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2018年12月23日23:04

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第4426話  サウンドギミック

めい、脅威の回復力。
朝起きるとめいは立って歩いていました。
すごい力の持ち主です。すごいガッツだ。

どうも、ともんじょです。

クリスマース
全然実感がない、ドキドキもワクワクもない。とてもフラットな気持ち。
こういう時にこうなっていることの方が不幸なのかもしれない。

3年前の天皇誕生日に彼女に振られた。
コクられた相手に振られた、じゃああの目を潤ませてオレの手を握ったアレはなんだったんだ?
「好きな人ができた」とか言っていたな、どこで冷めたんだ?
よくわからない。
「あ、そ」で立ち尽くしているオレを置いてフットワーク軽く彼女はイルミネーションの街に消えていった。
のらくら歩いて家路につく途中、アーケードの片隅で何人かの人影が固まっているのが見えた。
その人のかたまりに近づいてくると、歌が聞こえてきた。
そのかたまりは二つに分かれている、歌を歌っているかたまりと聴衆のようだった。
路上ミュージシャンなのだろう、けど、楽器を持っていない。
そう、コーラスグループがアーケードの片隅で路上ライブをしていた。
初めてアカペラを見るので思わず足が止まった。
このグループうまいでやんの、クリスマス直前なので冬の歌やらクリスマスソングが多かった。
オレは聴衆と一緒になって手を叩いたりして楽しんでいた。
そして、最後の曲。
なんでまた最後の曲が彼女との思い出の曲なんだよ、初めて二人で過ごすクリスマスでオレの部屋で二人で聞いたあの曲だ。
あいつの耳元で口ずさんでやったっけ。いい思い出すぎる。
サビに差し掛かった時、客が大きく二つに分かれてそのちょうど真ん中にオレがぽつんと立っている、コーラスグループがビックリした顔でオレを見ている。
思い出に浸りすぎて、オレは歌っていた、口ずさむのを通り超えて熱唱していた。
それに気付いた客たちがオレをサプライズの何かだと思ったらしい。
しまった、と歌うのをやめようとした時、コーラスグループの一人が歌いながら手で何か合図している。手招き。一瞬オレの歌は止まった、どうやらグループはオレに合わせてハモってくれていたのだ。一歩一歩進んでグループの真ん中に落ち着く。
結局歌いあげた。オレはグループのパフォーマンスを邪魔してしまった。
やっちまたぁと反省している所に聞こえてきたのは拍手だった。
「ありがとうございました」とグループとオレは頭を下げる。
聴衆はあちこちに散っていき、オレとグループだけが残った。
土下座して謝ろう、「あのっ」と言った瞬間。
「いやぁ、お兄さん上手いねぇ。すごいじゃない」「そうだそうだ」とグループがオレの肩を叩く。
その中の一人が「ホントはオレがリードなんだけど、のどの調子がよくなくてこの曲歌えるかどうか自信なかった所のあなたじゃないですか、マジかって思いましたよ」
あっけにとられていた。何でこんなに絶賛されているのか。パフォーマンスの邪魔になったはずなのに。
「あのさ、見たところ大学生っぽいけどどこの大学?」といきなり質問された。
「こう見えて、社会人二年目」
「ああ、そうか、じゃあ俺らとかわらんな」「俺たちも社会人コーラスなんだ、みんな仕事はバラバラ」「どう、一緒にやってみない?」
さすがはアカペラをやっているだけある5人のチームワークがいい、テンポよくオレにグループへの勧誘が始まった。
正直、歌ってこれまでになく楽しく気持ちがよかった。オレは快諾した。
これがオレと「サウンドギミック」との出会いだった。
それからというもの、ギミックのメンバーからアカペラを一から徹底的に叩きこまれた。
ハモりの理論から周りに合わせて歌う歌い方。
大変だったけど楽しかったのは確かだ。
オレが加入してからはギミックの活動も評価されつつあり、屋根も照明もない路上から、
屋根のある施設や、地域のイベントにも呼ばれるようになった。
3年経った今ではコミュニミティFMなんかでも歌わせてもらっている。
そして、今回は市民病院の入院患者向けのクリスマスコンサートに招待された。
これまでも何度か病院には呼ばれているがサウンドギミック単独でのオファーは初めてだった。
少々緊張しながら本番を迎えた。
入院棟の多目的エントランス、外の光が差し込みグランドピアノなんかも置いてある。
病院職員さんが一生懸命飾り付けをしていてくれて。
「サウンドギミック クリスマスコンサート」と横断幕まで作ってくれていた。
いやが上にもヤル気はわいてくる。
少しづつ患者さんがホールにやってきて席につく。
小学生からお年寄りまで幅が広い。
待ちに待った開演時間。
たくさんの拍手でサウンドギミックは迎えられた。
自己紹介がわりに一曲。お客さんはほぼアカペラを生で聞くのは初めてだったようだ、
一瞬で驚いたような顔や笑顔が見える。そして拍手。
深々とメンバーは礼をする。
オレも礼をして顔をあげた時、お客の中に見覚えのある顔があったが見失ってしまった。
かなり幅の広い客層であることは予想していたので用意していた曲も幅広く用意しておいた。
子供向けのクリスマスソングから大人向けのキャロル、隠し玉の演歌なんかも大うけだった。
オレは歌いながらも見覚えのある顔を探していた。
コンサートも終盤あたりで見つけてしまった。彼女だった。3年前の同じ日にオレを振った彼女が客席の中にいた。ただ、あの時とは随分変わっていた。
青白い顔をして、水色のパジャマに、ニットの帽子をかぶっていた、細身の体だったのにさらに細くなっている。
そして、歌っている最中に目があった。彼女は微笑みながら手を振ってくれた。
微笑み返すしかできなかった。
とうとう最後の曲になった、オレは音合わせのふりをして急にメンバーに相談してみた。
「あの曲いいかな?」
メンバーはギョッとしていたが仕方がないなって顔をしながらも了承してくれた。
「これが最後の曲となりました。聞いてください」
3年前の振られた日に、偶然前を通りかかったときに、思わず一緒になって歌ってしまった。
別れと出会いの曲。
彼女に見て欲しかった、オレが変わったことを。変わってしまった彼女の好きだった歌を聞いて欲しかった。この歌の歌詞に書かれていることはオレの思いそのままだったっていうことを知って欲しかった。なによりも、彼女に元気になって欲しかった。
彼女はうつむいていた。両手で必死に涙をぬぐっていた。顔をあげると泣き顔で笑っていた。
最後の一小節、声がかすれそうになった、胸が詰まってヤバかった。
ホールは静寂になりそして拍手に包まれた。
最後に深々と礼をする、かぶっていたサンタ帽で落ちそうな涙を拭きとり顔をあげる。
サウンドギミックとしても、オレ個人としても、コンサートは大成功だった。
患者たちは各々の病室に戻っていく、子供から手紙をもらったり、お婦人からはのど飴をもらった、握手なんかも求められた。これはすごく照れくさい。
彼女は最後まで残ってオレの所に来てくれた。
「知らなかった、アカペラだなんて意外な特技だね」
「君に振られてから始めたんだ」
「それは知るはずもないか」苦笑いを浮かべていた。
「具合はどうなの?」聞いていいものかわからないけど聞いてみた。
「少しづつよくはなってきてるかな、けど、お正月は病院で過ごすことになるかな」
彼女はオレを振り好きになった人のもとへ行った、仕事も順調であとは結婚まで秒読みだっていうところで、病気が発覚した。
発覚した途端にそいつに捨てられたんだそうだ。彼氏側の実家からの猛反対で看病してもらうこともなく、体の具合が最悪な中で別れを告げられたらしい。
なんて声をかければいいかわからなかった。彼女が病気と闘っている間オレは仲間と楽しく歌を歌っていて、オレを振ったあいつを見返してやるとまで思っていた、これは言えない。
オレは自分のカバンから一枚のCDを取り出した。
サウンドギミックの歌を入れたCDだ、イベントやなんかでギミックを売り込む時に関係者に渡す視聴用のCDだ。
「一応、動画サイトにも何曲がアップしているから聞いてよ。あと、これの5曲目にさっきのあの歌が入っているから聞いて、これでいつでも君の耳元で口ずさむことができるから、早く元気になって生で君だけに歌わせてくれよ」
彼女はまた泣きそうな顔でCDを受け取ると手を差し伸べた。
「今日はありがとう」
「いえいえ、こちらこそ楽しかった」
筋張って冷たい手だったけど、強くオレの手を握ってくれた。

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