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2021年02月11日11:30

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昔の私と今の私

人の素の性格っていうのは、自分の意思ではどうにもならないもので、他人が「いけない」と言ってきても、直せるものではない。

でもそんな自分の素の性格を「いけない」と言う人ばかりに囲まれてしまうと”無理して直さなければいけない”と錯覚し、不幸な人生を歩むことになる。

お金が本当に必要な理由は、自分の素の性格を「いけない」と言う人から逃れるためであり、自分本来の生き方を取り戻すためである。


人は常に今とは違うより素晴らしい人間になることを夢見るし、他人から「変わった」と言われるとうれしいものだ。

でも、本当は変わったのではなく”抑圧され歪められていたものから解放され自分本来の生き方に戻った”もしくはその逆であり、その人自身は変わらない。

私自身、昔に比べ今の方が幸福度は高いが”自分が昔に比べ優れた人間になったから”とか”あれこれ言って来た人たちのありがたい忠告を聞き自分を変えたから”ではない。

不幸の源泉たる「おまえは変わらなきゃいけない。変わらなきゃ不幸になる」と言う人たちから離れ、彼らからのモラハラを受けなくなったからだ。

なんのことはない。

”変わらなきゃ不幸になる”のではなく”その場で言われたその言葉で不幸になっている”。

今が不幸なのであり、彼らが言う将来の不幸は幻想であった。


以前、職場の臨時職員にこんなおばさんがいた。

彼女は品のよい顔立ちをした女性で、おしとやかなキャラが体からにじみ出ていた。

しかし口では”べき論”を言い、彼女とはタイプの違うきついタイプの女性と交際し、彼女らの間で浮いた存在となっていた。

そして酒癖が悪く、酒を飲み、タチの悪い説教オヤジみたいに”べき論”でからむ。

その姿を見て”ああ昔の私は他人から見るとこう見えていたのだろう”と感じたものだ。


”自分は変わらなきゃいけない”そう感じては、自分とは違うタイプの人たちと交際する。

そこで浮いた存在となっているのだが、「自分は昔のクソな自分から脱却しているんだ」と自分に言い聞かせている。

さらに悪いのは、その友達と信じる人たちは、その人の素の性格が嫌いだから「あなたは変わるべき」と諭す。

でも心の中では「なんで、この人、肌合いが違う私たちの仲間に入って来るのだろうか?」と感じている。だからどこかよそよそしい。

そして彼女の素の性格自体が気に障るから、彼女の素が出るたびに苛立ち、「あなたそんなことじゃダメ。こうした方がいいよ」と言う。

彼女にはそれがストレスになっているのだが”立派な彼女らは正しい”と自分の気持ちを抑え”私は変われた”と考え、また”他人も同じように強制されるべきだ”とすることで自分の苦しみを軽減しようする。

そこで彼女が言う「べき」が彼女自身できていないのに、彼女によく似た他人に強制し、本来仲間になる人達から嫌われ、孤独になる。

そこで、飲めない、しかも好きでもない酒を大量に飲み、足腰がたたなくなり、無茶苦茶になってしまう。


私は素の性格が彼女の素の性格と似ていたため、彼女にからまれた。

だから私は彼女が嫌いだった。

でも私自身、昔は彼女と同じようなことをしてしまっていた。


数値だけ見れば、彼女は結婚し子孫も残し、幸せいっぱいの勝ち組である。

でも本当は自分を殺してしまった負け組だ。

自分の素の性格を嫌い、自分とは違う人たちと交際し、無理に変わった自分を演じ、結婚できなきゃ負け組、子孫を残さなきゃ負け組と、がんばった。

おそらく自分とは合わないタイプの男性、まわりの女性が「こういう男性がよい男性」と言う男性と結婚した。

彼は彼女の友達とウマが合うタイプ。つまり素の彼女を「クソ」だと感じるタイプの人間。友達なら離れられるが配偶者として持ってしまえば、四六時中、その女友達と一緒にいるようなもので、離婚しない限り離れられない。

彼女は、夫から素の自分を否定され続け、そこから逃れることもできない人生を歩んでいるのだろう。

彼女はまわりの人間に迷惑をかけすぎた。だから同情することはできない。

しかしそれが彼女の自己責任かと言えば微妙だ。

コストを惜しむあまり本末転倒することはよくあることで、そのことに気づけないことが多いからだ。

人が言い訳するのには、言い訳するだけの理がある。


”お金は人を自由にする”それはお金の最も大切な役割だが、若いうちにこのことに気づけないと大変なこととなる。

その自由にするとは高級車を買ったりアイドルを追っかけたりすることではない。

”自分が生きやすい環境を整えることができる”ということだ。

それを傍から見ると「あの人は変わった」となるわけ。


「あなたは変わらなければいけない」

そう言う人たちから離れ、変わらなくても幸福に生きられる場所を探す。

それが住所変更だったり転職だったり。

「あなたは変わらなければいけない」と言う人たちや、彼らのルールが支配する環境から逃れるために”そんな人たちは気にしなければいい。できるだけ接しなければいい”と心理的な壁で対応することを勧める人がいる。

心理的な壁で対応することも大切だが、それには限界があるし、また心理的な壁だけでは、相手が攻撃してきた時は防ぎようがない。

彼らから物理的に離れる必要がある。

行動を起こすためには、お金が必要。

別居するお金がないため離婚できず、殺人までいってしまうのはそのためだ。


以前の私は、自分を否定する環境にいて、そのストレスを旅行や風俗で解消し「そんな環境から逃れられない。自分が変わらなければならない」と感じていた。

でも実家を飛び出し部屋を借りて暮らしてみて、”これこそ本当のお金の使い方だったんだ”と感じている。

モラハラ傾向の父親や、村のなじめないルール、多くの時間を費やされる無給奉仕の村のつきあい、苦痛な飲み会から解放され、自由な時間は増え、一緒にいて疲れる人たちと濃厚で苦痛な交際ではなく、疲れない人たちと好きなことでゆるくつながれる交際へとシフトした。

確かに実家から離れるのはお金がかかるし、交際関係を一掃するのは勇気がいった。でも、それなくしては、自分の人生は今よりもっと苦痛の多いものだっただろう。

まわりからは「あの人は無理のない自分らしい生き方をするようになったんだな」と思われているような気がする。
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