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2017年08月12日18:36

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反田 恭平 ピアノ・リサイタル

【プログラム】
1 武満徹: 遮られない休息
2 シューベルト: 4つの即興曲 D.899
   ***** 休 憩 *****
3 ラヴェル: 亡き王女のためのパヴァーヌ
4 リスト: ピアノ・ソナタロ短調S.178

(アンコール)
 ショパン: ”12の練習曲op.10”より第1番
 ドビュッシー:”ベルガマスク組曲”より第3番「月の光」
 シューマン(リスト編): 献呈

反田 恭平(ピアノ)

2017年8月3日(木),19:00開演,札幌コンサートホール


詐欺の被害に遭ってしまった。もちろん,オレオレ詐欺にひかかったわけではない。ある程度は期待して出かけた,このリサイタルがあまりにもつまらなかったからだ。つまらないのを通り越して腹が立つ。しまいには,このリサイタルのチケットを買ってしまった自分を呪う始末だ。

騙された一番の理由は,リサイタルのプログラム。武満の「遮られない休息」,シューベルトの「即興曲」,ラヴェルの「亡き王女のためのパヴァーヌ」,リストの「ピアノ・ソナタ」と続くと,実力派ピアニストにふさわしいリサイタルという体裁が整う。無名だが力のある新進ピアニストと勘違いしてしまった。詐欺の世界も日進月歩,イノベーションに次ぐイノベーションだということは承知していたが,まさか音楽の世界にまで新手の詐欺が進出しているとは,想像だにしなかった。素朴過ぎたし,無防備だった。

場違いな演奏会に来てしまったのではないかと気付いたのは,演奏会場に一歩足を踏み入れた瞬間。女性の割合が異様に多い。小学生の女の子からおばあちゃんまで,年齢に関係ない。ごく一部の例外を除けば,演奏会の聴衆に占める女性の比率が高いのは常だが,この日は9割近く,もしかすると95%くらいは女性だったかもしれない。これまでの経験から,女性の割合が高いコンサートとは相性が悪いことはわかっていたので,失敗をしでかしてしまったのではないかと危惧したのだ。さらに,当日券売り場は閉まっていて,どうやらチケットは完売しているらしい。アルゲリッチやツィメルマン,マリア=ジョアン・ピリス,内田光子など錚々たるピアニストがリサイタルを開いても,この2,000人のホールを満杯にできないことを考えると,何か異常事態が起こっている可能性が決して小さくないことは覚悟した。

武満の「遮られない休息」は初めて聴く作品だったので,不満は感じなかった。しかし,シューベルトの「即興曲」は,気の抜けたビール,気の抜けたコカ・コーラ,気の抜けた三ツ矢サイダー,気の抜けたわさびのようだ。テンポは遅めで,緊張感が微塵も感じられない腑抜けたようなピアノ演奏である。遅いテンポ設定と緊張感の維持は二律背反であり,よほど自信がない限り,若手はテンポを速めにして緊張感を生み出すのが一般的だと思うのだが,反田恭平は音楽の持つ緊張感は度外視して,意図的にゆっくり過ぎるテンポを選んでいるようにみえる。そこに演奏者のどのような意図が込められているのか詳らかではないが,結果はマイナス面が圧倒的に多い。弛緩し切った腑抜のような演奏であり,奥行きのない薄っぺらな音楽,かつ,ダイナミズムが希薄な弱々しいピアノである。「亡き王女のためのパヴァーヌ」でもクリスタルの結晶のような輝きはなく,リストの「ピアノ・ソナタ」の万華鏡のような多彩さも表現できない。そもそも,なぜこうした曲目を選んだのか,その狙いをピアノの演奏で示すことを放棄したとしか解釈のしようがない摩訶不思議なリサイタルだった。

このピアニストは1994年生まれで,2012年の日本音楽コンクールで第1位を獲得し,2014年にチャイコフスキー記念国立モスクワ音楽院に首席で入学する。昨年12月にはマリインスキー歌劇場管弦楽団と共演し,同劇場でリサイタルも開催している。国内では絶大な人気を誇り,昨年1月のデビュー・リサイタルではサントリーホールが満席になった。こうした爆発的な人気は,「題名のない音楽会」や「情熱大陸」などメディアで大きく取り上げられたことが決定的だったのだろう。こうした事情を考えに入れると,このホールでのリサイタルが満員の大盛況になったこともわかる。

うまく時流に乗った面はあるにせよ,何よりも演奏家の新星を待望する安易な風潮が作り上げたヒーローなのだろう。その背景には,雨後の筍のように各地で建てられた音楽専用ホールを満員にできるタレントを作り上げたいという事情があるのだろう。反田恭平という名前もある種のイメージを喚起するし,ピアニストの力量や持ち味とは関連が薄いプログラムはまさに確信犯でプログラム偽装詐欺だ。

とはいえ,この詐欺を見破るヒントもあった。全席指定で,どの席も3,000円という破格の安さは,普通このホールのまともなリサイタルではありえない。また,このリサイタルも含め,7月から8月にかけて全国各地13カ所のホールを会場に全国縦断ツアーを実施するというのも,このピアニストの経歴からすると胡散臭い。チラシを熟読のうえ熟慮すれば詐欺的なリサイタルに等しいことは喝破できたはずだ。ほんとうに迂闊だった。
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