ええ、きのうの Expecto patronum で、偽史学博士がなつかしいコトバを書き残してくれまして、
「エロイム・エッサイム」
です。
『悪魔くん』 ですよ。アッシが、そうねえ、小学校に入る前でした。見てたなあ。ストーリーは、全然、覚えてないけど。
“魔法陣” と “エロイムエッサイム” というコトバ
は強烈に覚えてます。
当時はね、学校の校庭なんぞに “魔法陣” もどきを書いてみたり、とりわけ、ふざけて魔法を使うフリをするときに、
「エロイムエッサイム、エロイムエッサイム」
って唱えました。
アッシはちぃとも知らなかったんすが、こいつは、中世ラテン語らしい。
“Eloim, Essaim, frugativi, et appellavi”
18世紀の 「グリモワール」 grimoire (魔法使いの書)、
«La Poule noire» [ ら プる ノ ' ワール ] 『黒いめんどり』
※これはフランス語
に出てくるらしい。
日本では、“Eloim, Essaim, frugativi, et appelavi” としているものがほとんどですが、L を2つにする記述もあります。
eloim essaim frugativi et appelavi …… 187件/192件
eloim essaim frugativi et appellavi …… 3件/9件
※日本限定/ウェブ全体
また、“Eloim, Essaim,” に分離符を使っている表記も多く見られます。すなわち、
“Eloïm, Essaïm,”
どれが正しいのかは、原書を見なければわかりません。
もっとも、その原書というのが、どんなものなのか。というのも、この書は、740年にエジプトで出版されたことになっているらしいんですね。18世紀末、ナポレオン遠征軍がエジプトに上陸した際、フランス人将校が見つけて持ち帰った、ということになっているそうです。
もとは、ヒエログリフで書かれていたものを、アラブの学者
Mizzaboula-Jabamîa, Danhuzerus, Nehmahmiah, Judahim, Eliaeb
らがアラビア語に訳し、
A. J. S. D. R. L. G. F.
という人物によって、フランス語に訳された、というのですね。
もちろん、740年に 「フランス語という言語は存在していない」 のです。フランスで話されている、俗ラテン語の末裔の言語なら存在しました。
実際には、1740年に “ローマ” で印刷された、と考えられているそうです。フランスに登場したのは、18世紀の末らしい。ナポレオン遠征軍がエジプトに上陸したのが1798年ですから、話が合わなくなる。
『黒いめんどり』 という書じたいはフランス語で書かれていますが、くだんの呪文は怪しいラテン語です。全部で5つの単語で成り立っていますが、ラテン語辞典を引いて出てくるのは、
et [ エト ] “and”
appellō [ アッ ' ペッろー ] 「呼び掛ける、嘆願する」
のみです。
フランス語では、
apeler 古フランス語
appeler 現代フランス語
であり、L が2つであったことが一度もなく、これに影響されれば、フランスにおけるラテン語の L が1つになってしまう可能性はあります。
appellavi というのは、appello の完了形です。すなわち、
appellāvī [ アッペッ ' らーウィー ] 「わたしは呼び掛けた」
です。中世ラテン語の発音は、「アペ ' ラーヴィ」 でしょう。
frugativi というのも 「動詞の完了形」 ということがわかりますね。では、原形を復元してみましょう。
frugatiō [ フルゥ ' ガティオー ] 「?」
となります。これはやっかいですよ。こんな単語はどこにもない。おそらく、これは、俗ラテン語の
frucare, frugare [ フル ' カーレ、フル ' ガーレ ] 「(人・物を) 捜す」
という動詞でしょう。古くは、
*furicare [ フリ ' カーレ ] > *furcare [ フル ' カーレ ]
と推定されています。なぜなら、FRU- という音の配置を持つのが “イタリア語のみ” だからです。本来は、FUR- であり、イタリアでのみ U と R の転倒が起こったのでしょう。
ローマで印刷された、という推定と符合しますし、さらには、
書いたのがイタリア語を母語とするニンゲンかもしれない
という推理さえできます。
furgier [ フルジエ ] 古フランス語
furgà プロヴァンス語
hurgar スペイン語
forcar ポルトガル語
furegare ヴェネチア語
foregai サルディーニャ語
ただし、frugare 「フルガーレ」 の完了形は、
frugāvī [ フル ' ガーウィー / フル ' ガーヴィ ] 「わたしは捜した」
です。現代イタリア語では、“遠過去” frugai。
余計な ti は、tū [ トゥー ] “you” の対格 tē [ テー ] が入り込んだのだろうか。イタリア語では、動詞に前置しない場合の tē は ē が i に変じて ti となっています。
もっとも、動詞の語幹と変化語尾のあいだに代名詞を入れる語法なんて聞いたことがない。単なる誤りかもしれない。
eloim は、ヘブライ語で 「神」 を指すコトバです。『旧約聖書』 「創世記」 の3つ目の単語が、まさに、これです。
אֱלֹהִים [ ʔelo ' hi:m ] [ エろ ' ヒーム ] 「神」
これが eloim になってしまうのは、ラテン語→ロマンス諸語において、語中の h が発音されないからです。
essaim。こいつはお手上げです。ラテン語、ヘブライ語、アラビア語にそれらしい単語がない。あんがい、
essaim [ e ' sɛ̃ ] [ エ ' セん ] 「群れ、群衆」
というコトバがあります。
essain [ エ ' サイン ] 古フランス語
これは、ラテン語の exāmen [ エク ' サーメン ] の転訛。
exāmen 群れ、群衆、天秤の針、平衡、吟味、審査、「最後の審判」
といった意味があります。「最後の審判」 の義は、後期ラテン語から。ただし、現代フランス語では、
jugement [ ジュジュ ' マん ] 「審判」
となっております。
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