▲グラナダの位置。
グラナダの紋章。▲割れているザクロが見える。
アルハンブラから見たアルバイシン▲
〓ナンとでもさんは、「スペインのグラナダは “石榴” (ざくろ) から取られた名」 だということをTVで知った、と日記に書かれていました。
〓これはホントかというと、YES であり NO なんです。
【 「グラナダ」 の語源 】
〓グラナダには、もともと、ケルト人が住んでいましたが、紀元前5世紀ころからギリシャ人が植民を始め、
’Ελιβύργη elibyrgē [ エり ' ビュルゲー ] エリビュルゲー
と称しました。語源は不詳。
〓ローマ帝国がイベリア半島の征服に乗り出し、グラナダがローマ領になると、
Illiberis [ イッ ' りベリス ] イッリベリス
と呼ばれました。ギリシャ語名を下敷きに、ローマ人の発音しやすいように変えたものでしょう。ラテン語で何かを意味するわけではないようですが、illīberis [ イッ ' リーベリス ] 「子どものいない」 という形容詞があります。モジッたというより、ラテン語の発音の型にはめたということでしょう。
〓西ローマ帝国崩壊後の5世紀、イベリア半島はゴート人の支配下に入りますが、むしろ、ゴート人がラテン語化してしまったために、名称に変わりはありませんでした。
〓 711年、西ゴート王国は、ウマイヤ朝のターリク・イブン・ジヤード
طارق بن زياد と彼の率いるベルベル人の軍団に征服され、以後、イベリア半島はイスラーム勢力圏に入ります。
http://mixi.jp/view_diary.pl?id=172592685&owner_id=809109
〓そして、1492年、イスラーム勢力最後の砦であったグレナダが、キリスト教勢力に敗北し、レコンキスタが完成します。
〓イスラーム支配時代、グラナダは、
البيرة Ilbīra [ イる ' ビーラ ] イルビーラ
と呼ばれました。それに対し、北のキリスト教勢力圏では、
Elvira [ エる ' ヴィーラ ] エルヴィーラ
と呼んでいました。これは、言語ではときどき起こる現象で、
「似ている単語が融合してしまった例」 と言えそうです。
〓イベリア半島には、ゴート人の残した 「ゴート語起源の人名」 が多く残されましたが、その1つに、
Elvira という女子名があります。由来は必ずしも定かではありませんが、
*alla-wērī [ アッらウェーリー ]
誠実、偽りのないこと。ゴート語。女性名詞
が起源であろうと思われます。このゴート語がラテン語風に変形されたわけです。
〓この Elvira という名前と、イスラーム圏でのグラナダの呼び名 Ilbīra ──アラビア語でも 「エルビーラ」 と発音していたかもしれない──が一致したんですね。それで、Elvira。
〓ところで、グラナダの町の郊外には、「ガルナータ・アル=ヤフード」 と呼ばれる地域がありました。「アル=ヤフード」 というのは、アラビア語で 「ユダヤ人」 という意味です。当時、主として、ユダヤ人が居住していた地区であったため、「ユダヤ人のガルナータ」 と呼ばれていました。
غرناطة اليهود Gharnāt.a l-yahūd
[ がル ' ナータ るヤ ' フード ]
〓現在のグラナダの旧市街 「アルバイシン」 Albayzín を含む丘陵にあった地区です。「ガルナータ」 の語源は未詳。
〓後ウマイヤ朝の衰えた 1010年、カリフ位の後継争いが飛び火して、グラナダはベルベル人により破壊、略奪されました。1013年、ガルナータの地に都市が再建され、タイファ諸国──後ウマイヤ朝崩壊後に、イベリア半島に林立した小王国──の1つである 「ガルナータ王国」 が成立します。
〓グラナダの旧市街が 「アルバイシン」 にあるのは、そういうわけです。
〓1492年、イベリア半島最後のイスラーム圈だった 「ガルナータ王国」 は、カスティーリャ・アラゴン連合王国に敗北し、半島からイスラーム勢力は消滅します。
〓キリスト教圈で、「ガルナータ王国」 を、いつから、Granada [ グラ ' ナーダ ] と呼んだものかハッキリしません。11世紀から、そのように呼んでいたものでしょうか。
〓要は、Gharnāt.a [ ガル ' ナータ ] が、カスティーリャ語の Granada [ グラ ' ナーダ ] に似ていたことから、北部キリスト教圏では、そのように誤って言い習わされ、のちに、
「ザクロが名産であることから、市の名前になった」
という俗説が 「逆成」 されたものです。
〓グラナダ市の紋章には 「ザクロ」 が描かれています。
【 「ザクロ」 という単語 】
〓ラテン語では、ザクロを次のように言いました。
granatum [ グラー ' ナートゥム ] ザクロの実
〓これは、
granatus [ グラー ' ナートゥス ] 「粒状の種の多い」 という形容詞の “中性形” です。毎度申し上げるように、ラテン語では、
「実」 は中性名詞
「木」 は男性語尾を取り、女性名詞である
という規則があります。それに従ったものです。
〓 granatus 「グラーナートゥス」 という形容詞は、
granum [ グ ' ラーヌム ] 穀粒、漿果 (ベリー)
から派生したものです。昨日の日記では、英語の corn の語源として、
*gr∂-no- [ グラノ ] 穀物、熟した。印欧祖語
を挙げました。ここから、ゲルマン祖語 *kurnam 「クルナム」 を経たものが、英語の corn となり、いっぽうでは、ラテン語の granum 「グラーヌム」 (穀粒) となったわけです。
〓英語で 「粒子、穀物」 を指す単語に
grain [ グ ' レイン ] がありますが、これは、フランス語を経由してラテン語が入ったものです。
〓ところで、ラテン語の granatum 「ザクロ」 は、ロマンス語などで次のように語形を変えました。
granatum [ グラ ' ナートゥム ] ラテン語
↓
*granato [ グラ ' ナート ] 俗ラテン語
↓
「実」 の性が、中性から 「女性」 へ転換する
↓
granada [ グラ ' ナーダ ] ザクロの実。スペイン語
〓ラテン語からロマンス諸語へと変貌する際に、文法上、次のような問題が起こりました。
【 ラテン語 】
-um 中性語尾/「実」 を表す
-us 男性語尾/「木」 を表す。ただし女性名詞として扱う
-a 女性語尾
↓
【 ロマンス諸語/フランス語、スペイン語、イタリア語など 】
-o 男性語尾 ←中性語尾
-o 男性語尾/「木」 を表す。男性名詞として扱う
-a 女性語尾/「実」 を表す
〓要するに、
語末の m, s が消えてしまったため、「男性/中性」 の区別ができなくなり、どちらも 「男性名詞」 に合流してしまったのです。語尾の -u は、唇の丸めがゆるんで -o となりました。
〓このままでは、「木」 も 「実」 も -o に終わる同形の男性名詞になってしまい、区別が失われます。そのため、ロマンス諸語では、上のような
「木」 と 「実」 の性転換
が起こりました。
〓なお、スペイン語のみならず、granada 系の 「ザクロ」 という単語を持つ言語では、ほとんどの場合、それは 「手榴弾」 (てりゅうだん) の意味も持ちます。形と構造がよく似ているからですね。
〓日本語の 「手榴弾」 にも 「石榴」 の 「榴」 が入っています。いずれ、英語の hand grenade か、ドイツ語の Handgranateなどからの翻訳借用語でしょう。
【 ザクロ / 手榴弾 】
◆ロマンス諸語
granada [ グラ ' ナーダ ] スペイン語、ポルトガル語
grenade [ グル ' ナッド ] フランス語
granata [ グラ ' ナータ ] イタリア語
◆その他の言語
grenade [ グラ ' ネイド ] 英語 ←フランス語
※「ザクロの実」 は pomegranate [ ' ポムグ , ラナット ]。
古仏語 pome grenate より。pome は現代語の
pomme 「リンゴ」。古フランス語では
「〜の実」 を pome 〜 と表現した。
Granate [ グラ ' ナーテ ] 手榴弾。ドイツ語 ←イタリア語
※「ザクロの実」 は Granatapfel [ グラ ' ナートアップフェる ]
граната granata [ グラ ' ナータ ] 手榴弾。ロシア語 ←独語
※「ザクロの実」 は гранат [ グラ ' ナート ]。
ラテン語より。
【 日本語の 「ざくろ」 】
〓日本語の 「ざくろ」 は、中国語に由来します。
石榴 (柘榴) shíliú, shíliu [ しーりウ ]
〓本来は、「安石榴」 ānshíliú 「アンシーリウ」 と言うようです。
〓紀元前2世紀の中国の人、
張騫 (ちょうけん) は、武帝の命により、ソグディアナ──現在のウズベク・タジク・キルギスのあたり──に居をかまえる大月氏 (だいげっし) への使者に赴きました。途上、敵対する匈奴に捕らえられ、十年以上ものあいだ留め置かれました。
〓これを逃れたのち、大月氏のもとに辿り着きますが、大月氏と同盟を結ぶという使者の目的を果たせず帰還しました。しかし、彼は、西域の多くの情報を持ち帰り、それらは今日から見ても重要なものばかりです。
〓その中に、「安石国」 に産する 「ザクロ」 があったとされています。「安石国」 は 「安息国」 のことで、現在のイラン北東部に存在した 「パルティア王国」 を指します。ザクロの原産地は、イラン東部とされており、伝承と一致します。
〓「安石榴」 の 「榴」 は、音の同じ 「瘤」 (こぶ) のことである、というのが通説のようです。実が 「コブ」 のようであるということですね。
〓「石榴」 は、現代音でこそ 「シーリウ」 と発音しますが、中古音では、
石榴
[ ζ i æ k l i ∂ u ] [ ジヤックリアウ ]
と発音していました。ザクロは平安時代に日本に渡ってきたとされますが、その際、「セキリウ」 という標準的な音でもなければ、「シヤクリウ」 という呉音でもなく、誰かが耳で聞いた
「ジャクロ」 という名前になったと考えるのが、よいのではないでしょうか。
〓漢字・中国語の知識がない人、つまり、当時の 「学のない人」 の手を経たであろうことが予想されます。その点では、先日の 「双六」 (スグロク→すごろく) と似ていますね。
〓というわけで、グラナダの語源は、「ザクロ」 のようで 「ザクロ」 でない、というオウワサでござりました。
ログインしてコメントを確認・投稿する