mixiユーザー(id:6785066)

2020年06月07日09:58

7 view

18970511 NO3927 ロシア駐在・日本公使がロシア外務省アジア局長の見解を電送

18970511 NO3927 ロシア駐在・日本公使がロシア外務省アジア局長の見解を電送
http://db.history.go.kr/item/level.do?sort=levelId&dir=ASC&start=1&limit=20&page=1&pre_page=1&setId=-1&prevPage=0&prevLimit=&itemId=jh&types=o&synonym=off&chinessChar=on&brokerPagingInfo=&levelId=jh_008_0050_0710&position=-1
008_0050_0710 駐韓日本公使館記録 8巻 五. 欧文電報往復控 二 (71) [ロシア駐在・日本公使がロシア外務省亞細亞局長の見解を電送]
文書題目 (71) [ロシア駐在・日本公使がロシア外務省亞細亞局長の見解を電送]
文書番号
発信日 Tokyo 2.02 P.M. 11 May 1897 ( 1897年 05月 11日 )
発信者 大隈 (*大隈重信 外務大臣)
受信日 Seoul 2.07 P.M. 11 May 1897 ( 1897年 05月 11日 )
受信者 加藤増雄 (1897年2月には原 敬の後任として弁理公使に任ぜられ、 ついで1897年 11 月には特命全権 公使を命ぜられる)

(71) [ロシア駐在・日本公使がロシア外務省アジア局長の見解を電送]
From 大隈
加藤
(1) In reference to your telegram (61) 在露臨時代理公使 telegraphed that "in the opinion of Director of Asiatic Department 在日露臨時代理公使 would never □□□ that Weber should remain in Corea in any quality. So I think it advisable to give him hint of the matter."
I will do so in a few days.
Tokyo 2.02 P.M. 11 May 1897
Seoul 2.07 P.M. 11 May 1897


(訳)
(71) [ロシア駐在・日本公使がロシア外務省アジア局長の見解を電送]
大隈より
加藤へ

(1) 貴下の電文第61号と関連、ロシア駐在・臨時代理公使が次のように電送した:

(*ロシア外務省の)アジア局長の見解としては、在日・ロシア臨時代理公使はウエーバー(*在朝鮮総領事)が朝鮮に残る事を断じて□□□しないだろう、と言う。私はこの事を彼に暗示してやることが良いだろうと考える。私は数日以内にそのようにするつもりだ。

1897年 5月 11日 午後 2時 2分 発信, 東京
1897年 5月 11日 午後 □ □ 受信, ソウル



*ウエーバー 「彼は1884年6月25日に朝露修好通商条約に調印し、翌年4月には朝鮮におけるロシア初の公式代表者としてソウルへ異動した。1885年から1897年の間に、ロシアの初めての在朝鮮総領事を務め、李氏朝鮮の王である高宗の個人的友人でもあったことで知られる。ソウルにおいて、ヴェーバーは高宗と親交を深めた。」

*大隈重信 「明治30年(1897年)3月29日には足尾銅山鉱毒事件で批判を受けていた榎本武揚農商務大臣が辞職し、大隈は農商務相を兼ねることとなった。大隈は次官に大石正巳を就任させるなど進歩党員を農商務省に送り込み、また古河鉱業に対して鉱害対策の徹底を求める一方で、操業は継続させた[。10月、松方首相が地租の増徴を図る方針をとると、大隈と進歩党はこれに反対し、10月31日に大隈は辞表を提出した。松方内閣は12月25日に倒れ、後継首相は伊藤博文となった。」








0 0

コメント

mixiユーザー

ログインしてコメントを投稿する

<2020年06月>
 123456
78910111213
14151617181920
21222324252627
282930