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2020年03月11日19:45

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人間は笑うことができるけど、泣くしかないときもあるんだ

震災から9年、女子中学生の書いた童話、今年も全文記載します。「なにも言わないからこそ、この子を傷つけずにいられる」ひとりぼっちになった少女をいたわる松の優しさに泣けます。


『ぼくは松の木』中嶋桃子

 ぼくと六万九千九百九十九の仲間たちは、海のそばに並んで立っていた。海はいつでも小さな波が行ったり来たりしていた。水は青くて、砂浜の砂は白い。ぼくの自慢の海だ。夏の暑い日には、たくさんの人間が海に泳ぎにきた。しぶきをあげて遊ぶのはとても楽しそうに見えた。 ぼくは歩くことも、しゃべることもできない。できるのは、体や何本もの腕を鳴らすことだけ。だけどそれも、ぼくの力で鳴るんじゃない。ただ、風にゆれて「かさかさ」と小さな音がするだけだ。だからぼくには、人間がとても輝いて見えた。二本の足で走りまわれる、人間。うたったりしゃべったりできる、人間。きれいな海で泳げる、人間。なにより人間は、笑うことができる。そんな人間に、ものすごくあこがれた。人間が話しかけてくれたら。ぼくも笑えたらいいのに。いつもそう思っていた。

 ある日、ぼくの立っている地面がゆれた。ゆれつづけた。「がさあっ」と体がしなった。何度も何度もしなって、折れてしまう仲間もいた。ぼくは倒れないように、力いっぱい根っこでふんばった。死にたくない。それだけの思いでぼくはたえた。しばらくして、ゆれは止まった。生きていることにほっとする。でも、安心したのは一瞬だった。海の遠くから、見たことのない大きな波がやってきたんだ。信じられないような速さで、逃げられないぼくたちにせまってくる。あっというまに、ぼくは波に飲みこまれてしまった。水の勢いに負けて体が曲がる。腕が何本も折れて流される。もうなにがなんだかわからない。痛い。痛い。苦しいよ、息ができない。だれか、だれか助けて!!

 そして、波が完全に引いたとき、七万いた仲間は、ぼくひとりだけになっていた。大波のせいかはわからない。でもあの日からしばらく人間を見ていない。そこにあった建物もなくなっている。海だけはいつものように、小さな波をたてている。あたり一帯が、ありえないほど静かだった。本当にぼくはひとりぼっちなんだと、強く思った。そんなとき、ひさしぶりに人間を見つけた。ぼくのあこがれる人間とはちがって、少しも笑っていない女の子。だけど──。「ひとりぼっちになっちゃったね。あなたも、わたしも。」たしかにぼくを見て、そう言ったんだ。この瞬間、女の子は「はじめてぼくに話しかけてくれた人」として一生忘れられない人間になった。

「ねえ、あなたはさみしい?」 ううん、さみしくないよ。きみがここに来てくれたから。「わたしは……。」 それ以上はなにも言わないで、女の子はぼくにもたれかかる。小さな肩がふるえていた。ぼくは言葉のかわりに、残った少しの腕を「かさり」と鳴らした。その日から、女の子は毎日ぼくのところに来た。毎日ぼくに話しかけてくれた。そして最後は毎日泣いた。そんな女の子を見て、ぼくは知った。人間は笑うことができるけど、泣くしかないときもあるんだ。うれしくも、悲しくもなる。なんだ。ぼくといっしょじゃないか。そう気づいた。

ぼくは人間とちがって、しゃべることができない。だけど、なにも言わないからこそ、この子を傷つけずにいられる。この子の支えになれる。なりたい。いつかこの子が、だれかとふたりでぼくに会いにくるまで。それまではここに強く根をはって、この子といっしょにいよう。それならぼくは松の木でいいや。はじめてそう思えた。
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