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2020年06月06日16:12

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『グリゴリー・ソコロフ ーベートーヴェン・ブラームス・モーツァルトー 』

【収録曲】

CD1
 ベートーヴェン
1 ピアノ・ソナタ 第3番 ハ長調 Op.2−3
2 バガテル Op.119

CD2
 ブラームス
3 6つの小品 Op.118
4 4つの小品 Op.119
 アンコール
5 シューベルト:即興曲集から 変イ長調 D935-2(Op.142-2)
6 ラモー:新クラヴサン組曲から「未開人」
7 ブラームス:3つの間奏曲Op.117から第2番
8 ラモー:クラヴサン曲集から「鳥のさえずり」
9 ラフマニノフ:13の前奏曲集から第12曲 嬰ト短調
10 シューベルト:アレグレット D.915
11 ドビュッシー:前奏曲集第1巻から「雪の上の足あと」

DVD
 モーツァルト
12 ピアノ・ソナタ第15番ハ長調K545
13 幻想曲ハ短調K475&ピアノ・ソナタ第14番ハ短調K457
 ベートーヴェン
14 ピアノ・ソナタ第27番ホ短調Op.90
15 ピアノ・ソナタ第32番ハ短調Op.111
 アンコール
16 シューベルト:楽興の時から第1曲ハ長調
17 ショパン:2つの夜想曲
18 ラモー:コンセール用クラヴサン曲集から「おしゃべり」
19 シューマン:アラベスクOp.18
20 ドビュッシー:前奏曲集第2巻から「エジプトの壺」

グリゴリー・ソコロフ(ピアノ)

録音
2019年6月20日,the Mozart Hall,サラゴサ,スペイン(1,8,9)
2019年6月14日,Histrische Stadthalle,ヴッパータール,ドイツ(2,11)
2019年8月8日,Church of San Bernardo, ラッビ,イタリア(3,4,5,6,7,10)
2017年5月31日,Auditorium Giovanni Agnelli del Lingotto, トリノ,イタリア(DVD)

DG 4836570(2CDs&DVD,Live)


約3年ぶりにソコロフの新譜が出た。5月の初めにリリースされたアルバムは2枚のCDとDVD1点という組み合わせ。「録音」の項に記したとおり,2019年と2017年に行った4回のリサイタルが3枚のディスクの素材だ。ライナーノートによると,ソコロフは今でも年に70から80回のリサイタルをこなしているという。彼はセッション・レコーディングを嫌っていて,演奏会場で響いた音を一切の加工を施すことなく愛好者に届けたいと考えているとのことだ。ただし,今回のアルバムのように「いいとこ取り」でできたアルバムは初めてなのではないだろうか。

いうまでもなく,ソコロフは16歳のとき,1966年のチャイコフスキー国際コンクールで優勝したロシアのピアニスト。その後,旧ソ連時代は国外での演奏活動は少なく,我国には一度来ただけで,歴とした幻のピアニストである。飛行機が嫌いだという。まず,彼の演奏を国内で聴く機会には恵まれないだろう。それだけに,ソコロフの近況を伝えるCDは貴重だ。

まずはDVDから紹介する。ソコロフの演奏スタイルやリサイタルを行うパターンが端的に表れているからだ。相も変わらず,リサイタルで取り上げる曲目はユニークだ。この日はモーツァルトの有名なソナタ第15番(K545)を弾き,ほとんど休止を入れずに幻想曲ハ短調(K475)とソナタ第14番(K457)をまるで1曲の作品であるかのように演奏する。リサイタルの後半はベートーヴェン。まず,ソナタ第27番を弾き,間髪を入れずにソナタ第32番の演奏を始める。まるでリサイタルで第32番のソナタを取り上げることを隠蔽しようとするかのよう。そして,いつものようにアンコールを曲を弾く。そこではフランスの作品が大きなウエイトを占める。ラモーの「おしゃべり」,ドビュッシーの「エジプトの壺」,さらにショパンのノクターンから2曲。世界中を探し回っても,モーツァルトのソナタ2曲とベートーヴェンのソナタ2曲,そしてアンコールでフランスの音楽を中心に6曲の演奏を披露するピアニストはそれほど多くはないだろう。

このDVDを観ていて,ソコロフはこれらの作品を厳格に再現しようとしたり,威厳や芸術性を誇示したりすることにはあまり関心を示していないように見える。それよりも,ピアノを弾くことが楽しい,これらの作品を演奏することが面白い。だから,会場に詰めかけた人たちにも,その面白さをお裾分けしたい,といった気持ちで弾いているような印象を受けた。

もちろん,ロシア・ピアニズムの伝統を引き継ぐ音楽家であることは一目瞭然。リヒテル,ホロヴィッツやギレリスと同じ系譜に属するピアニストである。力強く明瞭なタッチから生み出される深く澄んだ響きはロシアのピアニストならでは。しかし,このディスクでソコロフの演奏を観ていると,彼がモーツァルトやベートーヴェン,フランスやドイツの作曲家が書いた音楽を心の底から楽しんで弾いている,それらを弾くことが楽しくてしようながないといった様子が自然に伝わってくる。ソコロフがトリノで,あるいはヨーロッパの各地でリサイタルを開くのは,ピアノを弾くことの楽しさを多くの人に伝えたいがためなのではなかろうかと考えてしまう。観ている方でも音楽を演奏することがたとえようもなく楽しいことで,聴く人たちをも幸せにする力を秘めているという考えに自然に感化される。音楽を聴く原点に立ち返らせてくれる映像である。

たとえば,DVDの最初,モーツァルトのだれでも知っているハ長調のピアノ・ソナタ第15番の演奏にはこのことが端的に表れている。ロシアのピアニストらしく,モーツァルトのソナタの音の輪郭は明瞭極まりない。さらに,響きは深く力強い。いや,深く力強い響きだからこそ音の輪郭がクリアーなんだろう。それでいて,正確無比に動く指や説得力に富むテンポから生まれるソナタを聴くのが限りなく面白く楽しい。モーツァルトの耳にタコができるくらい聴いたソナタだったとしても。これも自由自在に弾きこなすだけのテクニックの成せる技なのではなかろうか。

それから,第27番のソナタの音が鳴り止まないうちに開始される第32番のソナタの意表を突いた演奏も,ソコロフの心中では自然な成り行きなのかもしれない。ベートーヴェンが書いた最後のピアノ・ソナタは特別な作品というわけではなく,もちろん大傑作であるとの演奏者の思いは伝わってくるが,神棚に奉ような作品というよりベートーヴェンという大作曲家が書いた人間的で傑出した音楽といった捉え方なのではなかろうか。だからこそ,前座となるような他のソナタから続けて弾くことも許される,むしろその方が作品111の傑作たる所以を明らかにする方法でもある,とソコロフは考えているのかも知れない。

DVDの最後で,リサイタルが終わった後で,サイン会の場面が流れた。演奏家のサインには基本的に興味はないが,ソコロフのサインなら欲しいなと思った。

CD1とCD2も,素材こそ3回のリサイタルから調達しているものの,コンセプトはDVDと同一。リサイタルのメインは,ユニークではあるが一度は聴いてみたい取り合わせのプログラム。そして,アンコールはフランスとドイツの作品を織り交ぜている。このディスクではラフマニノフの前奏曲も入っているけれど。これらの作品を弾くことが楽しくて仕様がないといった面は,若干背後に退いているような気もする。2017年のDVDから3年が経過したことで生じた変化なのか,記録媒体がDVDからCDへ変わり,視覚的な要素が欠けているために伝わってこなくなったためなのか,その理由は定かでないが。とはいえ,ピアノを弾くことが楽しいという潮流は2枚のCDにもしっかりと流れていることは間違いない。ロシア・ピアニズムに裏打ちされた正確さや深み・力強さといった魅力以外に,ソコロフが音楽を演奏する楽しさや面白さでもって聴衆を惹きつける音楽家である一面が明瞭になったように思う。

CD1では初期のピアノ・ソナタ第3番と11曲のバガテルを組み合わせ,CD2ではブラームスのピアノのための小品,作品118と119を並べ,アンコールの7曲が続く。最初期のソナタ第3番と晩年のバガテル作品119の極端なコントラストの取り合わせはいかにもソコロフらしい。昨年のリサイタルでこのようなプログラムが組まれたか否かは詳ではないが,このようなリサイタルには是非とも聴いてみたいものだ。あと,ブラームスのピアノのための小品Op.118の6曲とOp.119の4曲を続けて全曲弾くというリサイタルもそう多くはないだろう。リサイタルのメインで取り上げられるとしても,せいぜい1曲か2曲という扱いになるのが普通なのではなかろうか。聴きたいという気持ちを唆るプログラムだ。以前は計画的に,つまり直前の演奏会のプログラムとは関係なく,作品を聴いていたが,近頃はコンサートなどの予習しかしなくなってしまった。なので,名前は知っていても,あまりピアノ・リサイタルで取り上げられる機会の乏しい作品を聴けるのは嬉しい限りだ。アンコールでは,ラモーの作品が2曲取り上げられている。ラモーの作品を聴いたのはソコロフのCDが初めてで,ピアニストにとって大事な作品でることがわかる。シューベルトの楽興の時やアレグレット,ブラームスの間奏曲も馴染みが薄い。ラフマニノフの前奏曲はおそらく聴いたことはないだろう。ドビュッシーの前奏曲集第2巻から「エジプトの壺」で締め括る趣向は心憎い。

ホールへ行けなくなって,もう半年が経とうとしている。その期間にCDを集中的に聴くという過ごし方もあるので,コンサートやリサイタルが開かれない時期も悪い点ばかりではないのかも知れない。でも,ホールへ行って生の演奏に耳を傾けたい気持ちは募るというのが,正直なところだ。
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