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2021年02月08日07:52

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行動を起こす基準

前回の日記では、人は自分が苦手なことをさせられる環境であっても、それから逃げられないと思い込み行動できないことから底辺層を形成する話を書いた。

一方で、「こりゃ俺に合っていない」と感じ逃げていたら、これはこれで何もできなくなってしまう。

負けると分かっている勝負もしなきゃならないし、下っ端でみじめな思いをしなければならない。

それどころか大部分の人は、ピラミッドの頂点にいる、みなから尊敬を得、金銭も得ている「活躍できる人」ではなく、競争に敗れ、彼らの手足となって働く下っ端となる。

「俺が頂点になれる場所はどこだ?」と探しても、なかなかみつかるものではないし、頂点にいる人であっても、その作業では頂点であっても、他の作業では下っ端でみじめな思いをしているものだ。

プレゼンテーションがうまくみなの注目を集める人でも、集団内での根回しは苦手で、嫌な思いをしていたりする。

ただ人が注目するのはプレゼンテーションなど表の部分だけ。

でも根回しが苦手だからと会社を辞めれば、自分の活躍できるプレゼンテーションの場も失う。

よいことと悪いことはセットであり、よいことばかりや悪いことばかりはめったにない。

ただ”できる限りよいことが多い所で活躍できた方がいいんじゃないか?”という話。


人間っていう生き物はなんでも極端に走りがちであり、ブラック企業で苦しみようやく逃げることができた人は、今度は選びすぎてどこにも落ち着けなくなってしまう。

妥協点が大事であり、踏ん張り所をみつけることが大事。


その踏ん張りどころをどこにするか?

まず絶対に逃げなければならない環境は3つある。

1)過酷な労働で体を壊してしまう職場

2)犯罪行為をしている職場

3)罵声や暴力が横行している職場


1)は年齢や体力もあるが、物理的に睡眠時間が8時間未満になるような会社や週末になると筋肉痛で立てなくなるような職場。

医学的なデータと自分の生活を照らし合わせれば、客観的な数値で分かるし、また健康診断などで客観的に分かる。

2)は論外であり、これは犯罪行為を知ったらすぐに辞表を提出しないと、自分も犯罪に加担させられかねない。またこれも法律と照らし合わせることで客観的に分かる。

3)はどこまでが罵声や暴力かということがあるが、殴られたりけられたり肉体的なダメージを受けたり、バカ、まぬけ、死ね、などの言葉が飛び交っていたら、まともな職場ではないだろう。


以上、辞めなければいけない職場は、個人の判断ではなく、客観的なデータで分かる。

問題はそれら異常な環境ではない普通の職場。

その中で、底辺層に位置した場合、それでも転職した方がよいのか?とどまる方がよいのか?ということ。


私も何か基準がないものかと考えていたが、よい基準を提示している動画をみつけた。

なるほど「会社の目指すところ」が「自分の目指すところ」にできるかどうか?なんだよね。

ピラミッド建設であっても、大多数は底辺で支える労働者。

そのピラミッドを作る目的に賛同できないなら、仕事を変えた方がいいが、賛同できるなら、底辺であっても頑張り続ける。

凡人は嫌な場所から逃げ続けたら仕事にならない。

かといって逃げなければ人生がむなしくなる。

どこで逃げどこで踏みとどまるかの基準。これ本当にそうだと感じる。


両学長のリベラルアーツ
第85回 【本音】経営者が社員に「転職したら?」と思うのはどんなとき?【人生論】

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