私は話しているとマスクがずり落ちてしまい、マスクから鼻が出てしまうことがたびたびあり、その都度、上司から注意を受けてきた。
そして先日、とうとうキレた上司からこんなことを言われた。
「マスクは鼻にもかぶさっていなければ意味がない」
私は新型コロナなど風邪の一種だと知っているし、日常生活ではマスクなどつけてはいないのだが、職場ではマスク必着にされてしまっているので、しかたなくつけている。
迷惑な話であるが、ルールなのでしかたない。
もしマスクが感染症予防に有効だとして、
”アゴ・マスクは、マスクをしていないのと同じだから意味がない”と言うのは分かる。
しかし鼻は関係ないだろう。
しかし有効性云々ではなく、形としてマスクをはめていることが大事なので、鼻が出てしまうとマスクを完璧にしているとはならない。
”完璧にマスクをしています”ピーアールが大事。
なるほど、だから鼻が出たら意味がないのか。
人間には2種類のタイプがある。
私のように”人がどう思うかより科学的な事実を重視するタイプ”と、
上司のように”科学的な事実はどうでもよく、ただ人がどう思うかを重視するタイプ”。
黒いカラスがいたとして、扇動者がそれを「白いカラスだ」と言ったとする。
扇動された大衆は黒いカラスだと知りながらも、「黒いカラス」と言えば、他人から非難されると思えば、「白いカラスだ」と言うようになる。
私のような人間は、それでもカラスは黒いという事実を見て、「黒いカラス」と言う。
でも上司のような人間は、他人から非難されることこそが悪であり、ただそれを避けるためだけに「白いカラス」と言い張る。
事実などどうでもよいのだ。
今回のコロナ騒動。相当、頭が悪い人でない限り、コロナがただの風邪であることを知っている。
でも、黒いカラスも「黒い」と言えば非難されるなら、白くなってしまう。
科学やら人間の英知やらは、実はどうでもよいものであり、ただ人から非難されないことが大事。
昔、人は民主主義社会で生きていた。
そうしたところ、黒いカラスも白くなり、それを基礎に政治をするものだから、社会はどんどん悪くなり、にっちもさっちもいかなくなった。
そこでしかたなく、他人から非難されることなく、ただ現実を述べることができる特別な人をたてた。それが王様だ。
王様だけは黒いカラスを「黒い」と言っても非難されず、また他人が怖くて「白いカラス」と言っていた大衆を科学的な事実へ戻すことができた。
もし本当にコロナが怖いと思い、またマスクの有効性を信じているなら、こんなことは言わない。
「マスクは鼻までつけなければ、完全には感染症の拡散を抑えることが困難です」
そう言うだろう。
本当はみんな知っているのに、バカになったふりをして生きている。
これが民主主義下の狂った国の現状である。
そろそろ日本も王様をたてる時なのだろう。
そしてまたの緊急事態宣言。
バカもここまでくるとつきあいきれない。
仕事中は職場のルールで縛られるが、それを離れたら、私はコロナ禍前と同じ生活をする予定である。
もちろん、マスクは引き出しの中に入れ、連休中はつけることもないだろう。
■菅首相、東京、大阪、京都、兵庫への緊急事態宣言を決定
(朝日新聞デジタル - 04月23日 19:27)
https://news.mixi.jp/view_news.pl?media_id=168&from=diary&id=6495052
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