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2019年09月23日12:15

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プリーモ・レーヴィ「これが人間か」

フランクルは、アウシュビッツにあっても「生きる意味」はあると書いた。「生きる意味」を見いだせないなら自由な生活のなかでも絶望するが、「生きる意味」を見いだせるならアウシュビッツにいても絶望しない、と書いた。生きる意味とは、収容所から見える青空や夕暮れの美しさを感じることだと。
レーヴィは、絶望を絶望と自覚する感覚を麻痺させなければならない絶望を書いた。

誰もが自分の生存だけで精一杯か、それすら感覚の外へ追いやられるような収容所では、人間は絶望的に孤立している。
「心の中の聖なる閃きは消えて、本当に苦しむには心がからっぽすぎる。彼らの死は死と呼ぶのもためらわれる。死を理解するにはあまりに疲れ切っていて、死を前にしても恐れることのない、頭を垂れ肩をすぼめ、顔にも目にも思考の影さえ読み取れない、やせこけた男」
飢えや渇きや労働以外のことが話題になる労働のない日々こそが、惨めさや非人間的な生活が思い知らされる。
「眠りと目覚めと悪夢が次々に交代する中を、心の一部が、一晩中、起床の時を恐れ待ちながら、寝ずに起きている」
「私たちの存在の一部はまわりにいる人たちの心の中にある。だから自分が他人から物とみなされる経験をしたものは、人間性が破壊されるのだ」
「無名の死がやって来る前に、もう心は死んでいるのだ。私たちはもう帰れない。ここから出られる者は誰一人としていない。なぜなら一人でも外に出たら、人間が魂を持っているにもかかわらず、アウシュビッツでは、少しも人間らしい振る舞いが出来なかったとい
う、ひどく悪い知らせが、肉に刻印された入れ墨(囚人NO)とともに、外の世界に持ちだされてしまうからだ」そしてレーヴィはそれを外の世界に持ちだした。
そして生涯、その刻印を消さなかった。
彼は、自分が偶然生還出来たことを受容出来ず、自分が助かった「代わりに」誰かが助からなかったという罪悪感を生涯持ち続けたようだ。
これは、生き残ってすまないという感覚を持ち続ける戦中の日本人と通底するように思う。
そんなことはないという論理など意味がない。それは十分過ぎるほどわかっている。わかっていることと、その感覚から逃れられないことは矛盾しない。むしろわかっているからこそ、それを受け入れることを拒否し続けるのだろう。

なぜ、人間が人間にこんな仕打ちが出来たのか。
レーヴィは、収容所のドイツ人化学者パンビッツの「人間同士の間で交わされたものではなく、別世界の生き物が水族館のガラス越しに交わしたような」視線、その視線の性格を徹底的に究明したい、と感じる。
後に「理解するということは同意することにつながるから理解などしてはならない」という結論に達するようだが、「溺れるものと救われるもの」を読みたい。

「他人の手で練り上げられた思想体系(宗教もだ)を鵜呑みにしようとすることほど無駄なことはない、思想体系を持たないことが有益だ」という考えには同意するが、それをアウシュビッツで実行できた意志力はどこからきたのか。
反乱し抵抗し、絞首刑になる男をみて「私たちもまた破壊された。たとえ私たちが適応でき、何とか食べ物を見つけ、労苦と寒さに耐えることを学び、帰還できるとしても、だ。そして今は心が恥に押しつぶされている」と、まっとうな人間的な意識を持ち続けられたのは何故か。
レーヴィはいかにしてこの絶望を(それも帰還後すぐに、だ)書き得たのか。
「他人に語りたい、知らせたいという欲求が、解放の前も後も、生きることの必要事項をないがしろにせんばかりに激しく、私たちの心の中で燃えていた」
アウシュビッツにあってその炎を燃やし続けられたことが。僕にはわからない。
わかったふりなどしてはならないし、わかってはならないのだ。
「わからない」という認識こそが誠実なのだと思う。

相棒だったアルベルト、何の見返りもなくレーヴィに配給の食料を分けてくれ、危険をおかして手紙を届けてくれた収容所そばの労働者だったロレンツォの、完全に奪うことの出来ない人間性の明かりが、レーヴィを精神的な崩壊から救った。
「だがロレンツォは人間だった。彼の人間性には汚れがなく、純粋で、この否認世界の外に留まっていた。ロレンツォのおかげで、私は自分が人間であるのを忘れなかったのだ」
アルベルトは結局生き延びられず、ロレンツォは戦後アルコールに溺れて死ぬ。
「最良のものはみな死んでしまった。最悪のものたち(彼らを糾弾してはいないが、カポーや、同胞を痛めつけた者たち)が生き残った」

この著作は、人の脆弱さを考え抜いていて、非常に痛切である。
しかしそれは真実なのだ。
だからこんな極限状態に人間を追い詰めてはならない。
日本人はあの戦争において、加害者としてであれ被害者としてであれ、ここまであの非人間的な状況を考察した体験者がいただろうか。大岡昇平の「野火」くらいしか思い当たらない。一生苦しみ思索した者がいただろうか。
それは口外したくない、口外しないのが日本人の慎みなのか。
そんな苦しいことは出来ない、ということでは断じてない。
レーヴィは、生き残りの責任とか死んだ者達への負い目とかでなく「そうせざるを得なかった」のだ。
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