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2019年12月15日14:18
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気晴らしの研究 山村 修
気晴らしの研究
山村 修
新潮文庫
目次
第一章 いかにも病気である日々
不眠の千一夜
ストレスの自覚
＊梶井基次��「檸檬」ー「不吉な塊」
いかにも病気である症候群
＊梶井基次��とハンス・セリエ（プラハの医学生）
＊「ストレス」の発見者ーハンス・セリエ（「いかにも病気である症候群」）
多田道太��の災難
＊多田道太��「旅に病む」「ストレスにかかったネズミ」
病院へ行く
第二章 気晴らしとコレステロール
コレステロールの探求
＊コレステロールの発見にとどまらない偉大なシェブルール
シェブルール教授と新印象派絵画
＊シェブルールの色彩学とスーラの「グランドジャット島の日曜日の午後」
＊ストレスのよりコレステロールが急増する
＊コレステロールを下げる「気晴らし」の模索
意外なるストレス対策
気晴らしのプログラム
第三章 気晴らしの演習
イッセー尾形の効能 ハードな演習
ビデオマラソン
コレスレロール高き男
身につまされても可笑しい
味覚の復活 ソフトな演習
ビールの奔流
料理番組を見て悲しくなる
九鬼周造のエッセイ
味覚を再建する
呼吸の実践 ソフトな演習
貧しい呼吸
＊コレステロール値が高くなると、日常的にしばしば息苦しい思いをする。あるいはしばしば息苦しい思いをしていると、コレステロール値が高くなる。
その「息苦しい」というのは、つらい状況に対する比喩的な言葉遣いなどではない。端的に、息を充分していないから苦しいのである。呼吸の仕方が不具合になっているのだ。酸素があまり取りこまれず、炭酸ガスがきちんと排出されない。苦しくなってあたりまえなのである。
ストレスを病む者の症状は案外、即物的だ。たとえば私が、「血が上がるようだ」と思うときは、いつも顔が赤くなっている。たしかに血が上がっているのである。同じく、息が詰まるとか息を切らしたとか思うときは、たいてい詰まっているし切れているのである。息が浅すぎるのだ。また一時的に息が詰まっているのだ。
しかし呼吸という物はじつに意識しにくい。生命現象の基本を成すものは、元来、意識しにくいように仕組まれているのだろう。呼吸の具合が自分でなかなかつかめない。意識すると、いつもの呼吸と違ってしまう。それでも、息が苦しいと思うときはじっさい息そのものに変調をきたしている、ということは推しはかることが出来る。
息のリズムが狂っている。測ったわけではないが、おそらくは十秒以上も息を止めていたり、逆に一秒に一回ほどの割でせわしく浅い呼吸をしたりしている。呼吸といっても、呼気と吸気とのバランスは崩れているに違いない。私はたぶん吸気の回数の方が呼気に比べて多い。吸ってばかりいて吐かない！苦しいはずなのである。
しかしそう考えると、痛切ながら、どこかおかしな光景とも思える。
Ｅ・Ａ・ポーのドタバタ小説
息は何処へ行った
とっておきの呼吸
＊あたりまえの息を生涯かけて追求し続けた、「野口三千三」、「野口体操」、あたりまえの呼吸、つまり呼吸の基本型をとらえるために考えたのが、浴槽に浸かって行う呼吸である。
とっぷりと湯に浸かる。身体は楽に姿勢に整え、安定させる。目は半ば閉じ、水面だけを眺める。軽く二、三度、「肩ならしの呼吸」をしたあと、いよいよ野口式の呼吸をー
まず、口をすぼめて息を吐く。静かに、深く、ゆっくり時間をかけて吐く。そのことだけに専念する。肺だけでなく、身体中からくまなく絞り出すようにして吐く。三十秒くらいはかけて吐く。水圧によって腹や胸が四方から押され、十分に吐くことが出来る。
目は浴槽の水位を見ている。息を吐いて腹がへこむ分だけ、水位はほんの少しづつ下がっていく。この水位の働きをみるのが快感である。いま身体から濁った空気が出て行く。存分に出ていく。それが水位によって如実にわかる。
吐ききったところで呼気の、水位の上がった分が吸気の、それぞれ全量を表している。それが目でわかるのが浴槽での呼吸の面白さではないか。
そして、浴槽に浸かりながら息をすると、水圧に抵抗するため、横隔膜はかなり緊張することになる。全身の筋肉が楽にゆるんでいて、一方、横隔膜だけが鋭くとがった緊張感をもつ。そのために横隔膜そのものの存在感をとらえることが出来ると野口三千三は語っている。それはあらゆる予想をくつがえすような、まったく新しい感覚であるという。
発生のボルテージ ハードな演習
謡いとめぐりあい
起死回生のボイストレーニング
畳を走る声、壁を登る声
声はたぶん、生きものである。声は生まれ、育ち、動き、伸び、消える。物質的な音はただ生まれ、ただ消えるだけだ。動かない。声は生まれてから消えるまでに、そのものが動く。Ｍのハミングをしながら音量をだんだん上げたり下げたりするだけで、それが生きもののように動くのを感じる。
透ける時間 ソフトな演習
油じみた時間
心がつらい状態にあるとき、その人の時間はさらさらとめぐってはいない。濁り、淀んでいる。不安と焦躁が時間のうちに沈んでいる。時間がべたべたと粘っこい。
ーこれからの一時間も、コレまでの一時間も、動かぬ運河の水のようにどんよりしている。
ーいま自分が浸っている時間が油じみているー・そんな感覚を持ちながら日々を生きているのは悲しいことだ。情けないことだ。自分でも奇妙な、突拍子もない感覚だと思えるだけに、いっそう厭になる。
しかしたしかにストレスに負けているとき、時間の感覚というものは、ちょうどコレステロール過多の血流と相似するように思う。
いま生きている、この時間をどう感じるか。（略）あらためて言葉にして考えることなどなかった。いったん考えてみると、時間の感覚は私の体のどこか奥のあたり（感じとしては目の奥のあたり）に隠れていて、私のあらゆる日常の思考や動作をひそかに左右しているように思えてくる。それはきっと、とても大切なものだ。
いま息苦しいと感じるのは、つまるところ、いまという時間を生きているのが息苦しいのだろう。
時間を身体がつくる
ゆったりした時間を味わうために、身体を緊張で硬く引きしぼっている人はいない。身体をゆるめて、はじめて時間もゆるむ。浴槽にとっぷり浸かって足腰を伸ばす。・・・・身体がゆるむと、血行がなめらかになる。なめらかな血行は、なめらかな時間をつくる。
よどみのない血流には、もちろん余分な脂などは沈着していない。ー血液中のコレステロールの多寡はその人の心のありようと密接な関わりを持っていると思う。ゆるやかな心は、そして心を包むゆるやかな時間は、身体がつくる。血流がつくる。きっとそうだ。
しかしゆるやかな身体となめらかな血流をつくるのがそもそもむずかしい。
ビタミンＣ大量摂取法のボーリング博士、とても八十五歳には見えませんが、あまり運動はしない、暖炉に火を燃やすための期を運ぶくらい。
菱山修三の詩
人はただ静かに立っているだけでも、みずみずしい時間を身体に感じることができる。
＊コラム「庭前」
まことに、庭は庭なりに、新緑のなかで、一日の心を得てシーンと澄んでゐる。
詩人の目に、新しい見方が宿ったのだ。秘話は昨日も一昨日も、やはり「一日の心を得て」、その全体が澄んでいたにちがいない。明日もきっと「一日の心」をたたえた静かなたたずまいを現すことだろう。そう感じてみると、いままで何気なく眺めてきた庭が新しい生まれたての庭として、詩人の目に映ってくる。ー
庭とともに、日々、自分は自分なりに、一日の心を得て澄み渡る時間を手にする。そんな見方を、詩人は発見した。
陽光を飲み干す
まなざしの強化 ソフトな演習
咲いた花が目に入らない
ある病気にかかると、その影響でほかの病気も招いてしまうことがある。そのことを「併発」するといい、併発した病気のことを「余病」（あるいは「合併症」）という。この逆、つまり、ある病気が治るとほかの病気も治ってしまう事態をなんと呼ぶのか。思いもよらず治ってしまったほかの病気のことを何と呼ぶのか。
言葉はわからないが、現実にはある。ー私はいま、目の働きを活発にしようと思っている。それがコレステロール値を下げることにきっとつながるはずだと思っている。
さらにそれが、ついでのことに、この頃落ちてきた視力を向上させるのではないかと思っている。
ーどうも目の働きそのものが鈍化していると思えてならない。
沈黙の病気
誰でもときに「ぼんやりする」ことはある。うっかり見過ごしてしまうこともある。ところがストレスを病んでいる者が見過ごすとき、それは「ぼんやり」とは次元がはっきりと異なる。人や物や風景が目に映る、その仕組みが混乱してしまっているのだ。
沈黙の病気と呼ばれるものがある。痛んだり、腫れたり、膿んだりしない。つまり本人が自覚できないままに進行していく病気である。高脂血症もその一つに数えられる。しかし私にはコレステロールが増加をつづけ、澱のように血中に沈み、血の流れを濁らせているのは感知できるような気がする。
息苦しくて、頚から上が熱っぽい。両のこめかみに圧迫感がある。いま余分なコレステロールが血管に沈殿している最中であることを、そうした感覚が知らせているように思える。ありえないことであっても、体感としてそう思えてしまう。
ヴァレリーのエッセイ
魔法のまなざし
ヴァレリーの魔法ー。一日に五分間、目にとまったものを鉛筆でデッサンする。対象は何できもかまわないが、心をこめて描く。心をこめるというのは、全身をつかうということだ。
ー毎日五分間というのも、じっさいはつらい。三分だけでも、一分間でもいい。鉛筆はもたなくてもいい。診るだけでいい。じっと見つめ、その線と面と角度を視線でなぞってみる。三十秒でもいい。ただし、そのものの名前は唱えること。
ー始めてから十ヶ月ほどたって視力検査を受けたときわずかに視力が上がっている のには驚いた。少し笑えた。
気晴らしのサプリメント 演習の支え
ヨーグルト
気晴らしにもサプリメントがあるとよい。サプリメント。すなわち補助食品である。身体の外から感覚的に働きかけるだけでなく、その食品によって身体の内からも気晴らしをしていく。
もちろん食品なのだから、コレステロールの低減につながるのが望ましい。
気晴らしのサプリメント、「黄な粉と白ゴマとオリゴ糖とをかけたヨーグルト。」
ヨーグルトを「発見」した科学者ーメチニコフ。
ビタミンＣ
寒冷とストレスとは深い関係がある。ーヨーグルトに続くサプリメントはビタミンＣ
ビタミンＣの風邪に対する効果を訴えたーライナス・ボーリング
風邪ばかりでなく、アレルギー、リューマチ、心臓疾患、ガンにも効くと力説。
もちろん血中の総コレステロール値を下げるのにも役立つと唱える。
第四章 青空の出現
青空を見るために
自分の力で気を晴らすこと。
激増したコレステロールを減らすこと。
不安にみちた心身の脱力状態から回復すること。
穏やかな呼吸ができること。
深く眠ってその快楽を味わうこと。
そのために、これまで押したことのない暮らしのレバーを、力をこめて押し下げること。
私の青空
青空とコレステロール
ストレスという心因のものがそうした身体症状を呼んでしまうのならその関係を私は逆手にとろう。気晴らしのイメージの窮み、青空の青の広がりという「心因」をつくって、身体に快楽的な力をおよぼそう。ゆるゆるとしよう。のうのうとしよう。青の中にゆらりゆらりと揺れよう。これからは夜はいつも、しばしの時をそのように茫然と、現ごころをなくして遊ぼう。
なおも青空を見るために
「モミモミアーバンリラックス」
第五章 気晴らしの日々
理想の薬
「疲れ目体操」ー まず背筋を伸ばして。伸ばしたまま。
１ 頭をおじぎさせて下を見て。背中は立てたまま。あごを喉もとにつけて。首筋を張って。これ以上はおじぎができないくらい頭を下げて。そのまま五秒、じっとして。はい、こんどは頭を反らして天井を見て。喉もとをぐっと伸ばして。そのまま五秒。
２ 首を右にひねって。いっぱいいっぱいに首をひねって。はい、五秒。こんどは首を左にひねって。もっとひねって。じーんとするまで。はい、五秒。
３ 両肩をあげて。うんとあげて。これ以上は上がらないくらい上げて。緊張させて。五秒。はい。一気に力を抜いて、肩をすとんと落とす。それをあと二回。くりかえして。
寝床体操
心のもみ玉
まさかのワークショップ
他人の言葉
言葉を光の中へ
言葉こそ、心のもみ玉。たいせつなのは言葉だ。他人に向かって投げる言葉。人の目にさらしてみる言葉。他人から投げられる言葉。胸にしみる言葉。耳を打つ言葉。腹にこたえる言葉。人に痛手をこうむる言葉。痛手から回復する言葉。
気晴らしは笑いだ。うらうらとした、うれしい心のさざ波だ。そのさざ波は、おそらく「言葉」が起こす。
あとがき
健康人とは、たぶん、基本的に「気の晴れている人」のことではないかと思う。たま に気がふさぐことがあっても、いつか知らぬうちに晴れている。本人がそれを意識でき ない。基本モードが、晴れなのである。したがって気晴らしについては面倒がない。
心がつまずいて、不調に陥ると、なかなか厄介だ。心の不調な人は、基本モードが曇りなのである。その上、曇った心をほんの一時でも晴らすのは容易なことではない。気晴らしはもはや生半可なことでは訪れてくれなくなる。計画して、努力して、あるいはちょっと覚悟までして、探し歩かなくてはいけない。そして発見しなくてはいけない。
健康人は信じられないだろうが、ストレスを抱えたものには、気を晴らすことさえ一つの作業なのである。それでも。晴らさなければ、どうにも動きようがない。
文庫版のためのあとがき
参考にした本
空を見る人 中野 翠
山村 修
新潮文庫
目次
第一章 いかにも病気である日々
不眠の千一夜
ストレスの自覚
＊梶井基次��「檸檬」ー「不吉な塊」
いかにも病気である症候群
＊梶井基次��とハンス・セリエ（プラハの医学生）
＊「ストレス」の発見者ーハンス・セリエ（「いかにも病気である症候群」）
多田道太��の災難
＊多田道太��「旅に病む」「ストレスにかかったネズミ」
病院へ行く
第二章 気晴らしとコレステロール
コレステロールの探求
＊コレステロールの発見にとどまらない偉大なシェブルール
シェブルール教授と新印象派絵画
＊シェブルールの色彩学とスーラの「グランドジャット島の日曜日の午後」
＊ストレスのよりコレステロールが急増する
＊コレステロールを下げる「気晴らし」の模索
意外なるストレス対策
気晴らしのプログラム
第三章 気晴らしの演習
イッセー尾形の効能 ハードな演習
ビデオマラソン
コレスレロール高き男
身につまされても可笑しい
味覚の復活 ソフトな演習
ビールの奔流
料理番組を見て悲しくなる
九鬼周造のエッセイ
味覚を再建する
呼吸の実践 ソフトな演習
貧しい呼吸
＊コレステロール値が高くなると、日常的にしばしば息苦しい思いをする。あるいはしばしば息苦しい思いをしていると、コレステロール値が高くなる。
その「息苦しい」というのは、つらい状況に対する比喩的な言葉遣いなどではない。端的に、息を充分していないから苦しいのである。呼吸の仕方が不具合になっているのだ。酸素があまり取りこまれず、炭酸ガスがきちんと排出されない。苦しくなってあたりまえなのである。
ストレスを病む者の症状は案外、即物的だ。たとえば私が、「血が上がるようだ」と思うときは、いつも顔が赤くなっている。たしかに血が上がっているのである。同じく、息が詰まるとか息を切らしたとか思うときは、たいてい詰まっているし切れているのである。息が浅すぎるのだ。また一時的に息が詰まっているのだ。
しかし呼吸という物はじつに意識しにくい。生命現象の基本を成すものは、元来、意識しにくいように仕組まれているのだろう。呼吸の具合が自分でなかなかつかめない。意識すると、いつもの呼吸と違ってしまう。それでも、息が苦しいと思うときはじっさい息そのものに変調をきたしている、ということは推しはかることが出来る。
息のリズムが狂っている。測ったわけではないが、おそらくは十秒以上も息を止めていたり、逆に一秒に一回ほどの割でせわしく浅い呼吸をしたりしている。呼吸といっても、呼気と吸気とのバランスは崩れているに違いない。私はたぶん吸気の回数の方が呼気に比べて多い。吸ってばかりいて吐かない！苦しいはずなのである。
しかしそう考えると、痛切ながら、どこかおかしな光景とも思える。
Ｅ・Ａ・ポーのドタバタ小説
息は何処へ行った
とっておきの呼吸
＊あたりまえの息を生涯かけて追求し続けた、「野口三千三」、「野口体操」、あたりまえの呼吸、つまり呼吸の基本型をとらえるために考えたのが、浴槽に浸かって行う呼吸である。
とっぷりと湯に浸かる。身体は楽に姿勢に整え、安定させる。目は半ば閉じ、水面だけを眺める。軽く二、三度、「肩ならしの呼吸」をしたあと、いよいよ野口式の呼吸をー
まず、口をすぼめて息を吐く。静かに、深く、ゆっくり時間をかけて吐く。そのことだけに専念する。肺だけでなく、身体中からくまなく絞り出すようにして吐く。三十秒くらいはかけて吐く。水圧によって腹や胸が四方から押され、十分に吐くことが出来る。
目は浴槽の水位を見ている。息を吐いて腹がへこむ分だけ、水位はほんの少しづつ下がっていく。この水位の働きをみるのが快感である。いま身体から濁った空気が出て行く。存分に出ていく。それが水位によって如実にわかる。
吐ききったところで呼気の、水位の上がった分が吸気の、それぞれ全量を表している。それが目でわかるのが浴槽での呼吸の面白さではないか。
そして、浴槽に浸かりながら息をすると、水圧に抵抗するため、横隔膜はかなり緊張することになる。全身の筋肉が楽にゆるんでいて、一方、横隔膜だけが鋭くとがった緊張感をもつ。そのために横隔膜そのものの存在感をとらえることが出来ると野口三千三は語っている。それはあらゆる予想をくつがえすような、まったく新しい感覚であるという。
発生のボルテージ ハードな演習
謡いとめぐりあい
起死回生のボイストレーニング
畳を走る声、壁を登る声
声はたぶん、生きものである。声は生まれ、育ち、動き、伸び、消える。物質的な音はただ生まれ、ただ消えるだけだ。動かない。声は生まれてから消えるまでに、そのものが動く。Ｍのハミングをしながら音量をだんだん上げたり下げたりするだけで、それが生きもののように動くのを感じる。
透ける時間 ソフトな演習
油じみた時間
心がつらい状態にあるとき、その人の時間はさらさらとめぐってはいない。濁り、淀んでいる。不安と焦躁が時間のうちに沈んでいる。時間がべたべたと粘っこい。
ーこれからの一時間も、コレまでの一時間も、動かぬ運河の水のようにどんよりしている。
ーいま自分が浸っている時間が油じみているー・そんな感覚を持ちながら日々を生きているのは悲しいことだ。情けないことだ。自分でも奇妙な、突拍子もない感覚だと思えるだけに、いっそう厭になる。
しかしたしかにストレスに負けているとき、時間の感覚というものは、ちょうどコレステロール過多の血流と相似するように思う。
いま生きている、この時間をどう感じるか。（略）あらためて言葉にして考えることなどなかった。いったん考えてみると、時間の感覚は私の体のどこか奥のあたり（感じとしては目の奥のあたり）に隠れていて、私のあらゆる日常の思考や動作をひそかに左右しているように思えてくる。それはきっと、とても大切なものだ。
いま息苦しいと感じるのは、つまるところ、いまという時間を生きているのが息苦しいのだろう。
時間を身体がつくる
ゆったりした時間を味わうために、身体を緊張で硬く引きしぼっている人はいない。身体をゆるめて、はじめて時間もゆるむ。浴槽にとっぷり浸かって足腰を伸ばす。・・・・身体がゆるむと、血行がなめらかになる。なめらかな血行は、なめらかな時間をつくる。
よどみのない血流には、もちろん余分な脂などは沈着していない。ー血液中のコレステロールの多寡はその人の心のありようと密接な関わりを持っていると思う。ゆるやかな心は、そして心を包むゆるやかな時間は、身体がつくる。血流がつくる。きっとそうだ。
しかしゆるやかな身体となめらかな血流をつくるのがそもそもむずかしい。
ビタミンＣ大量摂取法のボーリング博士、とても八十五歳には見えませんが、あまり運動はしない、暖炉に火を燃やすための期を運ぶくらい。
菱山修三の詩
人はただ静かに立っているだけでも、みずみずしい時間を身体に感じることができる。
＊コラム「庭前」
まことに、庭は庭なりに、新緑のなかで、一日の心を得てシーンと澄んでゐる。
詩人の目に、新しい見方が宿ったのだ。秘話は昨日も一昨日も、やはり「一日の心を得て」、その全体が澄んでいたにちがいない。明日もきっと「一日の心」をたたえた静かなたたずまいを現すことだろう。そう感じてみると、いままで何気なく眺めてきた庭が新しい生まれたての庭として、詩人の目に映ってくる。ー
庭とともに、日々、自分は自分なりに、一日の心を得て澄み渡る時間を手にする。そんな見方を、詩人は発見した。
陽光を飲み干す
まなざしの強化 ソフトな演習
咲いた花が目に入らない
ある病気にかかると、その影響でほかの病気も招いてしまうことがある。そのことを「併発」するといい、併発した病気のことを「余病」（あるいは「合併症」）という。この逆、つまり、ある病気が治るとほかの病気も治ってしまう事態をなんと呼ぶのか。思いもよらず治ってしまったほかの病気のことを何と呼ぶのか。
言葉はわからないが、現実にはある。ー私はいま、目の働きを活発にしようと思っている。それがコレステロール値を下げることにきっとつながるはずだと思っている。
さらにそれが、ついでのことに、この頃落ちてきた視力を向上させるのではないかと思っている。
ーどうも目の働きそのものが鈍化していると思えてならない。
沈黙の病気
誰でもときに「ぼんやりする」ことはある。うっかり見過ごしてしまうこともある。ところがストレスを病んでいる者が見過ごすとき、それは「ぼんやり」とは次元がはっきりと異なる。人や物や風景が目に映る、その仕組みが混乱してしまっているのだ。
沈黙の病気と呼ばれるものがある。痛んだり、腫れたり、膿んだりしない。つまり本人が自覚できないままに進行していく病気である。高脂血症もその一つに数えられる。しかし私にはコレステロールが増加をつづけ、澱のように血中に沈み、血の流れを濁らせているのは感知できるような気がする。
息苦しくて、頚から上が熱っぽい。両のこめかみに圧迫感がある。いま余分なコレステロールが血管に沈殿している最中であることを、そうした感覚が知らせているように思える。ありえないことであっても、体感としてそう思えてしまう。
ヴァレリーのエッセイ
魔法のまなざし
ヴァレリーの魔法ー。一日に五分間、目にとまったものを鉛筆でデッサンする。対象は何できもかまわないが、心をこめて描く。心をこめるというのは、全身をつかうということだ。
ー毎日五分間というのも、じっさいはつらい。三分だけでも、一分間でもいい。鉛筆はもたなくてもいい。診るだけでいい。じっと見つめ、その線と面と角度を視線でなぞってみる。三十秒でもいい。ただし、そのものの名前は唱えること。
ー始めてから十ヶ月ほどたって視力検査を受けたときわずかに視力が上がっている のには驚いた。少し笑えた。
気晴らしのサプリメント 演習の支え
ヨーグルト
気晴らしにもサプリメントがあるとよい。サプリメント。すなわち補助食品である。身体の外から感覚的に働きかけるだけでなく、その食品によって身体の内からも気晴らしをしていく。
もちろん食品なのだから、コレステロールの低減につながるのが望ましい。
気晴らしのサプリメント、「黄な粉と白ゴマとオリゴ糖とをかけたヨーグルト。」
ヨーグルトを「発見」した科学者ーメチニコフ。
ビタミンＣ
寒冷とストレスとは深い関係がある。ーヨーグルトに続くサプリメントはビタミンＣ
ビタミンＣの風邪に対する効果を訴えたーライナス・ボーリング
風邪ばかりでなく、アレルギー、リューマチ、心臓疾患、ガンにも効くと力説。
もちろん血中の総コレステロール値を下げるのにも役立つと唱える。
第四章 青空の出現
青空を見るために
自分の力で気を晴らすこと。
激増したコレステロールを減らすこと。
不安にみちた心身の脱力状態から回復すること。
穏やかな呼吸ができること。
深く眠ってその快楽を味わうこと。
そのために、これまで押したことのない暮らしのレバーを、力をこめて押し下げること。
私の青空
青空とコレステロール
ストレスという心因のものがそうした身体症状を呼んでしまうのならその関係を私は逆手にとろう。気晴らしのイメージの窮み、青空の青の広がりという「心因」をつくって、身体に快楽的な力をおよぼそう。ゆるゆるとしよう。のうのうとしよう。青の中にゆらりゆらりと揺れよう。これからは夜はいつも、しばしの時をそのように茫然と、現ごころをなくして遊ぼう。
なおも青空を見るために
「モミモミアーバンリラックス」
第五章 気晴らしの日々
理想の薬
「疲れ目体操」ー まず背筋を伸ばして。伸ばしたまま。
１ 頭をおじぎさせて下を見て。背中は立てたまま。あごを喉もとにつけて。首筋を張って。これ以上はおじぎができないくらい頭を下げて。そのまま五秒、じっとして。はい、こんどは頭を反らして天井を見て。喉もとをぐっと伸ばして。そのまま五秒。
２ 首を右にひねって。いっぱいいっぱいに首をひねって。はい、五秒。こんどは首を左にひねって。もっとひねって。じーんとするまで。はい、五秒。
３ 両肩をあげて。うんとあげて。これ以上は上がらないくらい上げて。緊張させて。五秒。はい。一気に力を抜いて、肩をすとんと落とす。それをあと二回。くりかえして。
寝床体操
心のもみ玉
まさかのワークショップ
他人の言葉
言葉を光の中へ
言葉こそ、心のもみ玉。たいせつなのは言葉だ。他人に向かって投げる言葉。人の目にさらしてみる言葉。他人から投げられる言葉。胸にしみる言葉。耳を打つ言葉。腹にこたえる言葉。人に痛手をこうむる言葉。痛手から回復する言葉。
気晴らしは笑いだ。うらうらとした、うれしい心のさざ波だ。そのさざ波は、おそらく「言葉」が起こす。
あとがき
健康人とは、たぶん、基本的に「気の晴れている人」のことではないかと思う。たま に気がふさぐことがあっても、いつか知らぬうちに晴れている。本人がそれを意識でき ない。基本モードが、晴れなのである。したがって気晴らしについては面倒がない。
心がつまずいて、不調に陥ると、なかなか厄介だ。心の不調な人は、基本モードが曇りなのである。その上、曇った心をほんの一時でも晴らすのは容易なことではない。気晴らしはもはや生半可なことでは訪れてくれなくなる。計画して、努力して、あるいはちょっと覚悟までして、探し歩かなくてはいけない。そして発見しなくてはいけない。
健康人は信じられないだろうが、ストレスを抱えたものには、気を晴らすことさえ一つの作業なのである。それでも。晴らさなければ、どうにも動きようがない。
文庫版のためのあとがき
参考にした本
空を見る人 中野 翠
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