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2020年05月13日23:07

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古典の磁場の中で:その22 2人の有名指揮者:後半

 職人としてのショルティが新旧録音で見せた違いは時代が好むスタイルが旧盤の時点における新古典主義的なものから新盤では後期ロマン派的なものに移行したことが原因ですが、彼の職人としての姿勢には31年の歳月にもかかわらずなんら違いがなく、作品に深入りしない姿勢の貫徹こそがむしろ目立ちます。それに対し旧録音の14年後に新録音を世に問うたマリナーの場合は、旧録音当時に流行した解釈への違和感めいたものが演奏に表れているように思うのです。まず新旧両盤のデータを再掲します。

マリナー/アカデミー室内O(1979年)
12:47/04:28/11:36/10:06
計38:57 序奏3:45(29.3%)
(32.8%・11.5%・29.8%・25.9%)

マリナー/アカデミー室内O(1993年)
15:21/04:09/10:31/09:35
(38.8%・10.5%・26.5%・24.2%)
計39:36(反復あり)
12:31/04:09/10:31/09:35
計36:46(反復除外)序奏3:34(28.5%)
(34.0%・11.3%・28.6%・26.1%)

 ここからわかることは、新録音が旧録音に比べて全ての楽章でテンポが速められていることと、新録音では第1楽章の提示部の反復がなされるようになったことです。その意味ではこれは80年代に出現した楽譜の見直しの最初の成果を新録音で取り入れたことから生じた変化だと一応みなしてよさそうです。
 けれどマリナーの新旧両盤が興味深いのは、彼がこの曲に示す解釈が特に旧録音においてとても解りやすいというか、この曲を彼がどう考えているかが掴みやすいものであるため、新しい研究成果を取り入れなければならなくなったことによって曲に対する接し方を彼がどう変えなければならなくなったかが見えやすい点にこそあります。それは後期ロマン派的な趣味性があらゆる曲に施されることが遂に限界に達してしまった70年代にも、そしてそのことへの批判や反動により学究的な姿勢が表舞台でも脚光を浴びるようになったそれ以後の時代にも、マリナーが己の解釈に自覚的であり続けたからこそ可視化されたものだと思うのです。だからここではまず旧録音がどんなものだったかを見ていかなくてはなりません。
 旧録音の最大の特徴は第3楽章がカラヤンに迫る11分台半ば過ぎという遅さがまず目に留まるにもかかわらず、実は第1楽章の速さこそが最大の特徴です。提示部を反復せず12分台という時間は70年代の演奏としては破格の速さで、それはこの時代に遅い奇数楽章と速い偶数楽章という隣接する楽章ごとに強いコントラストをつける解釈が多かれ少なかれ一般化していたからこそ意表を突くものでもあるのです。しかもこの楽章内では遅めの序奏と群を抜いて速い主部のコントラストはきっちりついていますから、これなら第2楽章はさぞ速いテンポになるだろうと思わせられるわけですが、意外にも第2楽章はゆとりを持たせたテンポなのでここでまず意表を突かれ、問題の遅い第3楽章では確かに遅くはあるものの、それがことさら強調されるよりはその印象をむしろ弱めることになっています。では終楽章はというとこれもむしろ遅めのテンポが採られていて、しかも冒頭楽章とは異なりこのフィナーレでは主部とコーダでもコントラストよりも基本のテンポの保持にこそ注意が払われていて、移行句のところで少し遅くなることが僅かなアクセントになっているだけなのです。
 結果的にこの演奏の全体像は速いテンポとコントラストの強さを特徴とする第1楽章を起点としていながらも以後は第3楽章に向けて段階的にテンポが落とされてゆき、フィナーレでも対比を強調するよりは第3楽章の余韻の中に留まるような曲として演奏されているわけで、当時の流儀からは相当かけ離れた解釈であることは間違いありません。これはもうマリナー自身が、この曲はそんなにコントラストを重視して書かれたものなのかという疑問なり問題意識なりを持っていないと出てこない解釈だとしか考えようがないのです。
 通常コントラストを重視した曲の場合、演奏家による解釈の幅が狭くなる傾向があることを考え合わせると「スコットランド」のように作曲家が連続性をも意識した曲では、演奏家側に両者のいずれにどうウェイトを置くかという判断を求めることになり、それだけ解釈の幅が広がるようにも思えます。マリナーの旧盤は基本テンポの設定が遅すぎる70年代の末期的ロマン派演奏様式の問題点、すなわち速さを感じさせるには速い部分をうんと速くしなければならず、連続性と両立しづらくなることを解決しようとした結果こういうものになったと感じさせるのです。
 新盤は第1楽章の演奏時間の短縮が序奏で稼がれていることに端的に表れているように部分ごとのコントラストは弱められているのですが、基本テンポがより速めに設定されたため変化の幅が小さくても緩急の変化はむしろ大きく感じられるようになっていて、連続性とコントラストがより無理のない形で両立していると納得させる演奏になっています。マリナーの2つの録音は当時の遅すぎる演奏スタイルがこの曲に強いていた無理の正体とそれを解決する方法を可視化していたのだと痛感する次第です。


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