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mixiユーザー(id:6736953)

2019年07月09日14:23

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<❷ 隙間だらけの思考法>

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<❷ 隙間だらけの思考>
2019/07/09(火)
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夜空を見上げれば満天の星空。数えきれないほど、星の数ほどの星がある。(笑)
でも、その星が満員電車の乗客たちのようにびっしりと隣あって並んでいる訳ではない。
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人間の目から見れば、どう観ても、宇宙は【隙間だらけの構造】のように観える。
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俺の認知・認識の原則は、そんな風なビジョンを原点にした座標から始まっているように感じる。つまり、観える部分は星屑のように小さくて、それを包み込む未明の闇は、圧倒的に膨大な深淵を湛えて現前している。といった感じの現実世界のビジョンだ。
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これは、たぶん、幼少年期の生活・体験境遇環境や、思春期の頃、最初に出会った認識論や概念ビジョンとの関係・影響が、大きかったのだろうと思うが、とりあえず、俺は、16歳の頃から、アナーキーで、シュールレアリスティックな、不可知論型の認知・認識基盤に立った物事の観方・考え方を、するようになったのだろうと思う。
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学校以外では『シートン動物記』のような、動物ものの本しか興味がなかった俺が、いわゆる
文系の本を意識的に読んだのは、高1になった時だ。高校の漢文の教科書に『老子』や『論語』の話があったので、2つとも、文庫本を買って、読んで見たのだ。
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その結果、どう考えても、しちめんどくさいマニュアルだらけの孔子様の『論語』よりも、【無為自然】やら【水は方円の器に従う】の老子の話の方が、圧倒的に、正解だろうし、解り易くて簡単で、使い易く思えたのだ。
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ルールは、簡単で、解り易く、単純な方が、使い易いに決まっているし、まちがいにくいものだ。
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現実世界は、多様で複雑で、豊かで、不可解・不思議に満ちている。
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その全てを理解する事など、ひとりの人生の短い時間と、ちっぽけな自分の心身と云う器のキャパシティでは、到底、無理な話なのだ。
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俺たちは、単に、大切な事さえ、しっかりと知って、いつでもキチンと使えるように、身に付けておけば、いいだけなのだ。
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その大切なものは、できるだけ少ない方がいいし、先ず最初に、他の人たちとの共感の有る物事から確かめてゆく必要があるのだろうと思える。
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老子は無為自然と云ったけど、現代の現実生活の中で、それがどんな態度や行動なのか、解る筈も無い。世の中は、余りにも変わり過ぎている。
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自然な振る舞いが、どんな事なのか?
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現代の人たちに聴いたら、百人百様の別の答えが返ってくるだけだろうと思う。
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本来、自然の現象は、常に変幻自在・不可思議で、1つとして同じ物事も無いし、再現性も、無いのだろうと思う。
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事象全ては常に、仏教でよく云う【一期一会】だと謂う事だと思う。
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学術科学は、それらを、一旦、なまの現実から切り離して観てゆく事で、その原理を抽出・究明しようとしてきたのだと謂える。
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つまり、観察者が無関係と判断した要素は、要らないものとして条件を切り捨てて、分析し続けて来ているのだろう。
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しかし、繰り返し思い知らされて来たのは、そうして無関係=大切ではないと、切り捨てて来たものの中にこそ、大切なものを見落としていたのではないか? と云う反省の想い ばかりだったようだとも云えるのだと思う。
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★【 無知の知 】の認識。
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★【 不可知の前提 】の認識。
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コメント

  • mixiユーザー

    mixiユーザー2019年07月10日 00:16
    【一期一会】は仏教ではなく茶道の言葉のようです。
  • mixiユーザー

    mixiユーザー2019年07月10日 07:48
    > mixiユーザー 
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    そうでしたか、利休とか、禅などの方の言葉なのですかね?
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    こんな風に、市民レベルの知識・概念・言葉の定義のレベルは、曖昧で、いい加減なものなのだと思います。
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    しかし、それでも、実用に供して使えれば、良いのだろうと俺は、思うのです。
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    刺身包丁で、キャベツの千切りをするのが、市民大衆の、現実対処だろうと思えるのです。
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    能力を始め、他者より優位性を持った人々は、ともすると、足りない事や、できない事、解らない事への理解や配慮から、離れてしまうような感じに診えます。よね。
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  • mixiユーザー

    mixiユーザー2019年07月10日 08:00
    > mixiユーザー 

    はい、そうです。わーい(嬉しい顔)
  • mixiユーザー

    mixiユーザー2019年07月14日 07:54
    ※参照
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    ■ 検索してみました↓
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    一期一会の解説 - 三省堂 新明解四字熟語辞典
    いちご-いちえ【一期一会】
    一生に一度だけの機会。生涯に一度限りであること。生涯に一回しかないと考えて、そのことに専念する意。もと茶道の心得を表した語で、どの茶会でも一生に一度のものと心得て、主客ともに誠意を尽くすべきことをいう。▽千利休の弟子宗二の『山上宗二記やまのうえそうじき』に「一期に一度の会」とあるのによる。「一期」は仏教語で、人が生まれてから死ぬまでの間の意。
    出典『茶湯一会集さとういちえしゅう』句例一期一会のえにし用例昔より、一期一会の心を旨とする直弼なおすけじゃ。今日という日は再びなく、今日の私は、明日の私では、無いのだぞ。<舟橋聖一・花の生涯>
    一期一会の解説 - 学研 四字辞典熟語
    いちごいちえ【一期一会】
    一生涯にただ一度会うかどうかわからぬほどの縁。出会いを大切にすることのたとえ。
    注記「一期」は、仏教のことばで、一生のこと。千利休の弟子が文献に表したもので、一生に一度の出会いと考えて茶会にのぞみ、相手に接せよとの茶道の心得をいう。出典『茶湯一会集さとういちえしゅう』
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  • mixiユーザー

    mixiユーザー2019年07月14日 09:02
    > mixiユーザー 

    漢詩の一節、例えば、花は紅柳は緑も
    禅の言葉(仏教語)とされています。
    だから、一期一会もお茶と禅を混ぜ合わせた
    茶の禅仏教の言葉として認めらると思います。
    期は中国語で期間を表わす言葉だと思いますが
    一を付けて仏教語としたものでしょう。
    利休が私の死んだあとは「十年ヲ過ギズ、茶ノ本道廃ルベシ」と言ったと言われる言葉から
    考えると、遊戯化した茶道における幕末の井伊直弼の言葉が茶道の言葉として相応しいか、
    30年茶道と禅の研究をやっていると疑問に思います。

mixiユーザー

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