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2018年09月24日03:11

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古典の磁場の中で:その18 世紀の変わり目の交代劇

 今回は90年代後半に収録された3つの演奏についてですが、ちょうどこの時期はベートーヴェンの交響曲においてはいわゆるベーレンライター新版と呼ばれる音楽学者デル=マーの校訂譜が刊行されはじめ、その成果を取り入れた録音が続々と現れ始めたのに対し、メンデルスゾーンの場合はナチス時代を経た悪影響で研究が遅れ、20世紀のうちはまだ演奏スタイルに影響を及ぼす段階には至っていませんでした。だからこれらの演奏も広上盤やフロール盤ともども、20世紀における演奏スタイルの範囲内におけるバリエーションという位置づけが妥当とは思われますが、今となってはそんな3人の演奏の中にそれぞれ異なる形ながらも新たなスタイルの予告めいたものが兆し初めていたことに今さらながらも気づかされるのです。

アシュケナージ/ベルリン・ドイツSO(1996年)
16:14/04:12/08:51/09:17
計38:34(反復あり)
(42.1%・10.9%・22.9%・24.1%)
13:17/04:12/08:51/09:17
計35:37(反復除外)序奏3:34(26.9%)
(37.3%・11.8%・24.8%・26.1%)

 器楽奏者出身の指揮者の場合、弦楽器奏者出身の人は歌い回し重視、ピアニスト出身の場合は構成感重視の傾向を感じることが多いのですが、アシュケナージのこの全集はその典型ともいえる端正かつ律儀な演奏です。解釈の面でも第3楽章を速いテンポで粘らせずに歌うため、カラヤンやバーンスタインのようにここを粘らせてロマン風な味わいを強調する流儀とは一線を画しています。そして彼らに比べるまでもなくテンポの動きも非常に控えめで、それが楷書の演奏という印象を感じさせずにはおきません。フロールに比べてさえ抑制的で、人によっては生硬とさえ感じる向きもあるのではと思うほどです。
 けれどそれから20年余りがたち、今世紀に入ってからの演奏スタイルがかつての後期ロマン派的な要素を一掃したより硬質なものになったことを思えば、アシュケナージのこの解釈は新たな時代の予兆というか、その到来の予告だったのかもしれないとも感じるのです。


マーク/マドリード響(1997年)
14:07/04:32/10:17/10:45
計39:41 序奏3:41(26.1%)
(35.6%・11.4%・25.9%・27.1%)

 第3楽章だけが以前よりテンポが速くなった一方で他の3つの楽章がより遅くなったマークのこの演奏は、楽章の比率で見ればアシュケナージと堤のちょうど中間型になっていますが、基本のテンポが断然遅いので70〜80年代の後期ロマン派的な要素が表に出ていた解釈の最後のものというべき演奏になっています。緩除楽章が粘らなくなったところに新たな時代の影響を感じさせつつも、この曲全体を悲愁を主調とするものと捉えた解釈を彼は最後まで貫き、一つの時代の幕を引いて去った。それがある種の静けさに満ちたものになったところに美しく老いることのできた人の佇まいを想わせずにおかぬものがあり、ついに老いの入口に立つに至った僕としては羨望とも憧れともつかぬ思いを抱かずにいられないのです。あるいはこれは若くして死なねばならなかったメンデルスゾーンが遂にたどり着けなかった境地だったのではとは思いつつも……。


堤俊作/ロイヤルチェンバーO(1999年)
14:33/04:21/09:46/09:59
計38:39(反復あり)
(37.6%・11.3%・25.3%・25.8%)
11:37/04:21/09:46/09:59
計35:43(反復除外)序奏2:47(24.0%)
(32.5%・12.2%・27.3%・28.0%)

 楽章の比率では第3楽章にかかるウェイトが今回の3種で最も大きく形の上では最もロマン派的スタイルに近く見えるものの、実際に耳にした印象はそこから最も遠いという一見不思議な演奏です。その秘密は20世紀にすっかりメンデルスゾーンの音楽に染みついた優美なイメージを覆すような率直かつダイナミックな音楽作りによるもので、かつての楽章ごとのテンポの違いを強調するペース配分はそれを遅い楽章を粘らせる方向ではなく、速い楽章の正面から切り込むような攻めの姿勢を強調する方向に作用しているのです。マークの演奏が彼自身の、ひいては20世紀に一般的だったこの曲の詠嘆の詩としての解釈の一つの帰結だったとすれば、アシュケナージはやや慎重に、堤はより大胆に、この交響曲を遠い過去からの木霊としてではなく目前の出来事として響かせようとしているのです。そしてその傾向は今世紀に入るとより明瞭なものになってくる。まさに世紀の変わり目の交代劇をこの3つの演奏の交錯にみる思いです。


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