冬になると、インフルエンザのワクチンが流行りだす。
インフルエンザが流行する少し前にインフルエンザのワクチンが流行り、ちまたでは「もうワクチンは打った?」があいさつとなる。
それからインフルエンザが猛威をふるい、多くの人が仕事や学校を休みだす。
ワクチンを打てばインフルエンザにかからなくなるなら、ほとんどの人がワクチンを打っているのだからインフルエンザが流行るはずはない。
でもインフルエンザはしっかり流行り、インフルエンザにかかった人は「ワクチンを打って予防したのに、なぜかかってしまったのか?」と嘆く。
ワクチンを打たない私はインフルエンザにかかったことがない。
彼らは、ワクチンを打つことで体が弱り、そのためインフルエンザにかかってしまったのだろう。
私はインフルエンザのワクチンを打たないが、まわりの人から聞かれた時は「ワクチン、打ったよ」とウソを言うようにしている。
本当のことを言うと、人から病原菌でも見るような目で見られ、「○○は頭が悪いから予防もせずみんなをインフルエンザの危険にさらしている」と陰口をたたかれる。
さらに「私は今までインフルエンザにかかったことがないので、予防のため、わざわざ体に悪そうなワクチンを打つ必要を感じていない」なんて本音を言えば、
他人なら「そうねぇ。考え方は人それぞれだから」と言いつつ、私がいない場所では「○○は頭がトロい」と笑いのネタにされる。
身内なら「何バカなことを言っているの?まずはワクチンを打て」と、何を言っても聞かれず、ワクチン注射を強要される。
多くの人は、自分の目で見た現実より、自分が信じたいモノで物事を考える。
誰でもインフルエンザになるのは嫌だ。
もし神仏が救ってくれるなら人は神仏にすがる。
しかし、今の人たちは神仏はただの人形だと教えられ、その信仰を否定されてきた。
そんな中、科学という教えが現れ、その伝道者たる医師は病気を治す能力があるらしい。
彼らは学校の教科書に載っている意味は分からないが科学的に証明されたらしい方法で病気を治癒するらしい。
神仏にすがれない現在において、もうこの教えにすがるしか救いの道はない。
ワクチンを信じる気持ちは、それだけが唯一の救いと信じているから強固なものとなる。
もしこの信仰を否定されたら他にすがれるものがない。
だから必死でこの教えにすがるし、それを否定する人は「アホ」として抹殺し、自分たちの信仰を守る。
私は悩んだ。他人の信仰につきあわなければ、不信仰者として村八分にされる。
大部分の人は、何も考えていない。考えるという能力すら持っていない。
だから彼らに対し話し合いはまったく無駄。
彼らは一顧だにしない。彼らの信仰を傷つけ、彼らの怒りの炎に油を注ぐだけだ。
だから彼らの信仰に従っているふりをしウソをつくのが、最善の方法となる。
他人より少しでも知能が高い人は、他人に理解を求めても無駄なことを知っている。
”ウソはいけない” と言われるが、ウソをつかなければ、ワクチン注射の強要か村八分である。
今回の新型コロナ・ワクチンはインフルエンザ・ワクチン以上。
インフルエンザはひどい風邪だが、新型コロナは ”死亡するかもしれない” とされているだけに、人々の恐怖心をより強く煽る。
テレビを観れば ”多くの人が新型コロナウィルスに感染し死亡する人もいる。今、世界は恐ろしい感染症で大変なことになっている” ことになっている。
しかしテレビを観なければ、まわりに感染者はほとんどおらず、何も起こっていない。
唯一、感染した人に聞いてみても、「ただの風邪だが、2週間も自宅で監禁され、暇すぎて頭がおかしくなりそうだった」とのこと。
こんなありもしない病気のため、貴重な時間をつかい、体に悪いワクチンを打つのは嫌だ。
そう考えていたが、今回はインフルエンザ以上にワクチンを打たない人への差別が激しい。
インフルエンザはひどい風邪だが、新型コロナは命にかかわるとされているため、ワクチンを打たないなどと言えば、人々の形相は恐ろしいものとなる。
ワクチンを打たなければ、怒れる人々に叩き殺されてしまいそうだ。
新型コロナは怖くないが、まわりの人間が恐ろしい。
ワクチンのキャンセルがあると、職場内で、打っていない人を募る。
それもかなり頻繁に募る。声をかけられたらなかなか断れない。
そこで私も、一時は心が折れ、”ワクチンは体に悪いだけだが、そこまで害はない。他人が怖いからワクチンを打ち、この難から逃れよう” と考えた。
インフルエンザのワクチンは、打っても熱が出たり病気になったりはしない。
しかし、新型コロナウィルスのワクチンを打った人のほとんどが、インフルエンザのような症状を発症し苦しんでいる。
そんな現実を見て、こんな恐ろしいものは打てなくなってしまった。
職場内でワクチンを打っていない人にワクチンを強要する声掛けが最近頻繁に来る。
何度も用事を理由に断ってきたが、まわりの目が怖い。
ウソはいけないと思いつつも。
「他で予約したので、だいじょうぶです」
ウソをついた罪悪感はあるが、ウソをつかなければ、ワクチンを強要されてしまう。
身の安全のためにはしかたなかった。
市の広報では ”ワクチンを打つ打たないは本人の選択。打たない意思も尊重しましょう” と流れているが、現実には打たない意思を尊重してくれる社会ではない。
インフルエンザになったことがない私にとって、インフルエンザのワクチンを打つ理由はない。
新型コロナウィルス感染症は、自分がなったことはないし、この病気で苦しむ人すら見たことがない。
そんなありもしない病気のために、体に毒物を入れ、本物の病気になる。
それが国民の義務みたいになっている。
世の中、狂っているなとつくづく感じる。
■ファイザーのワクチンに白い浮遊物 神奈川・相模原と鎌倉で発見続く
(朝日新聞デジタル - 09月14日 19:33)
https://news.mixi.jp/view_news.pl?media_id=168&from=diary&id=6667372
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