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2018年09月13日14:56

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18950514 NO2534 鎮南浦(チンナンポ)と機津浦(キジンポ)の中から新開港場を選ぶ件

18950514 NO2534 鎮南浦(チンナンポ)と機津浦(キジンポ)の中から新開港場を選ぶ件
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駐韓日本公使館記録 5巻 九. 鉄道•電線•開港 貸金公債 下 (3) [鎮南浦と機津浦の中から新開港場を選ぶ件]
文書題目 (3) [鎮南浦と機津浦の中から新開港場を選ぶ件]
文書番号 機密第七号
発信日 明治二十八年五月十四日 ( 1895年 05月 14日 )
発信者 一等領事 珍田捨己
受信者 特命全権公使 伯爵 井上馨

(3) [鎮南浦と機津浦の中から新開港場を選ぶ件]
機密第七号
平安道「鎮南浦」および「棋津浦」両地の中から新開港場設定となる御見込みで予め御調査頂いておりましたが、水路および船舶の航行と停泊などに関する都合について、当港郵船・商船両会社員について調査するようにとの御報告を本月一日付機密第四四号で御申し越し頂きましたので、内々に両会社員に対し尋ねましたところ、いずれも「鎮南浦」の方が「棋津浦」に勝っているだろうと申しておりますが、その詳細は判明致しませんでしたので、先年来当国汽船「海龍号」その他の汽船の船長として大同江を航行し、現在も「海龍号」船長である日本人谷本槌太に尋ねたところ次のように話してくれました。

一. 「棋津浦」は「鎮南浦」からおおよそ十七八哩(*約27km。1マイルは約1.6キロメートル)の上流にあるがその間の川の流れはほとんど同一の深度を保ち、三千噸以内の船舶を容易に入れることができるので、進航船舶の喫水量からいうときは両浦の間に全く優劣を見ない。
一. 「棋津浦」、「鎮南浦」とも二十隻内外の船舶は停泊できるだろうと思うが、「棋津浦」での川幅は「鎮南浦」に比べやや狭いので「鎮南浦」のような便利さを見ない。
一. 「鎮南浦」前面の深さは十六七尋(ひろ *約30m)で船舶の投錨に便利でないので、従来航行している船舶は同地と接続する「南浦渡」(ナムポド)と称する土地の前面に停泊した。同所は深さ七尋ないし十尋(約18m)で船舶の碇舶に最も便利なだけでなく、陸地に接近して碇泊できるので貨物の積み下ろし上非常に優れていると考える。そしてその「南浦渡」と呼ぶ地は「鎮南浦」からわずかに四町余(*490m)でその間に小さな丘があるけれどもこれを平坦にさせるのは容易なことで、かえって市街を形成できる地区を生ずる利点がある。
ところが棋津浦の場合は陸地から五、六町(650m)沖の場所でなければ停泊することができない。また艀船(フセン *はしけ)の往復が困難な事情があるだけでなく、浅洲の埋め立てをし、あるいは桟橋を設置するのでなければ貨物の積み下ろしは容易ではない。
一. 「鎮南浦」での潮流の速力は二哩(マイル *約3.2km/h)内外にすぎないので船舶の停泊および艀船の往復に支障を感じないが、「棋津浦」では満潮四哩、干潮五哩強であるため往復が甚だ困難で干潮の際は絶えず小蒸汽船を便用せざるを得ないだけでなく、時としては小蒸汽船であっても往復に難しいことがないわけではなく、貨物の積み下ろしに非常な時間と労力とを要するわけで非常に不便である。
一. 冬期間は氷結のため「棋津浦」においては通例十一月下旬より翌年四月初旬まで、「鎮南浦」においては十二月初旬より翌年三月下旬まで航行することはできない。「棋津浦」と「鎮南浦」とはその休航時日で前後一ケ月の差がある。
一. 船用水は「棋津浦」「鎮南浦」ともに充分ではない。その量はほぼ同一である。
一. 「鎮南浦」「棋津浦」ともに潮の干満は同一でいずれも十八・九呎(フィート)の差異がある。
一. 「棋津浦」においては風のため妨げを受けることはほとんどないが、「鎮南浦」では時として西風が激しい時があるため多少の妨害を受けることがある。
しかしながらこれまでのところそれが甚だしいとは聞いていない。
一. 「鎮南浦」から「棋津浦」に達する航路の途中、「鉄島(チョルド)」前面、即ち大同江が北折するところでは潮勢が最も急激であり、その順逆如何(いかん)によっては汽力の充分な汽船であっても、進航上すこぶる困難を感じることがある。
ついでに言いますと、黄海道北部の載寧河(チェニョンガ)付近の地方において産出する穀類その他の貨物は、沿岸各地で韓船に搭載して流れに乗って大同江に運び出す習慣である。ところが載寧河口より「鎮南浦」に進む航路は潮勢が比較的にゆっくりしているのに対し、「棋津浦」に至る航路は前記「鉄島」近傍の激潮に遭うため両航路の難易は比較を絶している。

以上の谷本海龍号船長の陳述によれば、船舶航行上及び停泊上の便否については¥「鎮南浦」の方が「棋津浦」に比べはるかに便利であるようだ。また白川丸船長に尋ねたところ同船長の陳述も谷本船長の陳述とほぼ同様でしたのでお伝えしておきます。以上この件ご回答します。敬具.
明治二十八年五月十四日
一等領事 珍田捨己印

特命全権公使 伯爵 井上馨 殿



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