仕事面であるとか、中間組織的なことであるとか、あれこれ話が来て落ち着かない。
昨日は元気になっていたけど、水曜日あたりは一日体が重く、だるかった。
睡眠が不足しているのかもしれない。
やりたいことも多々あってね。
読みたい本は山積みだし、模型も作りたい。
小学校からコロナ関係の対策について、お知らせがきた。それを受けて息子がお世話になっている学童の文章を作って他の役員さんと連絡を取り、全体に回す。俺、今年役員だからね。
週末は学童役員会の役員会だ。Lineでいっしょにやっている人と、早く終わらせるためには、どうしたらいいですかね、なんてやりとりする。ある程度、決め事の準備をしといた方がいいんだろうなぁ(やらないけど)。
日曜日に予定されているマンションの理事会の件で、管理会社からメールが入った。臨時理事会で議論する案件について、法律関係からは責任範囲はこうなっています、と話がくる。俺がお願いしていたことだ。当日、押し問答になるのはいやだから。
ご苦労様です、当日はお願いします、と返信を出す。
なんてことに頭の中のCPUのリソースがとられてしまうのか、せっかくの朝の自由時間にあまりやりたいことができない。
机の横の本棚に目をやり、先日読み終えたばかりの村上春樹『一人称単数』と目があう。
なんとなく、こういう気もそぞろな、というか落ち着かないとき、不思議なことに村上春樹が読みたくなるんだよね。ちょっと前は同じように「女のいない男たち」を手に取り、そのまま一冊再読したこともあったかな。
あの本の中の「木野」が、すごく好きなんだ。
物語として知っていても、また文章をたどりたくなる。そういう本があるのは、幸せだ。
今回は「女のいない男たち」ではない方。本棚から「一人称単数」を取り出し、表題作の「一人称単数」をぱらりらと読み始める。
読んでからたぶん1、2ヶ月くらいしかたっていない。内容は覚えている。
でも読んでいて、
「そういう日がたまに巡ってくる。自由な時間があり、何か好きなことをしようと思っても、何をすればいいか思いつけない。やりたいことは数多くあったはずなのに……。」
という文章に目が留まる。クスっと笑う。
日、というほどまとまった時間ではないけど、今の瞬間にぴったりの気分だ。
仕事中はあの本読みたい、さぁパニガーレを作りはじめようか、朝、起きたらとりあえずエンジンからか、なんて思ってたはずなのに、いざその時間になると、手が動かない。
こういう気分に言葉で形を与えてもらって、なんだかすっきりした。
村上春樹の本を読む効用かもしれないな。
内田樹氏は離婚した直後の一年間だったかは、本来活字中毒のはずなのに、村上春樹とレイモンド・チャンドラーしか読めなかった、というようなことを書いていたっけ。
癒しというと、また決まり文句みたいだけど、浮足立った気分を落ち着かせてくれるような、ふわふわと名前がつかない気分まで深く潜り込んで、やさしく形にしてくれるような、なんというか、つまりほっとするんだよね。
昨日は妻の誕生日。
家族で軽く祝って、めずらしく四人で記念写真を撮った。ふざけたポーズでね。
そういうのも、また楽しい。
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