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2021年03月06日09:58

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家族は遺伝子を共有する他人

今の職場にはA係長、B参事、C課長、D部長と4人の上司がいるのだが、人それぞれ個性があり、また私に対する態度も人それぞれだ。

A係長は私のことを嫌っており、あまり一緒にいたくはないと考えているが、かといって一緒にいてもイライラするわけではない。

B参事は私のことがお気に入りであり、仕事もしやすいので、よく仕事も頼んでくる。

C課長は私のことが大嫌いで「なんでこんな無能なヤツが俺の部下なのか」と不機嫌であり、私の一挙手一投足を悪意でとらえ、いつもイライラしているが、その気持ちを抑え、あえて笑顔で接してくる。

D部長は私のことが好きで、何かと目をかけてくれている。

一方、私の方でも

A係長は苦手。B参事とD部長は一緒にいて疲れない。

C課長は「この人はマジだめだわ。彼の一挙手一投足に嫌味と悪意を感じてしまう」。

C課長の場合は、本当に彼が悪意を持ってやっているかどうかは分からない。

でも私も彼を嫌っているので、何をされても悪く思えてしまうのだ。


今は一緒に仕事をしているからそれがはっきり分かるが、同じ部署になる前から、やはりAさんは苦手で、BさんとDさんとはうまが合い、Cさんは雰囲気からして私を嫌っていることが分かったので近づかないようにしていた。

その人が嫌いな人は、「○○はこうだから許せない」と言うが、それは後付けの理由であって、相手を知る前から、初対面の時から「なんかこいつイラつくな」と感じているものだ。

人が人を嫌うのは相手が何かしたからではなく生理的なもの。だからどうにもならない。

私も20代の頃は、自分を嫌い自分を非難してくる人ばかり気になり、そのため仕事があまりできなかった。

自分を嫌う人はどうやっても自分のことが嫌いなのだから、それはそういうものとして扱うしかない。


これは職場という他人同士の関係であるが、家族も同じである。

科学で生命の起源とかいい加減なことを言い出し、まるで子供が親の分身かのようなウソがまことしやかに流布されているが、親と子は外見は似ていても、中身は他人であり、何かの運命でたまたま巡り会ってしまっただけ。

それが幸福な出会いであることもあれば、不幸な出会いであることもある。

人の体は塵から作られ、人の魂は神から下る。

人の本体は魂であり、遺伝子のつながりはそれを入れる器でしかない。

この世に誰が生まれてくるのか?

あたかも人が自分の判断でセクロスし、そして自動的に生まれているように思われているが、本当はすべて神様のご計画であり、一人一人、快楽の結果、意味はなく体が形成され発生したのではなく、一人一人が計画され意味を持ってこの世に生まれて来る。

親が子供をつくろうとする判断も、セクロスで受精するかしないかも、結局、すべて計画されている。

昔の人は「子供はコウノトリが運んでくる」と言った。

子供は親のものではなく、親はその子を一時養育させてもらっている他人にすぎない。


親子はただ親子というだけで親愛の情が生まれて当然。

そう考えてしまう社会が、こういう酷い事件を発生させてしまう。


たとえ親子であってもアカの他人。親からみれば好きな子もいれば嫌いな子もいる。

好きな子はよいとして、嫌いな子を授かってしまった時、そんな親をサポートしていく体制を整えないと、自分からは何もできない子供が悲惨な思いをすることとなる。

もし私がCさんの子として生まれたなら、想像しただけで寒気がするし、

また、もし私の子供にCさんが生まれて来たら、私は彼を虐待をしない自信が持てない。


人は他人が見ていないところでは本性を表す。

みつからなきゃよい。このうざい子を今後も養育するのは嫌だ。捨ててしまいたい。

他人から見れば子供は天使だが、親からみれば嫌いな子供はおんぶお化けだ。

子供には何の罪もないのだが・・・。


児童虐待を防ぐには、両親の道徳に頼ることなく、外部の目を家庭内に入れること。

昔は両親の親、おじいちゃん、おばあちゃんがその役割を担った。

家族の人数の減少と核家族化が進む現在、家族を代替できる組織が求められる。


■餓死した男児の母、聴取後に携帯を壊す 「知人の指示」
(朝日新聞デジタル - 03月05日 21:58)
https://news.mixi.jp/view_news.pl?media_id=168&from=diary&id=6435549
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