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2020年04月08日09:25

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18951231 NO3831 法制局参事官・石塚英蔵雇聘につき朝鮮政府より依頼の件

18951231 NO3831 法制局参事官・石塚英蔵雇聘につき朝鮮政府より依頼の件
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駐韓日本公使館記録 8巻 二. 本省往来信 (33) 法制局参事官・石塚英蔵雇聘につき朝鮮政府より依頼の件
文書題目 (33) 法制局参事官・石塚英蔵雇聘につき朝鮮政府より依頼の件
文書番号
発信日 明治二十八年十二月三十一日 ( 1895年 12月 31日 )
発信者 小村公使
受信者 西園寺 臨時外相

(33) 法制局参事官・石塚英蔵雇聘につき朝鮮政府より依頼の件
今般当国政府において法制局参事官・石塚英蔵を傭聘したいとの件について別紙の通り依頼してきました。そこで考えてみると、当局の形勢も進み静穏に帰し、内閣の基礎もやや鞏固となりようやく改革の事業を完成しようとする運びに至り、当今最も顧問の必要を感じておりますところですので、そのあたりの事情御熟察の上石塚・参事官傭聘の件を充分御周旋頂きたく存じます。なおこの事についてはさきに金・総理(金弘集 内閣総理大臣)より依頼があったので、また我が法制局の都合もありこの石塚参事官傭聘の件は目下難しいだろうと答えておきましたが、同官は長く当国にいて事情に通じているだけでなく、当国政府の信任が厚いので是非とも同官を傭聘致し度いとの意味で、今回別紙の通り申し上げますのでこの件よろしくお願いいたします。
明治二十八年十二月三十一日
小村 公使
西園寺 臨時外相

[別紙]
文書題目 [この件に対する金允植・外部大臣の西園寺・外務大臣代理あての続聘依頼 書信]

敬啓者 貴国内閣法制局長参事官石塚英蔵向以名譽応我国之聘為内閣顧問官該員公忠正直綜覈法規当我国官制吏張之際知無不為言如金石閣中諸人深相敬重我曆本年九月因事回国自是閣務多滞有疑莫質時不免因循襲謬僉議欲復延該員勧助閣務至来留間一切薪資応由我国弁給延聘年限随時議定請煩
貴公使査照転稟
貴政府俾准該員続聘以免仞山虧簣之歎至以為望此頌台祉
我十一月十二日
金允植 頓

〈*私訳〉
感謝申し上げます。帰国内閣法制局参事官・石塚英蔵が以前我が国の招聘に応じ内閣顧問官となられました。この方は公正で忠実で正直であり法規に明るく我が国の官制を改善し新たにする時知っていることをすべて語ってくれたが、その言葉を金石のように受取り内閣のすべてが大きく尊重されました。本年陰暦九月に事情があって帰国しましたがその時から内閣の業務が大いに遅滞し疑問があっても質問することができず、時には以前の間違いをそのまま踏襲することを免れることが出来ませんでした。 そこで皆の議論に従ってもう一度招聘期間を延長し内閣の業務に勧誘し援助してもらおうと思います。再度就任することになれば滞留期間の一切の生活費は当然我が国で支給して招聘年限延長はその時その時議定します。貴公使におかれてはこの意志をご理解いただき貴政府に稟議し石塚英蔵氏を再び招聘することを批准し「아홉길 산을山 쌓는데 한 삼태기의 흙 때문에 공을 이룩하지 못하는(*大きな山を重ねたのに、ざる一杯の土が不足して高さが充たされず功を達成することができない、か)」嘆息を免れることができるようしていただくことをお願いいたします。
ここにお幸せを祈りつつ
陰暦 11月 12日
金允植 頓




*石塚英蔵 「現在の福島県出身。会津藩士・石塚和三郎の長男として生まれる。共立学校、第一高等学校を経て、1890年(明治23年)7月、帝国大学法科大学政治学科を首席で卒業。同年同月、法制局試補となり、以後、法制局参事官、兼法制局書記官などを歴任。1894年(明治27年)12月から翌年7月まで内閣顧問官として朝鮮国に出張した。」
https://ja.wikipedia.org/wiki/石塚英蔵


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