mixiユーザー(id:809109)

2007年06月23日17:47

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北ヨーロッパの 「ホタル」。

  ▲ヨーロッパツチボタルのメス。▲同じく、オス。 ▲イギリスにおける分布。


〓きのう、スコットランドまで来たので、「イギリスのホタル」 を調べてみましょう。
〓英語では、ホタルを、

   firefly [ ' ファイア , フらイ ] [英語] ホタル

と言いますね。この単語は 1658年 が初出です。遅いですね。日本語の 「ホタル」 は、古くは 『万葉集』 (7〜8世紀) にさえ現れることを考えると、英語の firefly の登場は、実に遅いです。
〓イギリスを征服したノルマン人は 「ホタル」 というフランス語彙を持ってこなかったんでしょうか?

〓フランス語では、「ホタル」 を、

   luciole [ りゅスィ ' オる ] [フランス語] ホタル

と言います。しかし、フランス語に luciole という単語が登場したのは、ナンと 1704年 です。むしろ、英語の firefly より遅いのです。

   mouche à feu [ ムッシャ ' フゥ ] [フランス語] ホタル

という言い方もあります。しかし、これは 「火のハエ」 という意味で、何を隠そう、英語の firefly の 「なぞり」 (翻訳借用) なのです。

〓ことほど左様に、フランス人やイギリス人は、あまり 「ホタルの風流」 には感銘を受けなかったようです。

〓もっとも、これには若干の理由があります。それは、イギリス・フランス・ドイツあたりに棲息する主なる 「ホタル」 が、

   ヨーロッパツチボタル
    Lampyris noctiluca
    [ らン ' ピューリス ノクティ ' るーカ ]

という種で、メスの羽根が退化して無くなっていることと関係がありそうです。
〓オスは、あまり光らず、メスのほうが明るく輝きますが、この明るく輝くメスは、飛ぶことができず、一見して、甲虫の仲間ではなく、ミミズとかウジ虫のような外見をしています。
〓このような虫を firefly と呼ぶことはありませんでした。では、ナンと呼んだか。

   glowworm [ グ ' ろウ , ウォーム ]
      [英語] ツチボタル。1350年 ごろ初出
   lampyre [ らん ' ピール ]
      [フランス語] ツチボタル。1553年 初出

〓こちらのほうが、「飛ぶホタル」 よりも遙かに初出が古いですね。つまり、イギリス・フランス・ドイツでは、

   飛ぶホタル (オス) は、感動するほど明るくなく、
   くほど明るいホタル (メス) は、ウジかミミズみたい

なのです。
〓なるほど、これでは 「ホタル」 という生物を認識しづらかったかもしれないですね。それに 「ホタルの光」 に 「ワビサビ」 を感じる、というワケにもいかなかったでしょう。
〓おそらく、初期には、オスの firefly とメスの glowworm が同じ種だとはわからなかったに違いないですね。

〓オス、メスともに、飛びまわって光る、という 「ホタル」 に出会うためには南ヨーロッパまで行かなければなりません。実際、フランス語の luciole 「リュスィオル」 という単語は、イタリア語の

   lucciola [ ' るッチョら ] [イタリア語] ホタル

を借用したものです。

〓「ひろさん」 の日記では、ロシア人の奥さんが 「ホタル」 を意味するロシア語を思い出せないほど “ホタルと縁遠かった” ようです。しかし、実は、ロシアにも 「ヨーロッパツチボタル」 Lampyris noctiluca が分布しています。
〓奥さんは、『火垂るの墓』 をご覧になっていて、「ホタル」 を言い表すときに、ロシア語を使わずに、日本語の hotaru を使ってしまったそうですが、なるほど、確かに、

   日本のアニメに描かれる “華麗なホタル” と
   ヨーロッパツチボタルとは違いすぎる


と言えそうです。
〓ロシア語では、「ホタル」 (すなわち、ツチボタル) を、

   светляк svjetljak
      [ スヴィェト ' りゃーク ] [露語] ホタル
   светлячок svjetljachok
      [ スヴィェトりゃ ' ちょーク ] [露語] ホタル。愛称形

と言います。これは、

   светлый svjetlyj
      [ ス ' ヴィェットるイ ] [形容詞] 「光る」、「明るい」

という形容詞の語幹 светл- に、「〜の性質を持つもの」 を意味する接尾辞 -як -jak [ 〜ヤーク ] が付いたものです。つまり、「光るもの、明るいもの」 の意味ですね。
〓それに、さらに 「指小辞・愛称語尾」 -ек, -ёк -jek, -jok [ 〜イェック、〜 ' ヨーク ] の付いたものが、светлячок 「スヴィェトラチョーク」 です。

〓しかし、「光るもの」 とは言え、それが日本語の 「火照る・火垂る」 とか、朝鮮語の 「반디」 pandi とは “違う意識で呼ばれている” ことは、ロシア語の 「ホタルの俗称」 を見るとわかるのです。

   ивановский червяк  ivanovskij chervjak
      [ イ ' ヴァーナフスキイ チェル ' ヴャーク ]
   ивановский червячок  ivanovskij chervjachok
      [ イ ' ヴァーナフスキイ チェルヴャ ' ちょーク ]
   Иванов червяк  Ivanov chervjak
      [ イ ' ヴァーナフ チェル ' ヴャーク ]
   Иванов червячок  Ivanov chervjachok
      [ イ ' ヴァーナフ チェルヴャ ' ちょーク ]

〓なんだかヤヤコシイ単語を4つあげましたが、全部、同じ表現で、文法上のバリエーションにすぎません。要は、その意味するところが、

   「イワンのウジ虫」

ということなのです。ロシアの民間の俗称では、植物・生物などで、よく見かける、取るに足りないものに 「イワンの〜」 と付けるようです。ちょうど、朝鮮語の 「イヌグソ〜」 と同じですね。
〓つまり、このことが示しているのは、ロシア人にとって、

   「ホタル」 светляк
      = ウジ虫に似たもの


ということなのです。
〓つまり、「スヴィェトリャーク=“光るもの”」 と呼んでいるようなものの、それは、

   英語の glowworm 「光るウジ虫」

と同じ像が頭の中に浮かんでいる、と言えます。

〓つまりですね、今日は何を書きたかったかというと、辞書を引くと

   lampyre ホタル
   светляк ホタル

と訳語が出ているけれども、必ずしも、それを文字どおり受け取ってはならず、

   日本人の心に、数々の “思い出” とともに
   刻まれている 「ホタル」 という単語とは
   根本的なところで、ズレている
念である


ということです。


〓ところで、日本語の 「ツチボタル」 で検索すると、圧倒的な数でヒットするのが、ニュージーランド、オーストラリアの洞窟で見られる、羽根のない 「光る虫」 の記事です。観光の目玉のひとつらしく、1万件ほどヒットします。
〓このオセアニアの 「ツチボタル」 と呼ばれる虫は、英語でも glowworm と呼ばれていますが、学名を、

   Arachnocampa luminosa

と言い、正式な和名は 「ヒカリキノコバエ」 です。羽根がないのは幼虫で、成虫になれば、羽根が生えます。
〓また、光を発する理由が 「ホタル」 の場合と違って、「エサをおびきよせるため」 というものなのです。
〓「ツチボタル」 は、あくまで俗称です。そのせいで、ヨーロッパのツチボタル Lampyris noctiluca と紛らわしいことになっています。
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