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2021年10月21日05:03

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盛泉寺(じょうせんじ)

守口御坊盛泉寺と称するこの寺は、真宗大谷派 宗祖は親鸞聖人 本尊阿弥陀如来で 慶長11年教如上人の創建。
同16年東本願寺別院となり、近くにあり「西御坊と言われる灘宗寺に対し、
「東の御堂さん」「東御堂さん」と呼ばれている。
いずれも元和元年(1615)の兵火により焼失した後、幾度も風水害を受けてきたが、
天保6年(1835)に再建されて現在に至っている。

 慶応3年の徳川幕府の大政奉還に伴い参与大久保利通は、
人心を一新するため大坂遷都の急務を進言する。
 副総裁岩倉具視は、公卿が異議を唱えることは必然と考え、
表向きは大阪親征の行事として密かに遷都の意思を持った行幸なので、
三種の神器の天照大神の御霊代八咫(やた)鏡(のかがみ)を連なって
慶応4年3月22日(9月に明治と改元)明治天皇の大阪行幸されたおり、
当坊本堂前に賢所(八咫鏡の保管場所)を奉安された由緒がある。
 但し、4月11日江戸無血開城が実現し、大阪遷都はまぼろしと化し、
一転して江戸遷都となった。
 ところで寺内の樹林は守口市が保存樹林として指定している。

参考文献  守口市観光案内
        インターネット検索

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