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2009年06月19日14:34

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「嬴羸蠃贏臝驘鸁」 について考える。

  



ペン きのうのですね、

   

という字ですね。このタイプの字は、日本ではほとんど使われていませんが、実は、この形式の文字はけっこうあるんです。

     女扁13画 総画数16
     羊扁13画 総画数19
     虫扁13画 総画数19
     貝扁13画 総画数20
     肉月17画 総画数21
     馬扁13画 総画数23
     鳥扁13画 総画数24
   ――――――――――――――
     三水16画 総画数19
     手扁16画 総画数19
     竹冠16画 総画数22
     竹冠20画 総画数26
     三水20画 総画数23

ペン どうですか? ここまで来ると壮観ですね。なぜ、こんな文字があるのか、というと、どうやら、

   luo [ るオ ] という音をあらわすに
   「音符」 に事欠いたから

らしいのです。

ペン 基本的なことを申し上げますと、中国語というのは、発音の同じ文字を 「音符」 として引っぱって来て、これに、「部首」 (限定符) という “どんな分野のコトバなのか” を示す記号を付けます。これが、いわゆる、「形声」 (けいせい) という造字法で、漢字の9割以上は、この方法でつくられます。
ペン ところが、音によっては、手頃な 「音符」 がないことがある。

ペン luo にどんな音符が使われているかというと、

    ── 銅鑼 (どら)
    ── 田螺 (たにし)、騾馬 (らば)
    ── 裸
    ── 洛 (→落)、絡、酪
   フォト ── 嬴、羸、蠃、贏、臝、驘、鸁

の5字です。では、この5字の音変化を見てみましょう。

   【 羅 】
   上古音 lai 1 [ らイ ]
   中古音 lɑ 1 [ ら ]
   近代音 luɔ 2 [ るオ ]
   現代音 luó [ るオ ]

   【 累 】
   上古音 lĭwəi 3 [ りワイ ]
   中古音 lĭwe 3 [ りウェ ]
       lĭwe 2 [ りウェ ]
   近代音 lui 4 [ るイ ]
   現代音 lèi [ れイ ]
       lĕi [ れイ ]

   【 果 】
   上古音 kuai 2 [ クアイ ]
   中古音 kuɑ 2 [ クア ]
   近代音 kuɔ 3 [ クオ ]
   現代音 guŏ [ クオ ]

   【 各 】
   上古音 kak 4 [ カク ]
   中古音 kɑk 4 [ カク ]
   近代音 kɑu 3 [ カウ ]
   現代音  [ クー ]

   【 蠃 】
   上古音 luai 2 [ るアイ ]
   中古音 luɑ 2 [ るア ]
   近代音 luɔ 3 [ るオ ]
   現代音 luŏ [ るオ ]

ペン これを、時代を軸に編成し直してみましょうか。

   【 上古音 】
   羅 lai 1 [ らイ ]
   累 lĭwəi 3 [ りワイ ]
   果 kuai 2 [ クアイ ]
   各 kak 4 [ カク ]
   蠃 luai 2 [ るアイ ]

   【 中古音 】
   羅 lɑ 1 [ ら ]
   累 lĭwe 3 [ りウェ ]
     lĭwe 2 [ りウェ ]
   果 kuɑ 2 [ クア ]
   各 kɑk 4 [ カク ]
   蠃 luɑ 2 [ るア ]

   【 近代音 】
   羅 luɔ 2 [ るオ ]
   累 lui 4 [ るイ ]
   果 kuɔ 3 [ クオ ]
   各 kɑu 3 [ カウ ]
   蠃 luɔ 3 [ るオ ]

   【 現代音 】
   羅 luó [ るオ ]
   累 lèi [ れイ ]
     lĕi [ れイ ]
   果 guŏ [ クオ ]
   各 gè [ クー ]
   蠃 luŏ [ るオ ]

ペン ここから何が読み取れるでしょうか。1つ重要なことは、

   「蠃」 と 「果」 は古代から、
   語頭の [ k ] ― [ l ] の違いを除いて同音だった

ということです。

ペン たとえば、「洛」、「絡」、「酪」、「落」 の音変化を見てみましょう。

   【 洛・絡・酪・落 】
   上古音 lak 4 [ らク ]
   中古音 lɑk 4 [ らク ]
   近代音 luɔ 4 [ るオ ]、lɑu 4 [ らウ ]
   現代音 luò [ るオ ] <文語的>、lào [ らオ ] <口語的>

ペン これらの文字が、なぜ、音符に 「各」 (上古 kak 4) を選ばざるをえなかったかがわかります。音符に使う lak 4 という音の手頃な文字がなかったからでしょう。

ペン では、「裸」 の音変化を見てみます。

   【 裸 】
   上古音 luai 2 [ るアイ ]
   中古音 luɑ 2 [ るア ]
   近代音 luɔ 3 [ るオ ]
   現代音 luŏ [ るオ ]

ペン これも理由はすぐにわかります。やはり適当な音符になる文字がなかったから 「果」 (上古 kuai 2) を借りたワケです。


ペン ここで、「蠃」 のタグイの文字に移ります。この文字のツクリとなっている
フォト」 は、独立した文字として伝わっていません。『説文解字』 によれば、

   フォト者、多肉之獸也
   「フォト」 というのは肉の多いケモノのことである。

とされています。すなわち、「肉」 を部首とした文字です。ならば、残りの部分はナンだろう?と考えても、これはまったくわからない。しかし、どうも 「音符」 ではないらしい。むしろ、「肉」 に何かをしているサマを描いた 「会意文字」 ではないか。


     
フォト




ペン というのも、

   

という文字の存在がそれを物語っているからです。他の文字が、

   部首 + 「フォト

だったのに、

   「臝」 のみ部首が 「にくづき」

だったのに気づいたでしょうか。なぜなら、

   他の字で 「部首」 が入る位置に、この文字だけ 「音符」 が入っている

からなのです。すなわち、「フォト」 は原字で、「臝」 は、それに “音符である 「果」 を加えたもの” であることがわかるのです。

ペン 実は、「蠃」 の系統の字は、「フォト」 が音符であるワケですが、その字は、音符を加えて 「臝」 とも書かれるワケで、言ってみれば 「果」 が音符であるのと同じなのです。だからこそ、上古音から現代音に至るまで 「裸」 と発音が同じなのですね。

ペン 「蠃」 の系統の文字がたくさんあるのは、上古で luai 2、中古で luɑ 2、近代で luɔ 3、現代で luŏ という音の文字をつくろうとすると、「裸」 のように kuai 2 の系統の文字に頼るか、さもなくば、「フォト」 luai 2 という文字に頼らざるをえなかったからでしょう。
ペン ことによると、「裸」 を音符にすることも考えられますが、そういう文字はつくられませんでした。
ペン 以下の文字は、日本語音では 「ラ」 と読むべき文字です。

   【 蠃 】 luŏ 「オオフタオビドロバチ」
   【 臝 】 luŏ 「虎、豹のたぐい」、「“裸” の意に借用」
   【 驘 】 luó “騾” の異体字
   【 鸁 】 luó “須〜” で 「カイツブリ」。“過〜” で 「ミソサザイ」。

ペン ところが、そんなことでスッパリ解決しないのが漢字の音というヤツで。

   【 羸 】 「痩せて、虚弱である」
   上古音 lĭwai 1 [ りワイ ] / luai 1 [ るアイ ]
   中古音 lĭwe 1 [ りウェ ] / luɑ 1 [ るア ]
   近代音 lui 2 [ るイ ] / luɔ 2 [ るオ ]
   現代音 léi [ れイ ] / luó [ るオ ]

ペン この文字なんぞ、上古音の時代から2種類の音が並行して存在し、それぞれ、音符は 「累」 と 「フォト」 にあたる文字でした。皮肉なことに、音符として 「フォト」 を選んだのに、現代標準語として使われるのは 「累」 の系統の音だったのです。だから、現代では 「羊+累」 としてもよい文字です。



ペン で、問題は下の7字です。7字とは言うものの、実は、
「贏」 の1字であり、あとは、その異体字、および、「贏」 を音符とする文字です。日本語の音読みでは 「エイ」 になります。

   【 嬴 】 yíng 「“贏” の異体字」、「“姓” の1つ」
   【 贏 】 yíng 「勝つ」、「満ちあふれる」、「金をたかる」
   ――――――――――――――
   【 瀛 】 yíng 「海」、「“姓” の1つ」
   【 攍 】 yíng 「担う、負う」
   【 籝 】 yíng 「“籯” の異体字」
   【 籯 】 yíng 「竹カゴ」、「竹で編んだ箸入れ」
   【 灜 】 yíng 「“瀛” の異体字」

   上古音 ʎĭeŋ 1 [ りエン ]
   中古音 jĭɛŋ 1 [ ィイエン ]
   近代音 iəŋ 2 [ イアン ]
   現代音 yíng [ イン ]

ペン 上古音では、語頭に “湿音のL” [ ʎ ] があったのがわかります。この “湿音のL” というのは、あらゆる言語で登場しては、消失して [ j ], [ i ] になります。たとえば、

   fille [ ' fij ] [ ' フィーユ ] 「娘」。フランス語

は、ラテン語の filia [ ' フィーりア ] に由来します。

   filia [ ' fi:lia ] [ ' フィーりア ]
    ↓
   [ ' fi:ʎə ] [ ' フィーりゃ ]
    ↓
   [ ' fi:jə ] [ ' フィーヤ ]
    ↓
   fille [ ' fi:j ] [ ' フィーユ ]

というぐあいです。

ペン ところで、この系統の音は、歴史をいくらさかのぼっても、「フォト」 という文字とクロスしないんですね。方言音を参照してみても、北京音とさほど変わらない。『説文解字』 なども、適当な説明でお茶を濁しています。そりゃそうでしょう。いくら算盤をはじいても金額が合わない。

ペン どうもですね、この yíng という音、「嬰」 の系統と似た音なのです。

   【 嬰 】
   上古音 ĭeŋ 1 [ イエン ] ── ʎĭeŋ 1 
   中古音 ĭɛŋ 1 [ イエン ] ── jĭɛŋ 1 
   近代音 iəŋ 1 [ イアン ] ── iəŋ 2 
   現代音 yīng [ イン ] ── yíng

ペン どうです。ここで両方の字形をよく眺めてみてください。

   嬰 ── 贏嬴

ペン どうですか。文字の構成要素が似ているでしょう。「貝貝女」 と 「月貝凡」、「月女凡」。古い時代は、「凡」 は 「丮」 のような字形ですから 「女」 や 「貝」 に見えないこともない。
ペン 実は、こう解釈すると、なぜ、
「贏」、「嬴」 の2字が異体字の関係なのかも判明します。すなわち、もともとは、「勝つ、利益」 という意味ですから 「貝扁」 なのは問題ないですが、これが 「女扁」 に変わっても “同じ字” だというのは理屈にあいません。
ペン つまり、本来は、「貝嬰」 という構成で 「勝つ、利益」 ʎĭeŋ という文字にすべきところを、構成要素が似ている 「フォト」 と組み合わせてしまったのではないか、と思うわけです。「あれ、女がないぞ?」 と思うと 「嬴」 になってしまう。

ペン まあ、それくらいしか解決法が思いつかないのでした……
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