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2019年12月16日23:05

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生きていく民俗  宮本 常一


(河出文庫) [文庫]
宮本 常一 (著)


目次

序 現代の職業観

1 きらわれる農業
2 女の本音
3 労働者意識
*写真1 明治のころの小学校は、教師の服装もフロック・コートや紋付きで鼻下に髭をたくわえるといったいかめしいもので、およそ労働者という言葉からうける感じから遠かったものである。
2鉄工場の職工たち
4 新旧の職業
*写真 「耕稼春秋」に見える金沢城下の往来。武士・百姓・僧・馬子など、雑多な身分と職業の姿がみられる。(常民文化研究所蔵)
5 肩書
輜重輸卒が兵隊ならば 電柱柱に花が咲く

第1章 くらしのたて方
1 自給社会
宝島にて
自給の組織

2 交易社会
下北半島にて
親方村の解体
職業の分化

3 職業貴賤観の芽生え
白山麓にて
親方の位置
*写真 現代は、主として登山者の荷物を運搬する立山のポッカ

物乞と物売
*絵 山中の炭焼きの生活(『高遠藩探勝絵巻』)

贈答と施与
4 海に生きる
魚を追って
魚の餌
魚と食物の交換
*絵 大阪の雑喉場(『摂津名所図会』)
*写真 天秤で魚を振売して歩く和歌山県串本の女

漁村の生産圏
粗末な小屋掛けの家のある中世の漁村(「一遍上人絵伝」)

5 山に生きる
ヒエ作
*絵  猟師(「一遍上人絵伝」)

焼畑
マタギと木地屋
*写真 木地屋は、今はこけし人形など作って、わずかに残っている(秋田県大阿仁)

サンカ・山伏
*絵  中世の大峯山の山伏たち(「西行物語絵巻」)

塩の役割
*絵  海水を汲む人、薪を運ぶ人、塩田を掻きならす人、釜で塩を煮る人が描かれている塩焼き(「文正草子」)

「塩ッコとヒエッコととりかえねか」

6 旅のにない手
金売り吉次
奥羽の牛方
馬の牧
 逢坂の関の清水に影見えて今や引くらん望月の駒

*写真 相馬の野間追

牛の牧
*絵  真宗善光寺の中の牛の放牧場
*絵  代掻きをする牛(「大山寺縁起」)

牛の貸借
*絵  安永6年に始まったといわれる唐津大渡り河原の牛馬市(「肥前国物産図考」)

鞍下牛と能登馬
第2章 職業の起り
1 村の職業
  自分の家
  大工と鍛冶屋
夜なべ仕事
*写真 夜なべの藁仕事(福島県磐城市)

物の貸し借り
*写真 背負子(茨城県東茨城郡[現・小美玉市])

百姓以外の村人
僧と神主
書き役
2 流浪の民
門おとない
 一つころがしが千両なり 二つころがしが二千両なり・・・
*絵  年の暮れの江戸の町をゆく季節(きせつ)候(ぞろ)(「職人尽絵巻」)
*写真 佐渡の春駒
*絵  高あしだ(「人倫訓蒙図彙」)

大道芸人以前
*写真 乞食僧(「融通念仏縁起」)
*明治のころまで残っていた門付女

散所と河原
*写真 京都竜安寺石庭の石に、かすかに残る小太良・徳二良の銘。石組の作業にあたった河原者である。

橋の下の人生
葬式坊主
*絵  ”夷まわし”と呼ばれた人形つかい(「人倫訓蒙図彙」)

捨聖
*絵  信濃路を遊行する一遍と、それを見送る人びと(「一遍上人絵伝」)

売僧
*絵  高野聖(「三十二番職人歌合戦絵巻」)

3 販売と流し職
ささやかな行商
販女
*絵  「年中行事絵巻」に見える販女

消え去った販売の小商売
小職の流し
*絵  羅宇屋(「近世風俗志」)

屎尿の処理
屎尿でつながれた町と村
4 身売から出稼へ
人身売買の歴史
子供を売る
*写真 大正の大恐慌に、農村では娘の売買が大ぴらに行われた。

行商・出稼ぎの村
越後の毒消売り
かつぎ屋
*写真 総武線で見かけるかつぎ屋のおばさんたち
*写真 東京上野アメヤ横町。ここで品物を仕入れて、地方へかついで行くおばさんたちは多い。

女の出稼
都会の人足
杜氏
*絵  江戸時代の伊丹で働く杜氏たち(「山海名産図会」)
*写真 近代化された現代の灘における杜氏

熊野の杣人
*写真 熊野川の筏師
*絵  木挽(「人倫訓蒙図彙」)

樽丸師
第3章 都会と職業
1 手職
町の発達と職人
手織の発達
*『七十一番職人歌合』
 「手職」金堀・水銀堀・薄打・銀細工・鍛冶・弓作・矢細工・箙細工・鎧細工・むかばき作り・鞍細工・鞘巻きり・研・仏師・経師・念珠挽・番匠・壁塗・檜皮葺・瓦師・土器作・筵打・畳刺・翠廉屋・皮籠作り・葛籠作り・唐紙師・表具師・紙すき・傘張・笠縫・蒔絵師・塗師・冠師・烏帽子折・沓造・草履作り・足駄作り・櫛引・檜物師・毬括・紺掻・組師・機織・縫物師など・・・
 「行商人」紅粉解・白粉売・董物物売・薬売・灯心売・畳紙売・扇売・枕売・硫黄箒売・ひきれ売・鍋売・麹売・酒作・酢作・餅売・饅頭売・じょうさい・心太売・そうめん売・豆腐売・ほろ味噌売・煎じ物売・一服一銭・小原女・桂女・魚売・蛤売・塩売・米売・豆売・葱売・苧売・絃売・綿売・白布売・帯売・すあい・馬買・革買・買入など・・

*絵  左から木材売・庭掃き・農人(「三十二番職人歌合絵巻」)
*絵  左は機織、右は紺掻(「七十一番職人歌合絵巻」)

*古代の職業部
祭祀に関係あるものー忌部・卜部・巫部・祝部・神部、
政治に関わりのあるものー税部。丈部・門部・采女部、
学問に関わりあるものー来目部・物部・靱部、
工業に関わるものー鏡作部・玉造部・弓削部・鞍作部・服部・綾部・錦部・衣縫部・
         赤染部・茜部・酒部・鍛師部・土師部・陶部・砥部・石作部・
         工部・猪名部・筥作部

職業座
座の残存
*写真 明治時代まであった芝居小屋、新富座

大工仲間
*絵  石山寺建立に働く工匠たち(「石山寺縁起絵巻」)

居職の町

2 市と店
市の意義
*写真 近郷の農村の人びとでにぎわう山形の初市(山形新聞社提供)

市場商人
店の発達
*絵  通行人に布を売りつけている女(「一遍上人絵伝」)

問屋の機能
*絵  大伝馬町の木綿問屋(「江戸名所図会」)

親方と金貸し
社会保障と親方
*絵  恵比須講

半期勘定
しかも親方子方の関係は、親方が問屋を営んでいるとき、いよいよ断ちがたい強い絆をもってくることになる。・・・日常生活の中で不足するものがあると、親方のところへ借りにいく。こめ・味噌・醤油から薪まで借りてくる。その代価がいくらだというようなことも考えていない。そして自分に必要なだけ借りる。親方の方では貸しつけたものは一切帳簿につけておく。
 一方、子方の生産した品物を引き取って町の問屋に向かって輸送する。一々仕切書をつけて送り、それがいくらで売れたかを知らせてもらう。しかし、現金がすぐ送られてくることは少ない。問屋中心の取引は、すべて盆正月の半期ごとに勘定が行われた。
 町の荷受問屋の方では、その荷を消費者に振り向けるために市へかけ、あるいは仲買人の手に渡す。その場合、消費者はほぼ一定しており、消費の量もまたほぼ決まっているのであるから、これを供給する方の側も一定の量を確保しなければならない。そのためには地方の問屋や仲買人とも密接な関係をもたなければならないし、また生産地をできるだけ広く持たねばならない。それには地方の問屋や親方たちの必要な物資や金を送るのがいちばんよい方法であった。金銭・米塩をはじめとして食料衣料の類を送り届けることによって、地方の問屋や親方はそれを生産者に貸しつける。借りた方は生産したものを問屋に渡す。問屋はその荷を生活物資の斡旋をしてくれている都市の問屋に送ることになる
 こうして地方の生産者は、問屋を通じて都市につながることになるのである。そしてそのつながりは意外なほど強いものであった。それは都市の問屋が、地方の問屋の大きな支えになっていたからである。
 このことは漁村を歩いてみるとよくわかる。漁村にはたいてい問屋がある。漁民たちはその問屋から生活物資を借りて生活しつつ魚をとり、とった魚を問屋におさめる。問屋はとれた魚は必ず都市の問屋に送る約束で金の融通を受けて漁民に必要な生活物資を買い込む。ところが漁業は年々一定した漁獲のあるものではなく、必ず豊凶がある。不漁の年には魚は少ないけれども生活物資の方だけは一定量がある。当然、問屋は赤字になる。そうしたとき都市の問屋は資金を貸しつける。
 このような方法で都市は交換経済を維持することができ、この組織の完成がしだいに都会を成長させていった。そしてこのような関係は戦争が始まって配給制度がとられるようになるまで続いた。配給制度は問屋をなくしたばかりでなく、すべてが現金で取引されることになった。配給物資をうける場合には貸借は許されなくなった。
 戦争以前までは、こうして問屋を中心として行われる交易と振売行商による交易がかなりはっきりわかれており、一家の中でも店を通じて購入販売する金銭は主人が握っており、振売行商の品を手に入れるための交換物資や金は、主婦に握られていたものである。
 店屋の発達を促したのにも、店屋を対象とする貨幣経済の担当者が男であり、また半期勘定であったところに原因があった。店屋はたいてい通帳をつくって、それを得意先に渡しておき、消費者の方はほしいものを買おうとするときは、通帳を持っていって、それに品物と金額を書いてもらって品物を持って帰り、その場では金は支払わない。そして盆や正月が来ると店屋はその通帳を集めて、締め切りをし、売りつけた金額を計算し、売りつけた金額を買った者から回収する。このような飼い方を掛けといい、掛けを集めて歩くことを掛取といったもので、盆前や正月前には掛取が村の中、町の中を右往左往したものであった。
 親方子方の制度も、実はこのような一年二期勘定の制度による貸借慣習の基盤の上に成り立っていたといってもよく、交換経済といっても貨幣の動く量はきわめて少なかった。

3 職業訓練
一人前
職人の徒弟修業
*絵  大勢の工匠たちの間に入って、仕事を手伝っている子供たちの姿が見える。(「春日権現霊験記」)

丁稚奉公
手代と番頭
*写真 奉公人の服装規定(三井文庫)

商売繁盛の願い
4 古風と新風
信用と不正
*写真 露天の野菜売(那覇市)

御用商人
ずいずいずっころばし胡麻味噌ずい
茶壺に追われてトッピンシャン
ぬけたらどんどこしょ

身分と職業
*写真 建物も立派で、広大な地主の屋敷(茨城県筑波町[現・つくば市])

家職の崩壊
*絵  明治期の職人の姿、右は椅子つくり、左は桶屋と植木屋

技術者軽視
*写真 土地の庄屋布田保之助によってかけられた通潤橋。工事にあたったのは、八代に近い種山の石工たちであった。(熊本県上益城郡矢部町[現・山都町])

古風の残存
5 町に集る人々
余り者
新産業と次三男
*絵  明治時代の新しい工場の芝浦製作所、上から発電機製作場、鋳鉄所、鍛冶場

新産業と中小農
 酒屋米搗は麦種の生れ、家で年越すことがない

女中奉公
*写真 女中奉公  
*絵  赤坂宿の飯盛女、宿屋は農村の若い女性の働き場所の一つであった。
   (安藤広重画)
女の都市集中

あとがき

解説 無数の風景      鶴見太郎

宮本常一略年譜

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