人の死はその人が生きてきた人生の総決算と言われるが、それは本当のことだと感じる。
よい女を抱くことを至上の価値とし、快楽を求め続けた最後は、とても悲しい結末だった。
何百億円もの資産を持っていても幸福でない人もいれば、生きていくだけの資産しかなくても幸福な人もいる。
紀州のドン・ファンは、自分の信念で生き、そして夢を実現していった。
それはすごいことだと思うし、尊敬もする。
ただ惜しむらくは「人の心はカネでは買えない」ことに気づかなかったことであり、快楽より「心を買う」こと、つまり「愛されること」の方がはるかに重要であることに気づかなかったことだ。
25歳の美人より、もし本当に心から信頼できたなら、70歳のおばあさんの方がよい。
生きて来て思うのは、本当に信頼し合える人が1人でもいれば、人間は100倍幸福になれるということだ。
信頼できない人がまわりに1000人いて、彼らが召使のように仕えてくれても、その人はたった一人、独房の中で生活しているようなものだ。
私は孤独な人間であり、紀州のドンファンのような女にモテる男でもない。
でも、1000人の美女を抱いたドンファンと私とで、本当はどちらが幸福なのだろうか?
それはなんとも言えない。
昔の人は、自分の名前には命があると考えた。
生物としての自分は死んでも、自分という人間が存在したことを示す名は残すことができる。
どうしたら100年後、200年後、自分の名が残り、自分の生きざまが語り継がれるか?
そのことを一番大事にした。
金持ちであっても、子孫まで金持ちであり続けるためには、世代を超えた信頼関係が必要であり、それには家風が伴う。
よい家風は先祖一人一人の業績であり、子を見れば親が分かると言われるように、一人の人の後ろには、いく人もの先祖たちの影響がある。
人は死んでも、その子、孫の記憶の中、また人格の中に残り続ける。
本物の金持ちはそういうことを考えるものだ。
確かにこの元妻は悪い人間だ。
だが、この人もまた、大切なものを見失い、簡単にバレるような幼稚な犯罪で一生を台無しにしてしまった人だ。
せっかく美人に生まれたのだから、何を着ても美しく見えたことだろうし、他人から愛されやすかっただろう。
それが、カネ目当ての結婚、夫殺しという重罪を犯したため、若い時期のすべてを刑務所で過ごさなければならないし、また、それ以上に、人間としての信頼がまったくなくなってしまった。
おばさんになって出所したところで、夫を殺すような恐ろしい人間には就職口はない。
風俗で働きたくても、歳をとれば、風俗では雇ってくれない。
どんな美人でも、夫殺しをするような女性は信用できないから、結婚する男性はいない。
自分がかつてしたように、カネ、体目当ての男だけが甘い言葉でささやき、カネと体を奪って、消える。
人生は、かつて自分がしたことを他人からもされてしまうようにできている。
人間にとって一番大事なのは信用である。
「この人は信用できる人か?できない人か?」
それが一番大事であり、信用があれば人生イージーモードだし、信用がなければ人生ハードモード。
カネの源は信用であり、信用があればお金には困らない。
私自身、生活保護のケースワーカーをしながら、多くの人を見てきた。
本当、考えられないような問題を抱えた人や家庭もある。
金銭的に困窮する人には3つのタイプがある。
1)老人や障害者など身体的に働けない人で、なんらかの原因で年金の受給権を持たない人
2)ごくマレにしかないとてつもなく大きな不幸に見舞われた人
3)目先の欲望から信用を損なうことをし、そのため誰からも信用されなくなってしまった人。
大部分は1)であり、2)はごくマレ。3)が世間一般的に言われる生活保護者のイメージだろう。
どの人も不幸ではあるが、中でも一番不幸なのは3)の人である。
人生は信用がある人にとっては自由だ。
しかし信用がない人にとっては地獄だ。
もし逆に私が70代後半のおばあさんと結婚し、毎日、体を求められたとしたら、
昔の性自慢をされ、武勇伝を語られ、そしてあんなことこんなこと要求されたら。
たとえ何億円もらえても、私はとても耐えきれない。
お金欲しさに結婚したものの、70代の後半のおじいさんに自分の体を好きなようにされ、それでもって四六時中、紀州のドンファンの男気の世界にどっぷりつけられ、彼の武勇伝を聞かされていれば、「このジジイ早く死ね」と願ってしまうのもしかたないことだ。
同性代のイケメン男性と、楽しいセクロス、愛のある日々を送るはずなのに、こんなジジイのセクロス道具として、性奴隷のように拘束され、貴重な時間を過ごしおばさんになってしまう。
しかもこの男は浮気し放題、毎日、いろいろな女を抱いては自慢しているような男。
でも自分には浮気は許さず「俺とだけセクロスしろ」と強要する。
この男の所有物としてこの男の子を宿し、それで一生終わる。
私の人生ってなんなんだろうか?
結婚してそのことがしみじみ分かったのだろう。
”早く終わらせたい。”
それなら離婚もあったが、そこはお金が欲しい。
ここまでして手に入れたお金を手放したくない。
そこから人生の破滅が始まった。
ただ思うのは、彼女が殺害方法ならいくらでもあったのに、わざわざ覚せい剤などという、足がつくようなものを入手し、食事に混ぜて殺害したのは、相手が苦しまずに死ねるようにとのやさしさだったと思う。
男性にとって若くて綺麗な女性を抱くのはいくつになってもよいことだ。
またお金も大事だし、お金はいろいろな幸福をもたらしてくれる。
でも、信頼関係や愛はもっと大事なものだ。
■夕食時に覚せい剤混入か=経口摂取、注射痕なし―資産家殺害・和歌山県警
(時事通信社 - 04月29日 07:30)
https://news.mixi.jp/view_news.pl?media_id=4&from=diary&id=6501403
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