mixiユーザー(id:7850057)

2020年05月25日21:46

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妙に心にのこるうた

つらつらとサイトをあれこれ眺めていて、ふと出会った短歌、かな。

  つひに行く道とはかねて聞きしかど昨日今日とは思はざりしを

 古今和歌集もしくは伊勢物語に収録されている、在原業平の歌だそうな。

 最初は歌とは気づかなくてさ。

 つひに行く道  とはかねて聞き・・・なんだこりゃ?

と眉間にしわをよせたくらいだ。

 あぁ、短歌なのか、と五七五で区切って読むと、最初の印象より言葉が響く。その意味も妙にしんみりと感じられた。

 気持ちをウェットにしたいとか、つらいことがあったというわけではない。

 ただ一瞬にして、そういうことに気持ちを引きずり込む言葉ってあるものなんだな、と感心した。

 いや引きずり込まれたといったって、別に急に死にたくなったとか、そういう次元の話ではなくてさ。

 無常を感じさせるというか、なにか命の奥行きというか、限られているからこそ、今を大切にしなくちゃいけないんだなぁ、なんてストンとそういう気持ちに落とされる・・・いや、落ちるなんて雰囲気の言葉を使うのがいけないのかな。

 急に背筋をのばして、空を見上げたくなるような、そんな気分になったんだよね。

 似たような感覚を持たせてくれた歌。西行の、

  なにごとの おはしますかは しらねども かたじけなさに なみだこぼるる

 を思い出した。

 西行は平家物語の時代だっけ。

 呉座勇一氏か本郷和人氏だったか、ここ数年で読んだ日本史の学者さんの本でゆっていた。今に通じる日本人の感覚ができたのは、応仁の乱以降になる、と。

 それ以前の時代となると、楽しく酒を呑んでいた次の瞬間、刀を抜いてコロンと首を落としているなんてことがざらにある、なんて話じゃなかったかな。わぁ、こわい。

 しかし西行も在原業平も、応仁の乱よりもずっと以前の人だったはずだ。

 多くを語らずとも、五七五のうたで、ストンと気持ちをつかむコミュニケーションが、とれるものなんだねぇ。

 もちろん、すべてではないだろうけどさ。

 
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コメント

  • mixiユーザー

    mixiユーザー2020年05月27日 07:46
    短歌は好きで、たまに鑑賞するのですが、改めて、日本の短詩型文学の
    奥深さを感じます。引用された業平の辞世の歌も、なにかの折に目に
    したことがあります。短歌の形式を借りると、あの文化には無縁とも
    思われた豊臣秀吉でさえ、以下のような辞世の歌を残しました。

    ・露と落ち 露と消えにし我が身かな 浪速のことは 夢のまた夢
  • mixiユーザー

    mixiユーザー2020年05月28日 05:59
    ヤマヤマさん

     夢のまた夢は、作品タイトルになったり、いろいろなところに残っていますね。

     短歌は読んでいませんでしたが、古今和歌集とか、今に残るものを読んでみるのもいいかもしれない、と思いました。

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