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2013年06月29日20:51

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「おんぶ」 の語源。── あるいは、語源を探る、とはどういうことか?

   










湯のみ TBSテレビの 「世界ふしぎ発見!」 は、

   ウソ語源を吹聴する常習犯

なんすね。

湯のみ 世界の未踏の地を訪れては、貴重な映像をとらえてくるいっぽうで、

   クイズとなると、なぜか、
   きわめてセンスがない語源モンダイが好き

なんですよ。制作スタッフに、そういう性格の人がいるんでしょう。

   Wikipedia あたりに書かれている
   まったく裏付けを欠く俗説や、
   俗説と呼ぶさえ、はばかられるインチキ語源説を
   オクメンもなく拾ってきて、
   番組のカナメとも言えるクイズの問題に採用しちゃう

んだよね。

湯のみ あたしが、今まで指摘しただけでも、


   ――――――――――――――――――――
   2007年2月 「アア溶岩」 の 「アア」 の語源。
   2007年6月 「ドル」 の語源はチェコの地名 (説明不足)。
   2007年7月 グランドキャニオンから、
         4000年前の 「馬のオモチャ」 が見つかったと主張。
     ※語源ではなく、英語のサイトで 「鹿」 と書かれていることを無視。
   2007年11月 「ヨーグルト」 の語源。
   2007年11月 「ノーメンクラートル」 と
         「ノーメンクラトゥーラ」 の取り違え。
   2010年9月 「玉の輿」 の語源。
   2011年3月 長崎方言で凧を指す 「はた」 の語源。
   2013年2月 「ペンギン」 の語源。
   2013年3月 「ガラパゴス」 の語源。
   ――――――――――――――――――――


と、この通り。2008年から2009年はモンダイがなかったわけではない。

   のれんに腕押し、糠に釘のような
   「ふしぎ発見」 の揚げ足をとるのに絶望した

といった感じだったのでありますよ。

   …………………………

湯のみ 「おんぶ」 関連の詳しい説明をしておきましょう。


   【帯ぶ (佩ぶ)】 [おぶ] 
   720年 身につける。
      ※のち、上二段活用に転じて 「帯びる」


   1543年 種子島にポルトガル商人が漂着。これが日本に上陸した最初。

   1639年 ポルトガル船の日本入港が完全に禁止される。


   【負ぶう】 [おぶう]
                <東日本でのみ使われた 「帯ぶ」 の異形>
   1770年 背中に荷物や子どもを背負う。
     ――――――――――――――――――――
     ■この語の方言形■
     ウブ (福島)
     ウブー (福島・栃木・茨城・埼玉・千葉・山梨・静岡)
     ウンブ (山形・福島)
     ウンブー (栃木)
     オバル (青森)
     オブ (岐阜・愛知・伊賀)
     オボフ (山梨)
     オボル (青森)
     オンバ (愛知)
     オンボ (秋田・伊予)
     オンボル (青森)
     ブ (岩手)
     ブー (秋田・茨城・栃木・埼玉・埼玉・千葉)
     ボー (静岡)
     ンブ (山形)
     ンブー (栃木)
     ――――――――――――――――――――


   【負ばる】 [おばる] <方言>
   18世紀 子を背負う、背負わされる。(長野・山形・新潟)


   【負んぶ】 [おんぶ]
   1807年 子どもを背負うこと。また、背負われること。


   【負ぶる】 [おぶる]
   1913年 背中に荷物や子どもを背負う。
      ※「おぶう」 の活用形である 「おぶって」 などから
       類推で出来た逆成語。



湯のみ 「おんぶ」 という語は、

   【おぶ】 (帯ぶ) という動詞から、【おぶう】 という
   異形を生じた東日本の方言

ということができます。

湯のみ その地域は、

   愛知・岐阜より東の東海道沿いを起点に、
   関東全域、東北全域

といった地域です。

湯のみ 江戸中期まで、特に東日本で、

   日本語の濁音の前には 「ン」 が先行して存在した

んですね。現代でも、東北弁にその現象が見られます。つまり、

   【おぶう】 の実際の音は 【オンブー】

だったわけです。

湯のみ 文語では、濁音の前の 「ン」 が消滅しましたが、口語には、その名残が、現代でも、しばしば見られます。

   【とび】 と 【とんび】
   【かば】 と 【かんば】 (樺)

湯のみ 「おんぶ」 は幼児語ですが、「ン」 じたいは、もともとの口語にあったものでしょう。

   …………………………

湯のみ 【おんぶ】 は 【おぶる】 から生じた、と考えるムキもありましょうが、

   その初出年には100年以上の開きがある

ので、その可能性はないでしょう。「おんぶ」 は 「おぶう」 という動詞そのものと考えてよろしい。

湯のみ 【おぶう】 という動詞は、現代人からすると、まったく奇妙でしょうが、

   1799年 誹風柳多留(江戸) 「当てもなく二条通りをおぶい出し」
   1869年 真景累ケ淵(東京) 「私が負(オブ)いたいが、
     包を背負(しょ)ってるから負(オブ)う事が出来ないが、
     私の肩へしっかり攫(つか)まっておいでな」

というぐあいに、「おぶる」 ではなく、

   おぶわない、おぶいます、おぶう、おぶうとき、おぶえば、おぶえ

という活用で使われてたんですよ。しかも、明治時代初期の圓朝の落語に、しっかりと 「おぶいたい」、「おぶうこと」 と出てきている。

   【おぶる】 の初出が大正2年なんだから当たり前

でさぁね。

   …………………………

湯のみ 関西では、「おんぶ」 のことを 【おっぱ】 と言うらしい。動詞の場合は、【おっぱする】。

湯のみ 現在の関西人が、まったく 「おんぶ」 を使わないのかどうか、アタシにはわからないんだが、おそらく、明治に入って、東京の山の手コトバ (武家町のコトバ) が、徐々に標準語の土台となるまでは、西日本では 「おんぶ」 は使われていなかったに違いない。

湯のみ 【おっぱ】 の語源はどうもよくわからないが、【ぱっぱ】 と言うところも多いようですね。


   【おっぱ】 三重・大阪・奈良・和歌山・広島県・徳島・香川・愛媛。
   【おっば】 三重
   【おっぱい】 和歌山
   【おっぺ】 島根県
   【おっぽ】 京都・大阪・青森・滋賀・愛媛・大分
   【おんぽ】 滋賀
   【ほっぽ】 滋賀
   ――――――――――――――――――――
   【ぱっぱ】 三重・大阪・奈良・和歌山・岡山・徳島・香川
   【ばっぱ】 岩手・宮城・秋田


湯のみ かなりキレイに、【おぶう】 の分布域と色分けされますね。愛知あたりを境界線とした見事な 「相補分布」 です。

湯のみ 特筆すべきは、青森・岩手・宮城・秋田に、西日本と同様の方言語彙が見られることで、これは、いわゆる、方言周圏論的な分布なのかもしれません。

湯のみ つまり、「おんぶ」 という語 (1807年初出) より以前の方言口語には、関東にも 「おっぱ」 あるいは 「ぱっぱ」 のタグイの語彙があったのかもしれないんですね。

湯のみ 書きコトバというのは、時代がさかのぼるほど、「公式の言語」 で書かれることが多かったので、

   古い時代の口語語彙、方言語彙というのは、
   どんなものがあったのか、なかなか考証しづらい

んですね。一度も文字にならずに消えていった口語語彙というのは、ひじょうに多かったに違いないのです。

   …………………………

湯のみ ポルトガルとの関係で言えば、

   日本がポルトガル人と接触を持っていたのは、
   1543年〜1639年と、100年に満たず、
   しかも、【おんぶ】 という語の初出は、
   日本からポルトガル人が追放された168年後

なんですね。「おんぶ」 が文字になったのが遅いとみなして、その初出を50年早めたとしても、

   ポルトガルと日本の縁が切れた118年後に、
   日本人が、ポルトガル語 ombro [ˈオンブロ] 「肩」 を
   借用して、なぜか、東日本でのみ 「おんぶ」 として借用された

というムチャクチャなことになってしまうんですね。

   …………………………

湯のみ 日本の昔の国学者は、ポルトガル語の ombro と日本語の 「おんぶ」 が似ている、ということで、

   「おんぶ」 はポルトガル語からの借用語

などと唱えることがありました。しかし、それは、

   日本語の用例を集めた辞書がなかった時代

の話であり、彼らは、時代的な考証をまったくおこなっていないんですね。というか、おこなえなかった。

湯のみ 江戸時代とか、明治時代の権威ある学者が、

   「お転婆」 の語源はオランダ語 「オッテンバール」

などと書いていたからといって、それに重要な意味があるわけではありません。

湯のみ 彼らからしても、100年前、200年前、500年前のコトバについて、その語源説を唱えているわけですから、2013年のワレワレから見ても、

   その時間的へだたりは五十歩百歩

なのでして、

   昔のヒトだから、その言っていることが正しい

などと考えてはいけないのです。

湯のみ こと、日本語の語源に関しては、昔の学者のいうことは、

   ほとんど 「無価値」 だと考えていい

でしょう。
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