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2018年12月25日23:26

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第4428話  くりすます忍法帖9 

どうも、ともんじょです。

時代は明治新政府になり日本は近代化への速度を速めていた。
しかし、その速度についていくことのできないものも少なくはなかった。
町には電線が張り巡らされ夜も明るくなった。
最新の機械が導入されて生産力は飛躍的に伸びることができるようにもなった。
ただ、それは都市部だけの話であって、近代化の恩恵を受けることのできるものは決して多くはなかった。
貧しい農村は時代に取り残されている。まだ幕府があったころのような生活を農民たちは続けている、年配者は未だに髷を結っている始末だった。
年も押し迫った寒い日、カケルの娘が流行病にかかった。
前の日までは元気に走り回っていたはずなのに、急に倒れてしまった。
こんなさびれた山あいの村に医者などいるわけもなく、野草を煎じたクスリをのませることしかできない。
十里離れた町にさえ行けば、医者や薬が手に入るのだろうが相当な金額がかかるというのはもっぱらの噂だった。
カケルは村中かけずりまわって金をかき集めて町へ向かって走り出した。
カケルの場合馬より自分で走った方が早い。
幕府の時代この村は隠れ里として忍びを生業にしてそれなりに栄えていた。
それが時代の変化により忍びの需要はなくなり、ただの農村になり下がった、若者達の多くは職を求めて村を出ていった。
カケルは病気の母親を置いていくこともできず村に残ることなった。
戊辰戦争の時に江戸に火を放つことができていれば今とは違う生活ができていたかもしれない。
人通りの無いさびれた街道を常人とかけ離れた速さ駆け抜けていく。
腕を大きく振り、モモを高く上げて地面をけり上げる、ナンバ走りと呼ばれる日本独自の走り方とは違い、現代の短距離走と同じフォームでカケルは走っている。
行程も半分過ぎたあたりカケルは街道の片隅に気配を感じ取っていた、自分のことをつけているものがいる、このスピードについてこれるのは並みのものではない。
警戒を強めながらも娘のために先を急いだ。
しかし、適度な距離を保ちつつ謎の追手の追跡は続く。
すると、広めの野原に出た。
カケルはハッとする、距離を保ち気配を読みながら走っているうち、追手の誘導に知らぬ間に従っていたのだ。
茂みから5人の男たちが現れた。
「な・なんのようだ?」普段のなまりの混じった田舎くさいしゃべり方でカケルは言った。
「ふんっ、田舎者のような話し方はよせよ」覆面をした頭目らしい男が口を開ける。
「とぼけやがって」誰かがちいさくつぶやく。
すでに刀を抜いている者もいた。
「わかってるよな?」頭目も刀を抜く。
「ごかんべんくだせぇ〜」カケルはひざまづいて手を合わせる。
「もうわかったから、死ね」カケルの左側から刀を抜いた一人が振りかぶりながら近づいてくる。
カケルは近づく男に向き直り命乞いのふりをする。
「まあそのまま逝け」冗談から振り下ろされた刀は空を切る、その代わり男の顔にはカケルの膝がめり込んでいた。
鼻血と折れた前歯を散らしながら倒れる。
かがんだ状態から全身をバネのように使って飛びひざ蹴りがカケルから放たれた。
膝のほこりを払いながらも、カケルはとぼける「後生でござます」。
「チッ本性を現したか」3人の刺客が刀を構えてカケルに飛びかかる。
振り下ろされかけた刀の柄頭をつま先でけり上げ、カケルは大きく足を振り上げる。
けり上げられた刀は宙を舞う「あっ」と男が声をあげた瞬間。
雷の如き速さのかかとが男の頂点に打ちおろされる。白目をむいて男が倒れる。
倒れる仲間を気にすることなくまた一人襲いかかってくる。
脇がまえで間合いを詰めてくる、カケルは右足を横に薙ぎ払い相手の脇を蹴り、体制が前に屈んだ瞬間に軸足を左から右に変えかかと相手のこめかみにねじこんだ。
瞬く間に3人武器も使わずに倒される。
手勢はこれで半分になった。
「さすがだな、だがな」頭目が首に下げていた竹細工を口にくわえると力強く吹いた。
音は聞こえなかったが、何かの合図だったのだろう、少し離れた林から数十人の武装した影の塊が駆けてくる。
「そうだ、言っておいた方がいいな、貴様の娘は病なんかじゃない、毒虫の毒だよ、解毒薬はオレしか持っていない」小さな瓶を掲げ、それを向かってくる集団に投げ込んだ。
が、投げ終わった瞬間の頭目の喉笛にカケルのつま先が食い込んでいた。
血を吐き出し頭目は倒れ込んだ。倒れた頭目の服を探るカケル、懐からさっき投げたのと同じ瓶を探り当てた。
「そうは行くか」奪い取った瓶を懐に戻す。
来た道を戻るには迫りくる集団に向かっていかなければならない。
判断を迷っているうちに足の速い刺客はカケルに襲い掛かる。
素早くかわし蹴りを叩きこむ、強靭な足の筋肉から繰り出させる蹴りはカケルのなによりの武器だった。
「あいつはもしかして」蹴りを繰り出すカケルを見て刺客の一人が足を止める。
「あいつは、一本タダラ、や・やばい」手に持っていた刀を納めて一人逃げ出した。
それを見て刺客の集団に動揺が走る。
「なんだ?」のささやきがあちこちで聞こえる。
「一本タダラだって」「まさか、足技のか」「戊辰戦争で名をはせたあいつか」
一本タダラと呼ばれたカケルのことを知って逃げ出すモノもいれば、一層名をあげようと果敢に挑みかかるものもいた。
さすがに何十人もけり飛ばすと足にも無理がたたってくる。
逃げつつ村を目指し戦う。娘を助けようと必死のカケルは走りながらも追手を倒していく。
予定ではもっと早く待ちにつくはずがあたりはすっかり暗くなっていた。
林の中を高速で進みながら敵を倒していく。
しかし、もう少しで林を抜けるとわかった瞬間。
林は途切れていたが、地面も途切れていた。
最大速度で駆け抜けていたカケルは止まることもできず崖から飛び出した。
体が浮き上がる、その瞬間に懐の瓶が飛び出した。必死でつかもうとするカケル。
その手からすりぬけていく瓶。そして、見失ってしまった。
あと数秒で地面にたたきつけられる、目をつぶり、覚悟を決める。

ドスン

カケルの体叩きつけられた。予測していたよりも早く。しかも痛くない。
目を開けるとカケルは自分が宙に浮いていることに気がつく。
死んではない。自分は何か乗り物に乗っている。
それはソリだった、冬場に材木を運ぶために使われるような巨大なものだった。
しかし、ソリを引いているのは馬ではなく大きな角を持った鹿のような獣だ。
御者は一人の大きな背中をした男であった。
「助かってよかったですね」大きな背中の男が話しかける。
「助けていただき、かたじけない」ソリに乗ったままカケルは感謝する。
「で、あなた様はどなた様でありますか?」
「声が聞こえたのでね。私はニコラウスといいます」振り返るニコラウスと名乗る男は手を差し伸べる、カケルはニコラウスと握手をする。
「ニコラウスどの、で、これは何でござるか」
「私は世界中の子供にプレゼントを配っております。ここら辺を通りかかったときにあなたの声がするんでね、しかも、娘さんの名前を何度も何度も呼んでいたでしょう」
そんなつもりはなかった、ただただ黙って走っていたはずなのに。
「お困りのようでしたら、なにかお手伝いしましょうか」とニコラウスが問いかける。
「見たところ異国から来たとお見受けしますが、薬はお持ちではありませんか」
「薬ねぇ、じゃあ、あなたが尻の下に敷いている袋に入っているはずです、お持ちになってください」ニコラウスが優しく言った。
カケルは袋の中に手を入れると手の中に小さな瓶が触れた。
「これなら何にでも聞くと思います。どうぞ」
「では、これを納めください」と腰に結わえていた銭入れを差し出す。
「じゃあ、いただきます」と袋に手入れて小銭を3枚ぬきとった。
「そうはいきません。すべてお納めください」カケルは差し出すが。
ニコラウスは牛乳とビスケットが食べられる分で十分だとよくわからないことを言っていた。
こうしたやりとりをしている間にいつの間にか空飛ぶソリはカケルの村のカケルの家の前に止まっていた。
「さぁ、娘さんの所へ」ニコラウスがうながす。
「ニコラウスどの何とお礼を申せばいいのやら」何度も頭を下げた。
「では、私はこれで。メリークリスマス」
助走をつけてソリはフワリと宙に浮いて夜の空へと消えていった。
家に戻ったカケルは薬を娘に飲ませた。
夜が明けると、娘はケロリと目を覚ましいつもの元気のいい娘に戻っていた。
「おっとう、サンタがきただ」と娘がいう。
「サンタ?なんだサンタって」
「こないだ村さ来たキリシタンの異人さんが、いい子にしてたら天主様がサンタクロスっていうじい様を使わしてくれるんだって言ってただ、きっとサンタがおらを治してくれただな」とカケルの奔走のことは知る由もなかった。
「んだな、サンタさんがソリさ乗ってきたんだな」とカケルは娘の頭を優しくなでる。
「おっとうもサンタにお礼さ言わなばなんねな」と微笑んだ。
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