また、他人を利用しようとしている目論見がミエミエで、そっちの(一般の人と呼ばれている側の人々を相手にする)ほうがウンザリすることも
    ただ、他の方々の目は違いますね。

    またA君係りとされたようですが、たしかダウン症の方がいるクラスだと、担任一人ではどうしようもありません。
    他の人よりも「かかりっきり」になってあげないといけなくなりますから、クラス全体の面倒がみれなくなります。
    またダウン症の方はご自分でも、「みんなから避けられている」というのは感じているようで、「わたなべ」さんのようにいったん、安心できる相手に会うと、その人にしか心を開かないということもありえます。

    ただ、よかったなと思ったのは「わたなべ」さんのような、「受け入れることのできる方」がいたこと。
    受け入れることにより、ダウン症に対する偏見が無くなるのではないかと思います。
  • mixiユーザー

    mixiユーザー2017年04月30日 17:58
    > mixiユーザー 
    難しい部分ですが、親としては自分の子供に障害があるのは「(産んだ)自分のせい」という気持ちもあります。
    「障害をなかったことにしたい」という気持ちもあるでしょうし、「障害は克服しなければならない」という気持ちもあるでしょうね。
    この「障害は克服しなければならない」というのは、「障害を上回る努力をすれば解決」できるものと、努力では解決できないものもあります。
    その後者の場合、「障害を克服しなければならない」というのは、まず「障害を受け入れなければならない」から始まるのですが、事態を重要に考えれば考えるほど、「障害を受け入れたくない」という面も出てしまうものでしょう。

    妊娠をしたとき、子供の将来像を描きます。 しかし、ダウン症であった場合、その描いた子供の将来像と現実がかけ離れすぎてしまうために・・ つまり、子供ができたコトを、より喜んだ人であればあるほど、「受け入れたくない」という気持ちが強くなってしまうのは当然なのかもしれません。

    しかし、それが私が見出しに書いたように「後悔」することになると思います。

    私が今回、日記に書いたのは、この奥山さんのあとに、同様の悩みを持つ人がこれからたくさん出てくるので、今のうちから「ダウン症」であったときの考え方の指針みたいなのが残せればいいなと思ったのもありました。
  • mixiユーザー

    mixiユーザー2017年04月30日 21:11
    でもこの子可愛いですよね。
    ダウン症だと言われなけりゃわからないし、普通に育てたいのは理解できるかな。
    最後の一文には共感します。
    特別支援学校(級)自体に親が強い偏見を持っている。

    まあ特別だから偏見あって当然だと思うんでこれも理解出来るんだけど。

    賢くて自殺されるより、少々ばかでも幸せに育ってくれたほうが親としては幸せだという言葉があるように、ダウン症であったって本人が幸せに生きれたらそれが本人にも親にも一番喜ばしいことだし、その手助けをできる環境に入れてやるのが親として出来ることなんだと思う。
  • mixiユーザー

    mixiユーザー2017年04月30日 21:39
    しのけん さん、「イイネ!」クリック、ありがとー
  • mixiユーザー

    mixiユーザー2017年04月30日 21:49
    > mixiユーザー コメントありがとー
    普通学級に入れば、みんなと何か違うのはその人(ダウン症)、一人だけ。
    相談できるクラスメイトはほとんどいない環境だと思います。
    特別支援学校なら、みんななにかしら抱えてる。 
    お互いがお互いの悩みを聞けると思う。(理解度には違いがあるかもしれませんけれど・・)
    だけど、相談というのは、結局は解決しない事例か多いけれど、心の重荷が軽くなる。

    特別支援学校なら、理解し合える仲間は多いのじゃないかと思う。

    あの記事にあるけど、親としては「独り立ちできるように」と希望しているようだ。
    「幸せ」ってのは別に「独り立ちできること」ではないのだけれど、親自身が通常の常識に縛られて「独り立ちするのが当たり前」「だから、その当たり前のことまではさせてあげたい」という「幸せ」の「思い違い」が今回の「原因」かもしれません。

    だからこそ、ダウン症という現実に向き合って、その上での「幸せとは何か」を考えないと、一般の「幸せ」を「当たり前」と思っているとそれが逆に「不幸の元」となるように思いました。

    そんな思いが、サワヤカ さんのコメント読んでいて浮かんできました。
  • mixiユーザー

    mixiユーザー2017年04月30日 22:13
    > mixiユーザー 
    お返事ありがとうございます。キナさんおっしゃる通りです。
    独り立ち、とは一人であっても不自由しないようにという願いが込められた祈りなのでしょうけれど、独り立ちが幸せである条件ではないですもんね。
    うん、僕も子がいないのに考えさせられますよ。
    奥山さんには決して届かない(可能性はゼロではない?)と思うのでお節介にもなり得ないのだろうけど、こういうニュースにあれこれ言うのは一人一人がダウン症の子を持つ親をまたはその子自身を自分に置き換えて色々思考を巡らすことに意義があるんだと思います。
    そう言う立場にないからこそ、人の発言や配慮する姿に気づきがありますね。
  • mixiユーザー

    mixiユーザー2017年04月30日 22:47
    > mixiユーザー 
    私も関連のある集まりの場所にダウン症の人がいるのですけれども、他の人とダウン症の人との区別をつけずに話してくれる人を喜ぶようです。

    話が同じようにできる場所というのは、「居場所がある」ということなのでしょうね。
    「居場所が無い」という感じの所にいるのほど苦痛なことはないと思います。

    その彼は、初期は私に対しておとなしかったですが、途中からいろいろと私に話しかけてくるようになりました。
    また、表情も生き生きとしていて、・・・

    「居場所がある」ということが「幸せ」なのかなとも・・・
    それであるなら、そのダウン症の子の居場所を探すか、用意するか、または「創る」というのが親の役目かもしれません。

    そしてその子が少し成長したなら「一緒に」居場所を探すか、または「一緒に創る」という行程に。

    「その場所なら、親がそばにいなくても、また親が亡くなってもその子がやっていける場所」がちゃんと確保できれば、それが「ちゃんとやっていける」ことになるのではないでしょうかね。

    よく勘違いされるのが「一人でやっていけるように・・」という言葉がありますが、人は一人で生きていくというのは自然の中のサバイバルでしかありません。
    「社会」で生きていくというのは、誰かの世話になり、誰かの役に立つ(ほんとうに単純な作業であろうとも、だれかがやらなければ進まない内容であるならそれは「役に立っている」ということだと思います。)ことで成り立っているのですから、人の世話になるところはあってもいいのだと思います。

    また、今回の親は「独り立ちできるように」が「あなたの親の願い」という形になっています。
    これが「あなたが生きていてくれることだけで幸せ」と言ってくれる親であれば、その子はすでに「幸せ」を手にしていたのではないかなーと・・・
    子は親の期待に応えることをしようとするのが子供ですから、親が「それでいい」と言ってくれるまで、子供は居場所が無い気持ちを持ちます。
  • mixiユーザー

    mixiユーザー2017年04月30日 23:11
    > mixiユーザー 
    居場所があるということが幸せ、これは人間誰においてもそうなのかも知れません。少なくとも私はそうです。
    ダウン症患者と健常者、ダウン症に関して私は知識不足も甚だしいですが、この二者に幸せの定義や得られる機会、また感じる度合いに大きな差があるように思えないんですね。
    おそらく各々言葉にできるできないの差があるのかも知れませんが、それが原因で幸せに生きるのがちょっと難しくなることがあったとしたら、いかんのではないかと思います。
  • mixiユーザー

    mixiユーザー2017年04月30日 23:19
    紫羽 さん、「イイネ!」クリック、ありがとー
  • mixiユーザー

    mixiユーザー2017年04月30日 23:32
    > mixiユーザー 
    >この二者に幸せの定義や得られる機会 大きな差があるように思えないんですね。

    大きな差があると思いますよ。
    同じ場所にいても、偏見を持たれてしまうのがダウン症。
    また、行動がズレてしまうために目立ってしまいやすい。
    ダウン症の方が多く集まっているところなら浮いたりしませんが、やはり一人だけ入ると浮いてしまいます。

    ただ、逆の見方もあります。
    普通の人が当たり前に思っている環境でも、ダウン症の人にはその場が受け入れてくれるだけで幸せに感じたりもあるでしょうね。

    そういう意味からも仲間が多くいる場所がよいのではないかと思うんですね。

    んー・・・
    たとえば、日本人に強い偏見を持っている中国の中のとある街に一人で行くようなもの?
    そんな場所で、他に日本人の仲間が数人いるだけで安心感が倍増しますよね・・・

  • mixiユーザー

    mixiユーザー2017年05月01日 07:46
    > mixiユーザー 
    幸せの定義や得られる機会、感じる度合いというのは、
    ダウン症でなくても不幸な人は世に溢れていて、幸不幸でいうと、賢くて頭の物凄くいい人ほど不幸(幸せを感じにくい)である割合は高いのではないかと思ったんです。無論、データはありませんので単なる感想、予想でありますが。

    ダウン症患者を主観的に見ることはできないし、知覚障害と健常者を同一線上において比較するのは憚られますが、ダウン症であっても幸せになることは全然できるはずだよねと言いたかったんです。

    もちろん同じ能力同士境遇が似てる方が親近感が湧き安心できることについては同意します。その通りだと思います。
  • mixiユーザー

    mixiユーザー2017年05月01日 07:59
    いね さん、「イイネ!」クリック、ありがとー
  • mixiユーザー

    mixiユーザー2017年05月01日 08:01
    > mixiユーザー 
    あ、意味について了解しました。
    場所という意味ではなくて、幸せと感じる状況の比率ですね。
    それについては、まさに サワヤカさん の書かれているとおりだと思います。
  • mixiユーザー

    mixiユーザー2017年05月01日 08:04
    あきちゃん さん、「イイネ!」クリック、ありがとー
  • mixiユーザー

    mixiユーザー2017年05月01日 08:31
    自分自身が病気で成人してから後天性の障害者になりました。

    障害を受け入れるのにかなり葛藤しました。

    子供がいるので何時までも後ろ向きでいられないし、色々な方に支えられ今は前向きに生きてます。

    また我が子は障害と言う程ではないけれど弱視なのですがそれが分かった時はどうして普通に産んであげられなかったのだろう…と自分自身を責めました。

    自分自身の障害を受け入れた者として思うのですが、子供の障害を受け入れることは自分自身の障害を受け入れるより難しいことだと思います。

    障害を受け入れる葛藤の部分を理解せず奥山さんのこと批判する方が多く、そこの部分を皆さん物凄く簡単に考えておられるのではないだろうか…と思わずにはいられないコメントに心が痛みました。
    でも皆さんへのコメントを拝見してキナさんはそこを解った上で発言されていることに嬉しく思いました。

    私はダウン症の子を持つ親ではないので進路についてはどうこう言えないけれど、一障害者として障害を受け入れることの心の葛藤等の部分をもっと自分ならどうか?と想像した上で考えて皆さんにはコメントして頂きたいなと切に思いました。

  • mixiユーザー

    mixiユーザー2017年05月01日 22:19
    紀伊国屋 さん、「イイネ!」クリック、ありがとー
  • mixiユーザー

    mixiユーザー2017年05月01日 22:35
    > mixiユーザー コメントありがとー
    >自分自身の障害を受け入れた者として思うのですが、子供の障害を受け入れることは自分自身の障害を受け入れるより難しいことだと思います。

    そうでしょうね。産んだ方の責任ではないか・・・、という気持ちがあり、子供に対して申し訳なく感じる気持ちもあると思います。
    まあ、それはビンボーで、子供にみんなと同じものを買って上げられないという気持ちも、親は自分の情けなさとして持っていたり・・。

    障害については後天性はかなり辛いです。なまじ「健常者」であったときの経験と記憶がありますから、どうしてもそれと「比較」してしまう。

    つまり、「比較」が「つらさ」の元になっていたりするわけです。
    ですから、障害者を健常者と同じクラスに入れるということは、いつもその他者との「比較」をする本人だけの問題ではなく、「隠して見てしまう」他者の態度、言動、扱いが「つらい」ことになると思います。

    「他のみんなと同じように・・」と親が思うなら、「同じようなみんながいるところへ」という「特別支援学級や特別支援学校を親がどうして「受け入れられないのか」という部分なんですね。これが何度か書かれた「親自身が特別支援学級・特別支援学校に偏見を持っているから」ということではないでしょうかねぇ。


    ほんとうに真剣に考えているのなら、特別支援学級や特別支援学校へ見学にいくとか、そこの親御さん達と話をして、どういう考えでそこを選択したか、話を聞いて参考にするべきでしょう。
    そういうのをしないで「一般学級に入れたい」と言っているのなら、その人がやはり、特別支援学級や学校への偏見。またそこへ行かせている親御さん達を偏見の目で見ているということにならないでしょうか?


    >一障害者として障害を受け入れることの心の葛藤等の部分をもっと自分ならどうか?と想像した上で考えて皆さんにはコメントして頂きたいなと切に思いました。

    私は「今すぐ自分に置き換えて考えろ」とは思っていません。
    この先、そういう子を産んでしまう人もいるでしょう。その時にその葛藤をどうしようかとネットで検索すると思います。
    その時にここを見つけられたら、「ああ、私の前にも悩んでいた人達がいたんだなぁ」と気がつくでしょう。
    「仲間がいたことにホッとする」でしょう。
    それがダウン症の子に当てはめると「仲間がいることにホッとする」の重要性が見えてくるのではありませんか?
    そのために「一般学級にいれたい」という親の考えがいいことなのかどうなのか、そこで改めて考えてもらえますね。
  • mixiユーザー

    mixiユーザー2017年05月02日 07:43
    > mixiユーザー 

    コメントありがとうございます。

    やっぱり解って下さってる方のコメントだなと共感することばかりです。

    私が障害を受け入れられたのはキナさんみたいな方との出会いがあったからです。

    厳しい意見に耳を塞ぎたくなるようなこともありました。

    でも何時も私の側に寄り添って下さり、障害を受け入れ前向きに生きて行く道標みたいな物を作って下さいました。

    奥山さんはまだダウン症の子の母になって5年程。
    健常児を育てても5年って日々悩みや葛藤があって現在しか見えてなくて、まだまだ新人のお母さんだと思うんです。

    障害を受け入れられるのって賢いからとかバカだからとかって関係ないし、歩んで来た環境にもよると思うんです。

    全く障害を持つ方とは触れ合うことがなく生きて来られた方は受け入れ難いのではないかと感じます。
    それは奥山さん自身のせい(育って来た環境のことを言ってます)ではないと思うんです。

    誰しもすんなり受け入れられないと思うのに、言われていることは確かにそうだけれど奥山さんを小馬鹿にしたような感じでコメントされている方がいたり…心が痛かったです。

    そんな思いがありキナさんではなく、その方々の目に触れて欲しくて最後の部分はコメントしました。

    皆さんが言われていることはもっともなことだと思っています。

    ただそこへ行き着くまでの心の葛藤を解って貰いたいって障害を持つ者として思うんですよね。

    奥山さんにもキナさんみたいな方との出会いがあれば違って来るのではないかなぁと思います。

  • mixiユーザー

    mixiユーザー2017年05月02日 11:42
    > mixiユーザー おはようございます。
    今回の奥山さんは一般学級を望まれていましたが、そちらへ進んだ場合、途中で後悔すると思うんですね。
    しかし、「後悔」が悪いことばかりではありません。
    途中で方向を変え、特別支援の方に向かったとき、特別支援の方に「居場所」があったとき、そこで「幸せ」を感じると思うんですね。
    間違いも体験しなければ、「幸せ」に気がつかないこともあります。

    ただ、途中で「後悔」しないで、他の道を避け続け、「結果として不幸」なままで進んでしまう人もいます。
    奥山さんに「気づき」のチャンスがあればいいと願いますね・・。


    人は「後悔」することを恐れる人もいます。
    「後悔」すると、他人から「ほら、いわんこっちやない」とか、「ザマーミロ」とか思われるのではないか、言われるのではないかと・・。
    それを避けようと維持を張ることは、幸せのチャンスを逃すこともあるので心配ですね。
  • mixiユーザー

    mixiユーザー2017年05月02日 13:45
    梅干し さん、「イイネ!」クリック、ありがとー
  • mixiユーザー

    mixiユーザー2017年05月02日 21:01
    mika さん、「イイネ!」クリック、ありがとー

mixiユーザー

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