木の風呂桶から母ちゃんがふらふらと出てきた
いくつもの節穴から冷たい風が吹き上げる板張りの上に裸で倒れこんだ
家で一つしかない薄暗いランプの光がびくともしない身体を浮かび上がらせた
私は周りでうろうろするだけだった
どのくらい経ったろうか
ウ ウ ウ ウォー ウォー
動物がうなる声
号泣に変わった
なんにもできねー こどもたちになんにも
母ちゃんは子供たちのことで頭がいっぱいなんだ
心臓発作だったと理解できたのは後日のことだった
死んでも不思議ではなかった
開拓では、友だちの親たちが何人もそうして亡くなっていった
初夏に自宅で末弟を生んでから3か月敷きっ放しの布団の上だった
高崎の乳児院に預けて
秋になり
動けるようになって間もなく
次第に畑の重労働を再開していった
昭和27年
私が小学校3年のある晩のできごとだった
万巻の書に勝る真実がそこにあった
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