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2020年06月27日17:37

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歴史から学ぶ

先日、日本人イスラム教徒の中田考さんとイスラム研究家の内藤正典さんの共著「イスラムが効く」という本を読んだ。

2人ともイスラム教に詳しく、また中東地域の事情にも精通している。

しかしイスラム教徒の中田さんとイスラム教徒ではない内藤さんとの間には、越えられない壁がある。

内藤さんの話はまるで新しいことがない。

ありきたりの話であり、そんなことは新聞を読めば100も書いてある。

一方、中田さんの考察は素晴らしいものであった。


内藤さんは原因と結果で考えるので、なぜ中東地域が荒れているのか?「誰それが何をしたからこうなってこうだ」と理屈で説明しようとする。

中田さんは理屈ではなく神と人との関係で解き明かす。


なぜ中東が戦乱の場になったのか?

理屈で考えれば、民族主義とか、石油利権とか、ヨーロッパとの距離だとか、そこの政府の施策だとか、あれこれその結果につながっただろう原因が思いつく。

その原因をあれこれ組み立て、それらしく語れば「なるほどそういう理屈でそうなったんだろうな?」となる。

一方、イスラム的に考えれば、物事は理屈ではない。

悪魔がイスラムの人たちを憎み、彼らを攻撃しているのであり、人間がどうこうしたそのプロセスもまた悪魔の手の中にある。


歴史を見るに、日本人は後者の考え方を迷信だと言って退ける。

しかし、歴史は理屈ではない。


神を信じない人でもそれをうすうす感じており、彼らは言う。

「それはたまたまそうなっただけ」

それに理屈をつけることはできるが、どれも正しくはない。


日本が豊かな国になったのは、明治維新を起こし、殖産興業に励み西洋化を進め、などなど、理屈では何とでも言える。

トルコも同じように、トルコ革命を起こし、殖産興業に励み西洋化を進め、などなど、でも結果が日本とはまるで違う。

結局、歴史は理屈ではないのである。同じようにやってもうまくいったところがあれば、うまくいかないところもあり、それを運命と呼ぶ。

「運命などとせず科学的に解明すれば必ずそうなったプロセスが見つかるはずだ」

この本の内藤さんのように、日本人はあれこれ考え理屈をひねりだす。

それらのどれももっともらしく見えるが、結局、それらは違う。


イスラムでは運命は神と悪魔の手の中にある。

だから神と悪魔を知ることが、歴史を知ることであり、今、自分が生きるこの世界を知ることである。


歴史は国家という法人の人生であり、これは個人の人生にもあてはまる。

大は国家から小は個人まで、それぞれ幸不幸は運命によって支配されている。

自分が幸福な時、その幸福の意味を神との関係で考える。

自分が不幸な時、その不幸の意味を神との関係で考える。

それがイスラム的な考え方であり、私の信じるキリスト教的な考え方でもある。


歴史は神と人との物語であり、そこに神の意思が現れ、それが人の生き方にも影響する。

それこそが「歴史から学ぶ」ということであり、こういう見方ができれば、世の中の真実の姿が見え、自分の人生をより豊かにすることができる。

しかしこういう見方は信仰を持たなければ得られない。
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