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2013年05月13日21:23

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「ダ・ヴィンチ」 の名をラテン語では、どう呼んだのだろう。

  









湯のみ おとといの 「世界ふしぎ発見」 でありますヨ。

湯のみ レオナルド・ダ・ヴィンチが 「モナリザ」 を描いたのではないか、という説がある、フィレンツェの 「サンタ・マリア・ノヴェッラ教会」。その外壁に、ダ・ヴィンチの胸像が収められており、

   LEONARDUS DE VINCIO

という名が刻まれておりました。これが、チョイとした驚きだったのであるネ。

   …………………………

湯のみ Leonardo da Vinci 「レオナルド・ダ・ヴィンチ」 というのは、イタリア語の名前であります。言い換えると、

   イタリアにおける 「俗ラテン語形」

と言うことです。民衆の 「訛ってしまったラテン語」 の語形ですね。

湯のみ 近世に至るまで、イタリアで公的に用いられる言語は 「ラテン語」 でありました。公的な碑文などはラテン語で刻まれたんですネ。だから、

   Leonardus de Vincio
     [れオˈナルドゥス デー ˈヴィンチオー]

なんであります。

湯のみ ところが、これが驚きの語形なのだな。なぜ驚きなのかは、これから説明いたしますが、説明を読んでもワカラン、というムキには申し訳ごぜりませぬが、これ以上ヤサシク説明はできませぬ。

   …………………………

湯のみ Wikipedia には 「ラテン語版」 もございます。すべてがラテン語で記述されているんですナ。ダ・ヴィンチの項目では、ダ・ヴィンチの名をラテン語で次のように記述しております。

   Leonardus Vincius, sive Leonardus de Vinci, Leonardus Vinci

湯のみ すなわち、

   Leonardus Vincius [れオˈナルドゥス ˈヴィンチウス]
   もしくは、(sive)
   Leonardus de Vinci [れオˈナルドゥス デー ˈヴィンチー]
   Leonardus Vinci [れオˈナルドゥス ˈヴィンチー]

となっております。

湯のみ サンタ・マリア・ノヴェッラ教会の壁に刻まれていた

   Leonardus de Vincio [れオˈナルドゥス デー ˈヴィンチオー]

と異なるんですナ。

湯のみ どういうことだろう?

   …………………………

湯のみ それぞれの語形を Google で検索してみやしょう。

   Leonardus Vincius …… 2,950件
   Leonardus Vinci …… 1,440件
   Leonardus de Vinci …… 13件
   ――――――――――
   Leonardus de Vincio …… 3件

湯のみ ここで、ラテン語の講義をしておきませう。

湯のみ まず、ラテン語には、

   dē [デー] <前置詞/奪格支配> 「〜から」
   ab [アブ] <前置詞/奪格支配> 「〜から」

という似たような意味の前置詞がありましたが、これが合体したものがイタリア語の前置詞 da でありますよ。ラテン語の dē という出自を表す前置詞は、

   イタリア語では、格変化が失われたため、
   属格 「〜の」 の意味を表すために転用されたため、
   出自を表す前置詞として de + ab が生まれたもの

と思われます。

湯のみ ですから、イタリア語の da は、ラテン語では dē とすればよろしい。

湯のみ ここまではよろしうがすね。

   …………………………

湯のみ 次は、村の名前であります。

   Vinci [ˈヴィンチ]

湯のみ このイタリア語の地名は、

   vinco [ˈヴィンコ] 「柳の細い枝」

の複数形であります。なぜ、このような地名があるのか、というと、日本のカズラのように、編んでカゴなどを作る材料に用いられたのが理由であるようです。柳の細枝細工が有名な土地だったんでしょう。

湯のみ ところが、 Vinci というイタリア語の地名が、ラテン語でどう呼んだのかわからないのでありますよ。そもそも、イタリアでラテン語が用いられていた時代に、この村が存在したのかどうか、それさえも不明です。

湯のみ ところが、 vinco 「柳の細い枝」 という単語は、ラテン語の

   vinculum [ˈヴィンクるム] 「ひも、なわ」

にさかのぼることがわかっています。これは、

   vincio [ˈヴィンチオー] 「縛る、結ぶ」

という動詞の語根 √vinc- に指小辞 -culum が接尾したものであります。

   vinc- 「縛る、結ぶ」
    +
   -culum 指小辞 (小さいもの)
    ↓
   vinculum [ˈウィンクるム] 「ひも、なわ」
    ↓
   vinclum [ˈウィンクるム] u の脱落
    ↓
   *vinclo [ˈヴィンクろ] 古イタリア語
    ↓
   *vinchio [ˈヴィンキオ] l の [j] 化
    ↓
   vinco [ˈヴィンコ] 「柳の細い枝」 イタリア語形
    ↓
   vinci [ˈヴィンチ] 複数形

湯のみ つまり、ラテン語時代に 「ヴィンチ村」 が存在したかどうかも不明だし、存在したとしても、ラテン語でどう呼ばれていたかも不明ですが、

   ラテン語時代に 「ヴィンチ村」 が存在したら、
   何と呼ぶべきか、という推測はできる

わけです。

湯のみ それは、すなわち、

   Vinc(u)la [ˈウィンクら]

なんですね。ところが、ラテン語のこの単語には、「柳の細い枝」 という意味がない。俗ラテン語から、イタリア語を経て、この語義を獲得したからであります。

湯のみ それゆえ、

   Vinci という語が、ラテン語時代に存在したことにしてしまう

という苦肉の策が取られるわけです。

湯のみ ラテン語の複数主格形で -i となるのは、単数主格形が -us に終わる男性名詞であります。古典語の Vinc(u)lum は中性形ですが、イタリア語では、男性 -us と中性 -um が合流して、男性 -o となりましたのですネ。

湯のみ つまり、イタリア語形 Vinci をラテン語の単語と見なすと、

   単数主格形 Vincus [ˈウィンクス]
   複数主格形 Vincī [ˈウィンキー]

になります。語幹は Vinc- でありますから、そこから派生する形容詞形は、

   Vincius [ˈウィンキウス] 「ヴィンチ村の」

となりますナ。

   …………………………

湯のみ ここまでの理屈がわかれば、ラテン語版 Wikipedia が、レオナルド・ダ・ヴィンチを、いろいろな語構成で呼んでいた理由が判然といたします。

   Leonardus Vincius [れオˈナルドゥス ˈヴィンチウス]

湯のみ これは、Leonardus 「レオナルドゥス」 という男子名を、 Vincius 「ヴィンチ村の」 という形容詞の男性形で、後ろから修飾してるんですナ。

   Leonardus Vinci [れオˈナルドゥス ˈヴィンチ]

湯のみ これは、現代語のように、「個人名+出身地名」 という語構成で、主格を2つ並べておるだけです。

   Leonardus de Vinci [れオˈナルドゥス デー ˈヴィンチ]

湯のみ これは、イタリア語の地名 Vinci を不変化詞 (格変化しない単語) として、前置詞 de 「〜出身の」 のあとに置いたものでありますネ。

湯のみ もし、 Vinci をラテン語の複数主格形とみなすならば、

   Leonardus de Vincis [れオˈナルドゥス デー ˈヴィンチース]

とすることになります。 de という前置詞のあとに来る名詞は 「奪格形」 という格を取らねばならないからですネ。この語形を Google で検索してみましたが、ヒット数 0 でありました。

   …………………………

湯のみ で、クダンの

   Leonardus de Vincio [れオˈナルドゥス デー ˈヴィンチオー]

ですネ。

湯のみ これは、 de のあとにキチンと 「奪格形」 を持ってきている。そこが面白いんですね。ちょっと、「お!」 という感じです。 Wikipedia で奪格を用いていないのに、(年代は不明とは言え)、昔、彫られた胸像に、

   Leonardus de Vincio

と彫られていた、ということは、昔のイタリア人は、こういう語形がふさわしい、と考えていたことの現れであります。そこに深い意味を感じるワケですね。

湯のみ 奪格形が Vincio である、ということは、

   主格形は Vincius [ˈヴィンチウス]

であります。これは、先ほど申し上げた 「ヴィンチ村の」 という形容詞と同形です。これはおかしい。

   de のあとには名詞が来ているハズ

なのですね。

   …………………………

湯のみ ここで調べてみると、中世ラテン語では、ヴィンチ村を次のようにも呼んでいたらしいんですね。

   Castrum Vinci [ˈカストルム ˈヴィンチ] (A)
   Vincium Florentinum
      [ˈヴィンチウム フろーレンˈティーヌム] (B)

湯のみ (A) の castrum というのは 「城塞」 のこと。「ヴィンチ城塞」 の義。つまり、ヴィンチ村というのは城塞であったことがわかります。後置されている Vinci は主格形ですから、

   Castrum 主格  ※英語 castle の語源
   Vinci 主格

で、主格が2つ並記されていることになります。

湯のみ (B) の Florentinum は Florentinus の中性形で、「フローレンティア (フィレンツェ) の」 の義。先行する地名が Vincium という中性形だから、それを修飾する形容詞も中性形を取っておりますナ。これは、「フローレンティアのヴィンチウム」 という意味です。フィレンツェの近郊にある、ということを言っているんですね。他の地方にも、同じ地名があったのかもしれませんナ。

湯のみ ここで、 Vincium という語形の地名が出てきております。これはどうしたわけか、というと、おそらく、ここには出てきていない、

   *Castrum Vincium [ˈカストルム ˈヴィンチウム]

という語形が元にあった、と推測できます。つまり、

   ヴィンチという土地 Vincius の城塞 Castrum

だからですね。「城塞」 が中性名詞なので、それを修飾する形容詞も中性形を取る。

湯のみ で、この中性形の形容詞が、名詞として用いられると、

   Vincium 「ヴィンチウム」

という地名になるんですナ。要するに、「ヴィンチ城塞」 を意味する短縮形なのであります。 Castrum を省略している。

   …………………………

湯のみ で、話を最初に戻しましょうネ。

   de Vincio [デー ˈヴィンチオー]

という奪格形の元の語形 (主格形) は、

   Vincius 「ヴィンチウス」

だと申し上げましたが、実は、中性形

   Vincium [ˈヴィンチウム]

の奪格形も Vincio となるのであります。

湯のみ すなわち、

   Leonardus de Vincio

というのは、

   「ヴィンチ城塞の出身のレオナルド」

ということになるんであります。

   …………………………

湯のみ こんな重箱の隅に詰まっているカスのようなものは、現代人にとってはどうでもいいことでありますが、

   昔の人は、それなりの考えがあって、そうした

ワケでありまして、その理由を推測するのは、それは、それで、ナカナカのアドベンチャーなのであります。
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