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2020年01月25日08:19

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●スッパ

●スッパ
◆素波
読み方:スッパ   歴史民俗用語辞典
(1)戦国時代の間者。乱波。
(2)詐欺師、ぺてん師。
(3)盗賊、盗人。
別名 素破、透波
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透波
読み方:スッパ
(1)戦国時代の間者。乱波。
(2)詐欺師、ぺてん師。
(3)盗賊、盗人。
別名 素波、素破
 
◆スッパ抜く(すっぱぬく)の意味・語源・由来を解説。
【意味】 すっぱ抜くとは、隠し事や秘密を暴いて明るみに出すこと。素っ破抜く。
【すっぱ抜くの語源・由来】
すっぱ抜くの「スッパ」は、「素っ破」や「透っ波」と書き、戦国時代、武家に仕えたスパイ(忍者)のことである。
忍者は密かに行動し情報を収集して明るみに出すことや、不意に刃物を抜くことから、出し抜いて暴くことを「すっぱ抜く」と言うようになった。
現代では使われないが、すっぱ抜くには「刃物を不意に抜き放つ」の意味もある。
 
◆すっぱ抜く(すっぱぬく) - 日本語俗語辞書
すっぱ抜くとは、隠し事・秘密を不意に明るみに出すこと。
『すっぱ抜く』の解説
すっぱ抜くのスッパとは後に忍者と呼ばれるようになる戦国時代の武術集団のこと(語源についてはオールガイドリンク『語源由来辞典』参照)である。こうしたスッパの行動・活動をすっぱ抜くと言ったが、現代では企業や政治などの組織、また芸能人など著名人の秘密・裏情報・スキャンダルをマスコミや個人が不意に明るみに出すことを言う。
 
◆忍者の呼び方|忍者伊賀-伊賀流忍者博物館
http://iganinja.jp/2007/12/post-38.html
12月19日 忍者の呼び方
今は「忍者(NINJA)」の呼び方で統一されていますが、昔は忍者と呼ばなかったのをご存じですか? 時代によっても、地域によっても違う呼び方がたくさんありました。
その一部を紹介しましょう。
時代別
飛鳥時代 − 志能便(しのび)
奈良時代 − 伺見(うかみ)
戦国時代 − 間者(かんじゃ)・乱破(らっぱ)
江戸時代 − 隠密(おんみつ)
大正時代 − 忍術者・忍者(にんしゃ)
地域別
京都・奈良 − 水破(すっぱ)・伺見(うかみ)・奪口(だっこう)
山梨 − 透破(すっぱ)・透波(すっぱ)・三ツの者・出抜(すっぱ)
新潟・富山 − 軒猿・間士・聞者役(ききものやく)
宮城 − 黒はばき
青森 − 早道の者・陰術(しのび)
神奈川 − 草・物見・乱破(らっぱ)
福井 − 隠忍術(しのび)
他にも地域によって様々な呼び名がありますが、代表的なものを紹介しました。
当て字ですが「しのび(忍)」に関係するもの、仕事に関係する呼び方(聞者役など)、見たままの呼び方(早道の者など)色々ありますね。
 
◆忍者を示す言葉で、素破(すっぱ)、乱破(らっぱ)、はっぱという言葉があります。2011/1/23
忍者の動きなどを考えて、
不定な動きで舞い落ちる様とか、散らばって特定できないとかからは、
「葉破」が妥当かと思いますが・・。
素破(すっぱ)は、「すっと(抜く)」から不意に刀を抜くの意味らしいですね。
スクープのことをすっぱ抜くっていいます。
水破(すっぱ)とも、水のように形が不定だとか、隙間に染み込むとかからでしょうか、
乱破(らっぱ)は乱暴者から来ているそうですが、東国の呼び方とかいわれます。
対して西国は透破(とっぱ)とか・・。聞いたことないですが、

ちなみに「発破」は本来爆薬を仕掛けて岩石などを爆破することをいい、
建築業(既存のビル破壊など、日本ではほぼ皆無)と、
鉱業(岩盤爆破による鉱物資源の採取など)で行う行為のみを指し、
現在ではその爆破に使う爆薬自体を呼ぶようになりました。
 
◆忍者とは!? | 日本忍者協議会
https://ninja-official.com/whats-ninja
1. 忍者の基本
忍者は歴史的には「忍び」と呼ばれ、史料上確実に存在が確認できるのは、南北朝時代(1336–1392)以後で、その起源は13世紀後半に荘園制支配に抵抗した悪党にあると考えられる。
忍びは、乱波(らっぱ)・透波(すっぱ)・草(くさ)・奪口(だっこう)・かまりなど、
地方によりさまざまな名前で呼ばれ、忍者(にんじゃ)という呼び名が定着したのは昭和30年代になってからのことである。
戦国時代の忍びは、各地の大名に召し抱えられて、敵国への侵入、放火、破壊、夜討、待ち伏せ、情報収集などを行ったが、最も重要なのは敵方の状況を主君に伝えることであることから、極力戦闘を避け、生き延びて戻ってくる必要があった。
伊賀・甲賀地方は京都にほど近く、まわりを山という天然の要害に取り囲まれていることもあり、大名勢力が弱い一方自治が発達し、一揆を形成して武装していた。
そのため、ときには近隣諸国に傭兵として雇われ、堀を越えて城に侵入し、戦闘に加わったことが確認できる。
伊賀・甲賀の自治は、織田信長軍によって壊滅的打撃が加えられるが、天正10年(1582)6月2日の本能寺の変後に、徳川家康が堺(大阪府)から伊賀・甲賀を越えて白子(三重県鈴鹿市)を経由して本拠地である岡崎(愛知県)に逃れる際、伊賀者・甲賀者は山中の護衛をしたほか、さまざまな戦いで家康の先陣をきって戦ったことにより、家康は伊賀者・甲賀者を取り立てることとなった。
 
◆全国に見る忍者の呼称と流派
http://www.m-network.com/sengoku/ninja/ninja04.html
ここでは戦国期の各地の忍者達の呼称と、またその地方で発生した忍術流派名をまとめてみました。

国名 呼称         発生流派名
陸奥 陰術(しのび)・早道の者 中川流
 
◆各地での忍者の呼び名 | 忍者善蔵 - 楽天ブログ
https://plaza.rakuten.co.jp/ninjayoshizou/diary/200607120002/
2006/07/13
忍者という呼び名はそんなに古くからあったものではなく、江戸時代までは統一した呼び名はなかった。
大正時代は『にんしゃ』『忍術者』と呼んだりしていました。
卍各地の呼び名卍
【青森】早道の者(はやみちのもの)・陰術(しのび)
【宮城】黒はばき
 
◆ニンジャは忍者か - SlideShare
2017/11/19
忍びの者「乱破」 「素破」 「水破」 「出抜」 「透破」 「突破」 「伺見」 「奪口」 「竊盗」 「草」 「軒猿」 「郷導」 「郷談」 「物見」 「間士」 「聞者役」 「屈」 「早道の者」 「Xinobi」 ≒ 「忍び」に対する決まった呼び方は存在していなかった。 矢印(下) 「忍者」の呼び名 ...
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