Houston を 「ヒューストン」 と読むのは、実はムズカシイ。
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慣れてしまえば、最初のとまどいを忘れてしまうだろうが、
ou = ユー
というのは、思いっきり不規則な読み方なのであるヨ。
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テキサス州最大の都市 Houston の名は人名である。
19世紀、「テキサス共和国」 という国が10年間存在した。ほとんどの日本人は知らないと思う。そのテキサス共和国の一代きりの大統領の名を Samuel Houston 「サミュエル・ヒューストン」 と言った。
Houston はスコットランド出身者の姓である。米国の黒人がこの姓を名乗るのは、 Sam Houston にあやかって選んだものかもしれない。
Houston は英国、グラスゴー近郊の地名で、現在でも存在する。 Houston の姓を名乗るスコットランド人の先祖は、この地の出身者である。
この地名を分解するとこうなる。
Hugh 「ヒュー」 男子名
's 所有格語尾
town 村 ※現代語では 「町」。
ここには、現代英語の語形をあげた。
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もともと、この地は、12世紀の Hugo de Paduinan という貴族の領地であったらしい。
Hugo 「フーゴ」
というのは、ゲルマン語の男子名である。ただし、 de Paduinan とあるので、ラテン語表記である。 ゲルマン語に由来する男子名 Hugo の系統のラテン語表記は、 Hugo であった。つまり、フランス語や英語の名が Hugh, Hugues であろうと、ラテン語では Hugo となる。
ここで話がややこしくなるのだが、フランスを支配したフランク人もゲルマン人であり、やはり、 Hugo の名が使われていた。ところが、フランク人は、支配民族であったガリア人 (フランス人) の使うフランス語を使うようになってしまった。フランス語化したのである。
Hugo という名がフランス語化すると、
Hugues
[ˈyɡ] [ ˈ ユッグ ]
となる。 gue の ue は g を
[ʒ] ではなく
[ɡ] と読ませるために付いているものにすぎない。
また、末尾の -s は古期フランス語の主格の -s である。格変化の消失とともに、フランス語の名詞の主格の -s は消失したが、
使用頻度の高い男子名のいくつかでは、呼び名として固定化し、
一種の呼格として、さらにのちまで残存したため、
現代の綴りに残っている
のであるね。たとえば、
Jacques 「ジャック」
Jules 「ジュール」
Charles 「シャルル」
というぐあい。英語の Charles 「チャールズ」 は、古期フランス語の呼格音を残している。
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11世紀の 「ノルマン・コンクエスト」 とは、フランスのノルマンディーに定住し、フランス語化したヴァイキングの末裔によるイングランドの征服であった。
このノルマン人 (言語的にはフランス人) による征服こそが、今日見るように、
英語のボキャブラリーを複雑怪奇にせしめた
と言える。
フランスは、ゲルマン人であるフランク人に征服されたため、多くのゲルマン語を含んでおり、それがノルマン人によってイングランドにもたらされたので、
本来の英単語と同じ語源を持つフランス語の単語が
英語に借用されている
ということになる。
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この名前の2つの流れを見てみやう。
【 フランス 】
Hugo 「フーゴ」 フランク人の男子名
↓
a. Hue(s) 「ヒュ(ス)」 古期フランス語 (民衆形)
b. Hugues 「ヒュグス」 古期フランス語 (ラテン語に影響を受けた語形)
c. Hugo 「ヒュゴ」 古期フランス語 (ラテン語形そのまま)
↓
a. Hue 「ユ」 フランス姓に残る
b. Hugues 「ユグ」 現代フランス語形
c. Hugo 「ユゴ」 フランス姓に残る
【 英語 】
hyġe 「ヒュイェ」 “たましい” 古英語。ただし男子名には使用せず
↓
×
↓←← フランス語の Hue 「ヒュー」
↓
Hue, Hew 「ヒュー」 ※古仏形。あるいは、それの英語式綴り
Hugh 「ヒュー」 ※やはり英語に影響を与えたフランス北端の
ピカール方言の語形
↓
Hugh 「ヒュー」 現代英語形
と、だいたい、こんな図式になる。
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英国では、この他に、「フー」 という音があったらしい。すなわち、
北イングランドでは 「ヒュー」 Hue, Hew と言い、
南イングランドでは 「フー」 *Hou と言った
ようだ。「フー」 を Hou と綴るのは奇妙なようだが理由がある。
古英語では、長音の [u:] を u と書いた。現代、古英語を記述する際には ū とする。
hūs 「フース」 “家”
hū 「フー」 “どのようにして”
ūt 「ウート」 “外へ”
これらは、現在では、
house how out
と書かれる。これがなぜか、というと、イングランドを支配したノルマン人の書記は、
英語を、フランス語の正書法で記した
からだ。ご存知のとおり、フランス語では、
[u] = ou
である。フランス語で u と書くと [y] 「ユ」 になってしまう。
こうしたフランス語の影響により、中期英語以来、英語は [u:] を ou と綴ることになった。
そののち、「大母音推移」 という、英語の発音の大変化が起こり、
[u:] → [au]
と音が変わった。だから、
“家” hūs 「フース」 → house 「ハウス」
“外へ” ūt 「ウート」 → out 「アウト」
なのであるナ。
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だから、南イングランドの 「フー」 も Hou と書いたと推測される。この男子名は、現代の姓に残り、
Howe, How 「ハウ」
になっている。 Howe と -e を付けたのは、疑問詞 How と区別するためだろう。中期英語では、どちらも Hou である。
現代英語では、 Howe 「ハウ」 という名前は、 Howard 「ハワード」 の愛称、もしくは、それが独立した名前になったもの、とみなされる。しかし、 How(e) という名前は過去にも存在したのである。
のみならず、 Howard という名前じたい、その語源は Hugo + hard という構成なのだな。
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ここで、12世紀のスコットランドの Hugo de Paduinan に戻る。この名前はラテン語だと申し上げた。当時のスコットランド英語では Hue, Hew 「ヒュー」 のごとくだったろう。
だから、スコットランドの地名 「ヒューストン」 は Hewston だっていいはずだ。
というか、それでもよかったのである。すなわち、「ヒューストン」 という姓には、
a. Hughston
b. Hueston, Huston
c. Hewston
d. Houston, Howston
といった綴りのバリアントがある。
a は、現代英語の正書法に採用されている Hugh を踏襲しているもの。 b と c は、Hugh を英語式に綴ったものに由来する。
そして、 d は、「ヒュー」 に相当する南イングランドの 「フー」 に由来する綴りである。
つまり、
Houston というのは、本来、「ハウストン」 と読んでしかるべき
なのだが、なぜか、スコットランド出身者で、みずからの姓の綴りに Hugh, Hew, Hue の南部訛りである Hou を採用した人物がいた、ということになる。
なんで、そんなことが起こったのか、まったく、コトバの流れというのは気ままで、イイカゲンで、付き合いきれないのであるナ。
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