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2007年03月08日12:09

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「グラナダ」 は 「ザクロ」 の意味か?

  ▲グラナダの位置。
           グラナダの紋章。▲割れているザクロが見える。
                  アルハンブラから見たアルバイシン▲



〓ナンとでもさんは、「スペインのグラナダは “石榴” (ざくろ) から取られた名」 だということをTVで知った、と日記に書かれていました。
〓これはホントかというと、YES であり NO なんです。



  【 「グラナダ」 の語源 】

〓グラナダには、もともと、ケルト人が住んでいましたが、紀元前5世紀ころからギリシャ人が植民を始め、

   ’Ελιβύργη elibyrgē [ エり ' ビュルゲー ] エリビュルゲー

と称しました。語源は不詳。
〓ローマ帝国がイベリア半島の征服に乗り出し、グラナダがローマ領になると、

   Illiberis [ イッ ' りベリス ] イッリベリス

と呼ばれました。ギリシャ語名を下敷きに、ローマ人の発音しやすいように変えたものでしょう。ラテン語で何かを意味するわけではないようですが、illīberis [ イッ ' リーベリス ] 「子どものいない」 という形容詞があります。モジッたというより、ラテン語の発音の型にはめたということでしょう。

〓西ローマ帝国崩壊後の5世紀、イベリア半島はゴート人の支配下に入りますが、むしろ、ゴート人がラテン語化してしまったために、名称に変わりはありませんでした。

〓 711年、西ゴート王国は、ウマイヤ朝のターリク・イブン・ジヤード
طارق بن زياد と彼の率いるベルベル人の軍団に征服され、以後、イベリア半島はイスラーム勢力圏に入ります。
http://mixi.jp/view_diary.pl?id=172592685&owner_id=809109
〓そして、1492年、イスラーム勢力最後の砦であったグレナダが、キリスト教勢力に敗北し、レコンキスタが完成します。

〓イスラーム支配時代、グラナダは、

   البيرة Ilbīra [ イる ' ビーラ ] イルビーラ

と呼ばれました。それに対し、北のキリスト教勢力圏では、

   Elvira [ エる ' ヴィーラ ] エルヴィーラ

と呼んでいました。これは、言語ではときどき起こる現象で、「似ている単語が融合してしまった例」 と言えそうです。
〓イベリア半島には、ゴート人の残した 「ゴート語起源の人名」 が多く残されましたが、その1つに、Elvira という女子名があります。由来は必ずしも定かではありませんが、

   *alla-wērī [ アッらウェーリー ]
      誠実、偽りのないこと。ゴート語。女性名詞

が起源であろうと思われます。このゴート語がラテン語風に変形されたわけです。
〓この Elvira という名前と、イスラーム圏でのグラナダの呼び名 Ilbīra ──アラビア語でも 「エルビーラ」 と発音していたかもしれない──が一致したんですね。それで、Elvira。

〓ところで、グラナダの町の郊外には、「ガルナータ・アル=ヤフード」 と呼ばれる地域がありました。「アル=ヤフード」 というのは、アラビア語で 「ユダヤ人」 という意味です。当時、主として、ユダヤ人が居住していた地区であったため、「ユダヤ人のガルナータ」 と呼ばれていました。

    غرناطة اليهود Gharnāt.a l-yahūd
       [ がル ' ナータ るヤ ' フード ]

〓現在のグラナダの旧市街 「アルバイシン」 Albayzín を含む丘陵にあった地区です。「ガルナータ」 の語源は未詳。
〓後ウマイヤ朝の衰えた 1010年、カリフ位の後継争いが飛び火して、グラナダはベルベル人により破壊、略奪されました。1013年、ガルナータの地に都市が再建され、タイファ諸国──後ウマイヤ朝崩壊後に、イベリア半島に林立した小王国──の1つである 「ガルナータ王国」 が成立します。
〓グラナダの旧市街が 「アルバイシン」 にあるのは、そういうわけです。

〓1492年、イベリア半島最後のイスラーム圈だった 「ガルナータ王国」 は、カスティーリャ・アラゴン連合王国に敗北し、半島からイスラーム勢力は消滅します。
〓キリスト教圈で、「ガルナータ王国」 を、いつから、Granada [ グラ ' ナーダ ] と呼んだものかハッキリしません。11世紀から、そのように呼んでいたものでしょうか。

〓要は、Gharnāt.a [ ガル ' ナータ ] が、カスティーリャ語の Granada [ グラ ' ナーダ ] に似ていたことから、北部キリスト教圏では、そのように誤って言い習わされ、のちに、

   「ザクロが名産であることから、市の名前になった」

という俗説が 「逆成」 されたものです。
〓グラナダ市の紋章には 「ザクロ」 が描かれています。



  【 「ザクロ」 という単語 】

〓ラテン語では、ザクロを次のように言いました。

   granatum [ グラー ' ナートゥム ] ザクロの実

〓これは、granatus [ グラー ' ナートゥス ] 「粒状の種の多い」 という形容詞の “中性形” です。毎度申し上げるように、ラテン語では、

   「実」 は中性名詞
   「木」 は男性語尾を取り、女性名詞である

という規則があります。それに従ったものです。
〓 granatus 「グラーナートゥス」 という形容詞は、

   granum [ グ ' ラーヌム ] 穀粒、漿果 (ベリー)

から派生したものです。昨日の日記では、英語の corn の語源として、

   *gr-no- [ グラノ ] 穀物、熟した。印欧祖語

を挙げました。ここから、ゲルマン祖語 *kurnam 「クルナム」 を経たものが、英語の corn となり、いっぽうでは、ラテン語の granum 「グラーヌム」 (穀粒) となったわけです。
〓英語で 「粒子、穀物」 を指す単語に grain [ グ ' レイン ] がありますが、これは、フランス語を経由してラテン語が入ったものです。

〓ところで、ラテン語の granatum 「ザクロ」 は、ロマンス語などで次のように語形を変えました。

   granatum [ グラ ' ナートゥム ] ラテン語
    ↓
   *granato [ グラ ' ナート ] 俗ラテン語
    ↓
   「実」 の性が、中性から 「女性」 へ転換する
    ↓
   granada [ グラ ' ナーダ ] ザクロの実。スペイン語

〓ラテン語からロマンス諸語へと変貌する際に、文法上、次のような問題が起こりました。

   【 ラテン語 】
   -um 中性語尾/「実」 を表す
   -us  男性語尾/「木」 を表す。ただし女性名詞として扱う
   -a  女性語尾
    ↓
   【 ロマンス諸語/フランス語、スペイン語、イタリア語など 】
   -o  男性語尾 ←中性語尾
   -o  男性語尾/「木」 を表す。男性名詞として扱う
   -a  女性語尾/「実」 を表す

〓要するに、語末の m, s が消えてしまったため、「男性/中性」 の区別ができなくなり、どちらも 「男性名詞」 に合流してしまったのです。語尾の -u は、唇の丸めがゆるんで -o となりました。
〓このままでは、「木」 も 「実」 も -o に終わる同形の男性名詞になってしまい、区別が失われます。そのため、ロマンス諸語では、上のような

   「木」 と 「実」 の性転換

が起こりました。

〓なお、スペイン語のみならず、granada 系の 「ザクロ」 という単語を持つ言語では、ほとんどの場合、それは 「手榴弾」 (てりゅうだん) の意味も持ちます。形と構造がよく似ているからですね。
〓日本語の 「手榴弾」 にも 「石榴」 の 「榴」 が入っています。いずれ、英語の hand grenade か、ドイツ語の Handgranateなどからの翻訳借用語でしょう。


   【 ザクロ / 手榴弾 】

   ロマンス諸語
   granada [ グラ ' ナーダ ] スペイン語、ポルトガル語
   grenade [ グル ' ナッド ] フランス語
   granata [ グラ ' ナータ ] イタリア語

   その他の言語
   grenade [ グラ ' ネイド ] 英語 ←フランス語
     ※「ザクロの実」 は pomegranate [ ' ポムグ , ラナット ]。
      古仏語 pome grenate より。pome は現代語の
      pomme 「リンゴ」。古フランス語では
      「〜の実」 を pome 〜 と表現した。
   Granate [ グラ ' ナーテ ] 手榴弾。ドイツ語 ←イタリア語
     ※「ザクロの実」 は Granatapfel [ グラ ' ナートアップフェる ]
   граната granata [ グラ ' ナータ ] 手榴弾。ロシア語 ←独語
     ※「ザクロの実」 は гранат [ グラ ' ナート ]。
      ラテン語より。



  【 日本語の 「ざくろ」 】

〓日本語の 「ざくろ」 は、中国語に由来します。

   石榴 (柘榴) shíliú, shíliu [ しーりウ ]

〓本来は、「安石榴」 ānshíliú 「アンシーリウ」 と言うようです。

〓紀元前2世紀の中国の人、張騫 (ちょうけん) は、武帝の命により、ソグディアナ──現在のウズベク・タジク・キルギスのあたり──に居をかまえる大月氏 (だいげっし) への使者に赴きました。途上、敵対する匈奴に捕らえられ、十年以上ものあいだ留め置かれました。
〓これを逃れたのち、大月氏のもとに辿り着きますが、大月氏と同盟を結ぶという使者の目的を果たせず帰還しました。しかし、彼は、西域の多くの情報を持ち帰り、それらは今日から見ても重要なものばかりです。

〓その中に、「安石国」 に産する 「ザクロ」 があったとされています。「安石国」 は 「安息国」 のことで、現在のイラン北東部に存在した 「パルティア王国」 を指します。ザクロの原産地は、イラン東部とされており、伝承と一致します。
〓「安石榴」 の 「榴」 は、音の同じ 「瘤」 (こぶ) のことである、というのが通説のようです。実が 「コブ」 のようであるということですね。

〓「石榴」 は、現代音でこそ 「シーリウ」 と発音しますが、中古音では、

   石榴 [ ζ i æ k l i u ] [ ジヤックリアウ ]

と発音していました。ザクロは平安時代に日本に渡ってきたとされますが、その際、「セキリウ」 という標準的な音でもなければ、「シヤクリウ」 という呉音でもなく、誰かが耳で聞いた 「ジャクロ」 という名前になったと考えるのが、よいのではないでしょうか。
〓漢字・中国語の知識がない人、つまり、当時の 「学のない人」 の手を経たであろうことが予想されます。その点では、先日の 「双六」 (スグロク→すごろく) と似ていますね。


〓というわけで、グラナダの語源は、「ザクロ」 のようで 「ザクロ」 でない、というオウワサでござりました。
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