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2020年04月21日06:07

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じっちゃんは敗戦後の農地解放を連想する

日本の封建制度は農地にも厳しく小作制度があった。水飲み百姓と蔑まれても彼らが日本を支えていた。食料、都会への労働力供給と。一度、飢饉が起きれば大根飯食べ娘の身売りまで実際にあった。江戸時代の新潟で良寛様は子供達と手毬をして遊ぶ。そのなかのまだ幼さを残した少女が苦界に売られていく。良寛様は、ただ手毬を持ち見送ることしかできない。昭和恐慌になり「おしん」のような生活は本当にあったのだ。テレビドラマといえ観ていて涙が出てしまった。
全国民が貧しい時代でも8%の法則は生きていた。華族、富裕層、地主階級がいたのだ。
岐阜で少年院院長まで務めた人が大地主の息子でいろんな話を聞いた。東京の大学に行き青年時代を何不自由なく過ごしたという。学生時代に人生設計をするに際し「小作から年貢米が入り金には困らない。優雅に本を読み研究者でいよう。」だ。敗戦後のGHQによる農地解放で丸裸にされ目論見は崩れたのだ。
日本が軍国主義に走ったのは農村の疲弊と見抜いていたからだ。その後、農地をただ同然に手にした水飲み百姓が土地持ちとして都市近郊で高収入者になっている。あんたの爺さんの昔を知っているだけ笑えてしまう。
因みに、農地解放のとき法務局登記所は百万件以上の分筆登記をした。もののない敗戦後どさくさに土地家屋調査士さんらが国家的使命から頑張った。歴史を知れば頭が下がる。
さて、コロナのため夜の街ネオンが消えた。名古屋は錦三(きんさん)が高級クラブ立ち並ぶ大人の社交場だ。4月11日から5月6日までの休業要請に応えて締めている。営業しても三密でコロナウィルスが伝染しやすく客は来ないだろう。現在、クラブのオーナーは大変困っている。ホステスの給与、固定費、特に家賃だ。もともとバカ高い。売り上げなく払えない。で、ビルの賃貸人に相談するもほとんどが拒否している。昔のような大家と店子は親子に関係なんぞありゃしない。それはドライだ。大金持ちのスポンサーを持ったママさんでない限り朝晩早かれ退去だろう。
ビルオーナーも今まで世話になったとの意識あれば柔軟に対応できるのだがその気はさらさらなし。
名古屋の古くからの地主は、繊維会社の跡地を貸しビルにしたケースが多い。
日本全国の地盤沈下で阿鼻叫喚の世界が目の前になって来た。




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(朝日新聞デジタル - 04月20日 20:06)
https://news.mixi.jp/view_news.pl?media_id=168&from=diary&id=6054426
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