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2017年10月06日00:30

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古典の磁場の中で:その11 全集録音の開始

 いよいよサヴァリッシュによる史上初の全集録音とそれに続くカラヤン、マズア、ドホナーニによる最初の10年に出た録音についてです。

サヴァリッシュ/ニュー・フィルハーモニアO(1967年)
15:22/04:18/09:28/09:43
計38:51(反復あり)
(39.5%・11.1%・24.4%・25.0%)
12:21/04:18/09:28/09:43
計35:50(反復除外)序奏3:02(24.6%)
(34.5%・12.0%・26.4%・27.1%)

 史上初のメンデルスゾーン交響曲全集となったサヴァリッシュ盤ですが、この全集の前にはウィーン響と「イタリア」を、全集の後にはベルリンフィルと「2番」をそれぞれ録音しています。このことに象徴されるように、古典的な初期作品とそこから踏み出した後期作品のどちらにもそれぞれふさわしいスタイルで演奏できる指揮者であり、その美質が全集録音の5曲にも見事に発揮されています。その魅力の源泉は最初期の「1番」ですでに開花をみているもので、端正な造形とそれを外から締め付けすぎずにしなやかな歌を息づかせるゆとりと潤いの両立です。70年代にチェコフィルと収録したモーツァルトの後期交響曲ではより凝縮された音楽作りをしていたことを思えば、これが彼の感じる初期ロマン派の味なのでしょう。彼の掬い上げたロマンの特質が的を射たものだからこそ、5曲の交響曲がこれほど瑞々しく息づいているのだと感じ入ります。「2番」など下手をするとマーラー風にさえ演奏できてしまう曲ですが、サヴァリッシュで聴くと初期交響曲の美質をベースにそれを拡張した結果、こんな姿になったのだと深く得心させられます。
 それは「スコットランド」においても同様で、この曲が痕跡のように残した古典的な構成と、そこからより自由になろうとでもしているかのような細部の自立的な表情とのバランスがまさしく模範的! 結果としてスタインバーグやアバドの旧録音に比べて細部の表情がより前面に出ていますが、マークの旧盤のようにそれが過ぎて全体の展望が薄れることがありません。それあればこそ提示部の反復も彩りを添えることに寄与こそすれ、退屈に誘うことがないのです。この全集以降に主流となってゆく古典的な形式を重視した解釈ながら、それに縛られすぎない表現性を併せ持つ点では今もこれに並ぶものはなく、それが自然体でなされているのがなにより素晴らしい。テンポも特に第3楽章で遅すぎず、風通しのよさを保っています。音質も階調豊かな優れたもので、このレーベルで耳にすることの多いコンセルトヘボウの盤に比べ明るく感じる音色は録音のせいというより、オケの響きの違いが再現された結果と思わせるだけのリアリティを備えています。


カラヤン/ベルリンPO(1971年)
13:57/04:25/11:48/09:24
計39:34 序奏3:49(27.4%)
(35.2%・11.2%・29.8%・23.8%)

 70年代のカラヤンらしい演奏の芸風が濃厚に発揮されたもので、それがメンデルスゾーンの淡彩な音楽を塗りつぶしていると感じさせてしまう全集です。演奏全体を覆う緊張感は確かに非凡なものですが、それが作品の生理に則ったものというより演奏の論理が優先しているように見えてしまうのが難点です。なにより気になるのが弱音部で、弱音それ自体がなにかを語りかけるというより常にきたる強音部を予感させるものになっています。次のクライマックスのための伏線という位置づけがあまりにも露骨に出過ぎていると感じさせてしまうのです。これほどさりげなさと無縁の演奏は他にないとさえ思えるほど仰々しく感じます。
 結果的にテンポのコントラストが大きくとられているにもかかわらず、意外にのっぺりした音楽に聞こえてしまうのは誤算だったのではないでしょうか。カラヤンはクレツキ同様、後期ロマン派へと向かう途上のどこかにメンデルスゾーンを位置づけようとしているのでしょうが、結果としての演奏は構成を撓めることが雄弁さをもたらすそれらの音楽とは別の特質をメンデルスゾーンの音楽が備えていることを暴き出しているとさえ感じさせます。バーンスタインもほぼ同じテンポ設計を採っていますが、ニューヨーク時代の啓蒙性ゆえか全体としても細部についてもより平明というかあるがままに演奏していて、カラヤンほど演出の論理を貫徹させていない分だけ乖離が目立たないようです。録音もDG独特の音色面での違和感が出やすいものなので、同じレーベルのアバドやネゼ=セガンの全集録音と同じくスピーカー側で音色を補正したいところです。


マズア/ゲヴァントハウスO(1972年)
13:23/04:25/08:08/10:16
計36:12 序奏2:46(20.7%)
(37.0%・12.2%・22.5%・28.3%)

 マークは「スコットランド」を三度レコーディングした指揮者ですが、全集を二度録音したのは今のところこのマズアだけで、旧盤と新盤でコンセプトが変化しているところも興味深いものです。しかも変化を見せつつも、70年代のこの時期に顕著な傾向となっていたマーラー風ロマンへの接近とは新旧両盤とも一線を画しているのがマズアの特徴です。第3楽章の8分という短さはこの時期としては異例。フィナーレを遅めにしていることとあいまって両楽章のコントラストを重視する60年代以降の傾向とは真逆のものになっています。楽章のペース配分を見ればクレンペラーそっくりになっていますが基本テンポが違うのでよく流れる音楽になっており、印象はほとんど重なりません。今回の4組の全集中ではオケの精度がやや低く洗練された美観は薄いものの、テンポの速さが風通しのよさをもたらしていることに助けられ、木彫りの民芸品にも似た素朴な感触として受け入れられる演奏になっています。外付けの味付けがほどこされていないのは新盤と同じで、カラヤン盤やドホナーニ盤と並べて聴くとそれも好感につながっています。録音はざらついた感触もあり中高域に強調感が乗りやすいので、これもウッディな音色のスピーカーで聴いたほうが演奏の実態を掴みやすくなると思います。


ドホナーニ/ウィーンPO(1976年)
13:24/04:30/09:23/09:24)
計36:41 序奏3:34(26.6%)
(36.5%・12.3%・25.6%・25.6%)

 古典的な骨格をベースにロマンチックなテイストが淡く添えられた演奏で、狙いは実に妥当です。ペース配分もサヴァリッシュに似ていて、第3楽章をうんと粘らせて……という路線ではないので造形面でのあざとさは感じさせません。名門オケだけに水準も高くこのオケならではの自発性の発露も感じられ、生き生きとした演奏が繰り広げられています。録音も彩り豊かな優れたもので、今回の4組の全集ではサヴァリッシュと並び優秀です。
 にもかかわらず、僕にはどうにももどかしさを覚えてしまう盤なのです。
 サヴァリッシュ盤と聴き比べるとオケの豊かな自発性の反面、細部の表情がプレイヤーの演奏の愉悦に少々傾きすぎているように思え、全体の展開との関連性が緩むように感じる瞬間がどうも耳につくのです。これはこのオケを聴くと多かれ少なかれ感じてしまうことなのですが、素材の味よりソースの味で食べる料理のような感じで、なにを聴いているのかに意識が向きにくい演奏に聞こえてしかたがありません。そういうことにこだわらない人にとっては申し分ない演奏でしょうし、そんな演奏ができるということ自体すごいというのもわかるのですが。けれど誰が聞いても常識的にロマンチックと感じられそうなウィーンフィルの音楽、それが一種の渇望をかきたててやまないのです。この曲は本当にこういう音楽なのだろうか、もう少し荒涼とした翳りも併せ持つもののはずではと……。
 ドホナーニはこの録音から12年後に当時の手兵クリーブランド管と「スコットランド」「最初のワルプルギスの夜」の2曲を米テラークへ再録音していますが、指揮者とオケの目指すものが一致した透徹した演奏は一枚岩の強さを感じさせずにはおかず、それが2曲に通底するある種の厳しさを浮き彫りにしています。このコンビによる全集録音がなされなかったのは返す返すも残念です。


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