mixiユーザー(id:67211516)

2019年12月15日11:07

29 view

          あ ま び き  資 料 編  全国薬物依存症者家族連合会

     も く じ 
○ビギナーA資料

ビギナーの皆さんへ

私はピアカウンセラーであり、専門のカウンセラーでも講師でもありません。  ここにいる皆さんと同じ立場のものです。
家族会では先行く仲間、後から来る仲間と言います。
家族会は月一回行っています。現在は特定のカウンセラーはいません。先行く仲間を中心にピアカウンセリングを行っています。ここでは、上下関係は一切ありません。
ダルクの家族会では宗教、ビジネスに一切関係ありません。
ここで聞いたこと、見たことはプライバシーや法律にかかわることなので、ここ以外の場所で個人名を出して「おもしろおかしく」話題にしないでください。また、これから本人(薬物依存症者)のケアに入るためにも、本人にも言わない。
これから学んでいくために覚えてもらいたい言葉をメモに取っておくと役に立ちます。
1 本人・・・薬物依存症者
2 ビギナー・・・家族会に新しく参加した人
3 クリーン・・・薬物を使っていない人
4 スリップ・・・「病気の再発」薬物依存症者が薬物などの使用を再びしてしまうこと。
5 ハイヤーパワー・・・自分(人間)に力をはるかに超えた偉大な力。各自理解するところの「神」。
6 アディクション・・・嗜癖。病的依存。
7 イネイブリング・・・依存症者の責任を肩代わりしたり、依存症者の感情を刺激して、薬物を続けられるようにしてしまう行為。
8 イネイブラー・・・イヌイブリングする人。
9 共依存・・・”問題ある人”と、その人の”支え手”との関係をさし、嗜癖的人間関係のこと。
10 依存症・・・あるものに対して強迫的な欲求を持ち、抑えられるときには心理的、身体的な反応を示すため、欲求を満たそうと繰り返しているうちに、次第になれて耐性が生じ、更に激しい欲求が増加する状態を示す症状。
a 私たちは、同じ問題で「悩み」「苦しみ」、自分ではどうにもならなくなり、ここへたどり着いた人ばかりです。
b 私たちが、今抱えている問題の家族または子どもは、薬物依存症という現代の医学では治せない不治の病に侵されてしまったということを認識してください。
c このまま放っておくと、本人は刑務所暮らしまたは、一生病院暮らしか、最悪の場合「死」しかありません。また、家族関係が破綻になる場合もあります。
d しかし、クスリを止めて生きていくことは出来ます。
e 本人にはダルク・家族には家族会と私は思います。
f ダルクに子供や家族が入寮したらもう安心という訳にはいかないのです。本人がクスリを使い続けてきたことに私たちが大きく関わってきているからです。
g 家族会は、同じ悩みを持つ仲間です。恥ずかしいことはありません。「何でも話して」仲間の話を聞いて正直になってください。それが本人を救うことになります。



薬物依存症とは

 この病気は、使っている本人に取りつくだけでなく、周囲のあらゆる人を引きずりこみます。そして、人生を破壊し希望を打ち砕き、お互いのつながりを断ち切ろうとします。
 家族が「依存症のせいで、私はこんなに苦しんできた」と恨みを感じているとしたら要注意。
 家族を苦しめたのは「依存症」という病気なのに、その病気の犠牲になった人間同士が責め合い、心を凍らせている。この病気に抵抗するより、降参する方が楽です。病気からどうやって抜け出せばよいのでしょうか。

★ 背負い込んでしまう
薬物使用の問題が進行するにつれて、家族の心に2つのことが起こります。
 1つは、「私がこの人を何とかしなければ」。そして、注意して説教したり、責めたりして薬物依存症者をコントロールしようとするようになります。
 もう1つは、「この人の分まで、私が何とかしなければ」。重たいものを全て自分の中に抱え込んで「私が自分で何とかしなければ」と努力するのです。
 本当なら、薬物依存症者本人が背負うべき責任を、自分で背負い込んでしまう。こうして、依存症という病気は、家族を巻き込んで、【共依存】という名の罠に引き入れてしまいます。
 目の前のあらゆることが自分の責任となってのしかかってくる。こんな状態では、どこまでが自分の責任で、どこからが相手の責任か分からなくなります。

★ 孤独感

 身内や友人は、たいていの場合見当はずれのアドバイスをします。いわゆる権威ある人たちも、しばしば間違った助言をします。
「もっと愛情をもって接してください。」
「家庭環境に問題があるのでは・・・。」
 その都度、家庭は右往左往し、責められて傷つき、自信をなくしていきます。周囲の無理解の中、矢面に立っている家族は、「共依存」の罠にどんどんはまっていきます。
 こうして、家族が孤立していく間、実は依存症者本人も孤独の中に追いつめられています。

★ 責任の取り違え

 依存症者が薬の離脱症状で暴れます。物を投げて壊そうが、ドアを蹴破ろうが、家族は即座に処理をします。「近所に知られたら大変」と、依存症者がどんな騒ぎを起こしても、翌朝には何事もなかったかのように片づけてします。
 大変な状況に置かれていると、「私さえ我慢すればいい」と、その状況に慣れていくのです。自分の気持ちにはシャッターを下ろして、自体を収拾するために体が自動的に動きます。いつも周囲の状況を見張っていなければならないため、自分に目を向ける余裕がなくなります。したがって、自分を主体にした会話がなくなります。
「○○に××と言われた。」
「○○がこんなことをした。」
こうして共依存にはまりこんでいくのです。共依存にはまり込むと、「私が何とかしなければならない」問題が山積みとなり、傷だらけの状態で果てしなく周囲をコントロールし続けることになるのです。
 薬物使用の問題を解決する責任は、本来誰にありますか?

★ どうしてこんなことに・・・

 サラ金に借金を返せずに、それを家族が肩代わりした。本人が起こした交通事故の尻拭いをした。これだけ自分を押し殺し、犠牲となって頑張ってきたのに、事態は全く変わらない。それどころか、ますます手に負えなくなっていきます。期待はいつも裏切られ、家族がやることなす事は全て裏目に出ます。
 家族は蟻とあらゆる手段を使って薬物使用をやめさせようとし、本人は蟻とあらゆる手段を使って薬を使おうとするのです。まさに病気という悪魔の計画通り、家の中は疑いと監視、嘘と裏切りが横行します。後悔や自責感、絶望を募らせます。家族の中で、「犯人探し」が始まることもあります。「親の育て方が悪かった」「父親も酒飲みだ」などと・・・。解けない疑問を前にして、家族みんなが傷ついていくのです。
 依存症者が家族を傷つけ、嘘をついてまで薬を使い続けるのはなぜでしょう?

★ 病気だったのです

 家族会に参加して、病気だったことが分かり、ホットしたことでしょう。今まで同じ悩みを持ち、同じことをしてきた仲間に会ったことは、大きな一歩といえるでしょう。
 家族は長いこと、解けない疑問を前に悶々としてきました。理由を考えれば考えるほど、怒りや苦しみ、恨みや自責感が膨らみ、自分を傷つける結果になっていました。本当の理由はただ一つ。「病気だから」。依存症者本人は、意志薄弱なのではなく病気なのだ。しかし、病気だと言われたからといって、帳消しに出来るようなものではない。家族とみんなが悪魔に囚われている状態から、まずあなたが楽になることが必要なのです。病気だと知ることで、完全に納得はいかなくても、少しは楽になれます。
 依存症は進行性の病気です。本人にも、家族にも、いつから病気が始まったのか分かりません。いくら自制心を効かせようと思っても、繰り返し説教をされてもどうにもなりません。
「薬物使用をコントロールできない」のが症状のひとつ。
 もうひとつは、「離脱症状」の苦しさからまた使ってしまうこと。薬を手に入れるためなら、どんな理由づけもします。あらゆる手段を利用します。周囲の信頼を裏切るし、嘘もつきます。全てのエネルギーを薬物使用に使うことしかない状態に追い込まれているのです。
 依存症者がここから抜け出るには、一人の力では無理です。
 病院で、身体の安全を確保しつつ、解毒治療をする(1〜2週間)。
 自助グループや中間施設で仲間と出会い、繰り返し自分の話をし、仲間の話を聞くことで回復を続けて行く。
 つまり、周囲の助けを借りながら「自分の問題を直視する」「自分に正直になる」ことが、回復の唯一の方法なのです。家族も同じことです。
 共依存からの回復は、トコトン自分に正直に向き合うこと。自由になるにはそれしかないのです。

★ 私がやらなくてもいいこと

 「依存症本人のためでなく、あなた自身のためにやるべきことを全てやりましたか?」
 恨みや怒りをかかえ、傷ついたままで本人から離れても、別の場所で同じ生き方を繰り返してしまうことはないでしょうか?別れるのも選択の一つ。その前にあなた自身に出来上がっているパターンを見つめてみましょう。自分が見えないままで、重大な決定をするのは避けた方がよいでしょう。まずは、自分が抱え込んできた重荷を下ろすことです。身軽にならなければ、次の行動を起こせません。
 薬物使用の問題は、あなたが何とかしなくていい。依存症者が少しでもまともに見えるように、あなたが取り繕わなくていい。それは本人の責任で、あなたの責任ではないからです。迷惑をかけた人に謝るのも、あなたの仕事ではなく本人の仕事です。そうやって、一人前の大人として扱うことが、本人のためにもなります。別の人が自分に変わって責任をとってくれるから、使い続けることが出来るのです。

★ 私は今、何を感じている?

 依存症者本人のためでなく、自分の世間体のために尻拭いしていた。
 自分の気持ちを正直に見つめてみましょう。自分を取り戻すことで、問題が整理され、周囲が見えるようになります。しかし、回復への一歩は、周囲ではなく自分自身に目を向けること。ひたすら正直になることが唯一の方法です。
 しなくてもよいことをするのはやめる。これは大切なことです。けれど、問題を手放すことと、相手を突き放すこととは別です。これ以上突っ張るの必要はありません。助けを求めてよいのです。
 自助グループは安全な場所です。ありのままの自分をみせても、誰もが同じ体験をもつ仲間なのです。
「私は今、何を感じているのだろう?」
気持を感じるには、自分を主語にすることです。そして、これまで押し込めていた感情を、外に出してあげるのです。あなたが必要なものを自分に与えてあげてください。「私にはこれが必要だ」と自分に言ってください。
 きれいな空気が吸いたいと感じたら、自然の中を歩いてみる。自分が楽しむための時間を作りましょう。

★ 治療を受けてほしいなら

 問題を手放したら、家族が本人に対してできることは何もない・・・。というのは大きな誤解です。何より大切な仕事は、それは回復のための方法を本人に伝えることなのです。
 専門病院や施設、そして自助グループに行くように勧めることです。体験者の中でプログラムすることが回復のための唯一の方法です。
 もうひとつ家族ができることは、依存症という病気について勉強するだけでなく、、回復を心から信じること。長いこと裏切られてきた家族は、信じることが難しくなっています。信じる力を取り戻すには、自助グループに出掛けて、一人でも多くの回復者に会うこと。回復者の話を聞き、回復を実感することです。
 本人に治療を勧めるにはタイミングが必要です。使っている盛りに話をしても、またこれから使おうとしているときに話をしても、聞く耳を持ってはくれません。薬が抜けて、後悔や自責感に囚われている時がよいでしょう。援軍を頼むのも賢い方法です。力を貸してくれる人と一緒に話をする場を用意し、説得するのです。

★ 依存症を親に持つ
 依存症問題の中で育つ子どもたちの将来が心配だ・・・。多くの人がそう悩んでいます。子どもに期待したり、要求したりしてはいけないのは次のことです。

☆ 愚痴の聞き役にしてはいけない。
☆ 子どもを自分の「味方」に引き込んではいけない。
☆ 子どもを希望の星にしてはいけない。
☆ 子どもに見捨てられ感を与えてはいけない。
☆ 子どもを連絡係にしてはいけない。

★ クリーンになったら

 薬物さえなければと長年期待をかけていただけに、断薬直後の本人の姿を目にして家族は失望するかもしれません。クリーンになってくると、本人は次のような状態になります。

☆ 落ち込んで元気がない
   急に押し寄せる現実に、不安や恐れを抱いて憂鬱になったりしやすい。
☆ イライラし、ちょっとしたことで腹を立てる。
   クスリへの渇望観から欲求不満になる。
☆ あちこち体の具合が悪くなる
   今まではクスリで全身麻酔をかけていたようなもの。酔いが醒めると感じられるようになります。
☆ 大きな顔で威張り始める
   クリーンを続けるということは、本人にとって、とてつもない大作業なのです。ただし、回復はあくまで自分のためであって、家族のためではないと気付くまでには少し時間がかかります。

 しかし、本人のこの状態に家族が気付き合うのは、使っているころと変わりません。家族は家族で別の回復を目指すことです。医療機関や保健所などの家族教室、ダルクの家族会、ナラノンなどで気持を繰り返し語ることです。
 本人がクリーンになっていく過程で、家族とは次のようなことがよく起こります。
☆ 目の前の大きな目標を失った。
   体の疲れは十分休んで癒しましょう。心の疲れは、一人でじっとして休んでいてもとれません。仲間と会ったり、家族会などで心を活性化することが必要です。
☆ これまでのような賞賛を得られない。
   周囲の評価で自分をしばった生き方を変えること。今まで、依存症に振り回されてきた家族が自分たちの回復の場を求める時、自助グループや家族会に積極的に参加しましょう。
☆ 正気の相手との付き合い。
   家族に、依存症者の気分をよくしてあげる責任はありません。距離をおいて見守るしかありません。
☆ 平安な生活を楽しみましょう。
   依存症者のことを考えて不安になる代わりに、そのエネルギーを自分のために使う。

★ スリップが不安

 依存症は慢性の病気です。ちょっと油断して一度だけならと・・・。
 自分を見失わないためには、常に自助グループで過去を振り返り、現在を見つめ、徹底的に自分自身に正直であり続けることです。家族も何かの拍子に、再び共依存にはまっていくことがあります。スリップした時は、どのようにしたらよいでしょうか。

☆ 使ったことを責めたり、理解を追求しない。
   スリップは病気を認めるよい機会となることもあります。また、理由を追及したところで、理由などあってないようなもの。自分で気付く問題です。
☆ 助けの手を差し伸べる。
   本人は何とかクスリをコントロールしようとしながら連続しようとはまっていきます。出来るだけ早く、自助グループや施設に自分で助けを求めるように勧めてください。
☆ 家族が助けを求める。
   本人が助けを求められない場合には、まず家族が助けを求めるようにしましょう。スリップは共依存への落とし穴であると同時に、回復を見直すチャンスでもあります。

★ 性の問題

 断薬後の夫婦の多くが、性の問題に悩んでいます。誰かに相談しにくいだけでなく、夫婦で話し合うこともできず、一人苦しんでいることがしばしばです。
 正直さを取り戻しましょう。ためこんでいる勘定を信頼できる仲間や専門家のもとで語ってください。不安、恐れ、怒り、恨み・・・。繰り返し語って気持が整理されると、自分が何を望んでいるのが見えるはずです。
 性はクリーンを続けるための道具や、相手をなだめるための道具ではありません。もちろん、復讐の道具でもないし、相手を支配する道具でもないのです。
 どちらかが勇気を持って気持ちを変えなければ、関係は育ちません。

★ 会話にならない

 長いこと本人は、薬を手に入れるために暴言や暴力で家族を脅したり支配したり、薬を使っては大きな赤ん坊のように家族に依存していました。
 しかし、本人はクリーンになったのだからいいだろうと思い、家族が何を不満に感じているのか分からないのです。クリーンでいるということは最終目的ではなく、新しい生き方を始めるための手段なのですから。
 家族がどんな関係を望んでいるのか、相手に伝えましょう。相手を主通りに変えることはできませんが、自分の行動を変えることで関係は変わってきます。自助グループなどで、仲間の中からお手本になる家族を見つけて、見習ったり、家族ぐるみの付き合いをするのもよい方法です。

★ 依存症の子どもについて

 幼い子どもたちは、たいてい父親のせいで苦しむ母親の味方です。ところが、その子どもたちが成長するにつれて、親との関係が変化していきます。
 大きくなった子どものために、親ができることは何でしょうか?今も子どもを大切に思っていることを、言葉や行動で伝えましょう。過去のことについても、子どもが話せる機会を造りましょう。こどものために生きるのではなく、自分の人生を生きるのです。父親がシラフで生きていく姿、母親が生き生きしている姿。そして、夫婦が関係を作り直す姿を見せてあげることは、子どもへの大きな贈り物なのです。

★ 家族の人生を生きる

 依存症者の家族を持つ人たちは、とても長いこと自分を犠牲にして生きてきました。自分のことではなく、周囲のことに一生懸命力を使ってきました。そのときは、そうせざるを得なかったのです。あなたはいつも、その時の自分にできる最善のことをやってきたのです。
 興味あることに挑戦してください。自分を癒したり、新しい生き方を身につけるために役立つところに足を運んで下さい。


   家族への12の助言(斎藤 学)
ー依存症者をかかえる家族が、依存症者本人に接する場合の原則ー

1 本人に関する一切の思いこみを捨て、白紙に還る
 家族は本人のことを一番よく知っていると思い込み、得てして第三者からの助言が入らなくなってしまう。まずここから改めないと相談そのものが無益になる。家族であるから本人の発見している症状の本質が見えなくなってしまっている。自分の背中のホクロが見えないようなものです。本人の症状、行動が家族内コミュニケーションの歪みから生じているとすれば、その歪みに一緒に巻き込まれている家族にその本質がわかることの方が珍しい。

2 本人を子ども扱いにしない
 本人の立場に伴う役割や責任を前提として考える。役割を剥奪して無責任な立場におくことはしないで、良かれと思ってする。先取り心配と手配が子ども扱いになっていませんか・・・。

3 本人への過度の注意集中を避け、自分自身に注目を向け変える
 家族には本人の薬物を止めさせる力はありません。本人は薬物のことで頭がいっぱいです。家族は本人が薬物をやるかやらないで頭がいっぱいでが、本人の行動は本に自身の責任においてなされるのですから、本人が行動を修正しようとするのは、彼ら自身がその気になるときだけだという当たり前の事実に早く気付くこと。家族は、本人から自分にうつして、自分の行動のうちに修正すべき部分は何処かを考える。自分の行動は自分には評価できませんから、自分を映し出す鏡の役割を持つ他人と出会う必要があります。

4 孤立を避け、家族同士で集まる
 薬物依存症者の家族同士が集まる(NA家族会など)グループに出て友達を作る。そのほか、勉強会にでる。第一ステップから家族は無力である。

5 本人に対する脅かし、すかしを止める
 本人に対して脅したり、すかしたりしても無駄なこと。事態を悪化させるだけです。家族であろうとなかろうと、他人の行動を自分の思い通りにコントロールすることは出来ません。対策に必要なのは口ではなく、家族自身の正しい行動です。

6 本人に対する監視的、干渉的ふるまいを止める
 家族は何かと薬物依存症者の不始末を未然に防ごうと、薬物を捨てたり、画したり、お金を持たせないようにしたりしますが、その努力は無駄というより有害です。こんな素朴な対応には反応しませんから、家族は行動を起こすたびに失敗し、絶望感を深め、本人の過敏な注意集中を推し進めることによって、逆行する。

7 本人の不始末の尻ぬぐいを避ける
 警察からの保釈、職場・学校への欠勤の言い訳、借金の支払いを止める。家庭内の問題に関しては、保護的な解除を一切しない。家庭内の問題は極力本人に責任を取らせる形で処理する。
 家族は問題を家庭内で処理しようとして、家庭内で起こした本人の不始末のもみ消しに走りがちですが、問題が進行すると本人はこれを利用して家族を振り回します。

8 本人の行動に一喜一憂しない
 本人が薬物をやってもやらなくても家族は日常生活をきちんとする。本人の言い訳に振り回されない。本人は病気のために強い薬物欲求にかられ、いろいろな理由を見つけ出す。その理由を取り除くのは無駄な努力である。

9 言ったことは実行し、出来ないことは言わない
 言葉が一人歩きして、表現がエスカレートし、言葉の持つ本来の意味が消えてしまっています。薬物依存症者の「もう絶対やらない」と言う嘘は、「今度やったら絶対に家に入れない」という家族の脅し、嘘に対応している。

10 適切な機会をとらえて、本人に問題点を直視させる
事実を伝える。干渉しないことを伝える。追放する期間をおいて。

11 本人の暴力に屈しない
 身の危険を感じたら逃避する。手に負えないようならば、警察に通報して援助を求める。
 嗜癖の底に怒りが剥がれているのです。クスリをやっている時は、この怒りは向けやすい対象に向かって吹き出します。適切ないい仮の表現を受け入れることはむしろ必要なことですが、暴力の形を取った、退行した不適切な怒りはささいなものであれ、徹底して排除する姿勢を持たねばなりません。初期の暴力に対してあいまいな態度を取っていると、表現は次第にエスカレートしていきます。暴力という脅しで周囲をコントロールすることになれた嗜癖者は、この二次的な歪みの矯正に手間取って、回復が遅れるものです。本人の暴力に対しては、過程の内部だけで処理しようとはせず、近隣の協力を求め、場合によっては110番の利用もためらうべきではありません。極端にまでエスカレートした形の暴力が、嫉妬妄想を持った薬物依存症者に見られることがありますが、この場合には、もはや小手先の対策では功を成さなくなっていますので、専門家の指導のもとに別居を含む解決策を計画すべきでしょう。


12 本人を病院に任せない
身体の病気は意思に任せれば良いが、薬物依存症はこころの病気であって、複雑なものであるから、家族が勉強して変わることが出来なければ解決しない。


     共 依 存 

 共依存とは、他人に頼られていないと不安になる人と、人に頼ることで、その人をコントロールしようとする人との間に成立するような依存、非依存の関係をいい、一次性の嗜癖とか、人間関係の嗜癖とか、と呼ばれていることもあります。
 こうした関係の中に二人は、互いに貪り尽くすので「憎しみながら離れられない」とか、「軽蔑しながら、いないと寂しい」といった、凄惨な愛憎劇が彼らの間に展開します。
 アルコール、薬物などへの依存や、ギャンブル、節食、浪費などへののめり込みは、コントロールしきれない相手を断念しようとして生じる怒りと、寂しさの中から生じるものですから、二次性の嗜癖という訳です。共依存から生じる種々の”不都合”を私は「共依存症」と呼んでいます。




0 0

コメント

mixiユーザー

ログインしてコメントを投稿する

<2019年12月>
1234567
891011121314
15161718192021
22232425262728
293031    

過去の日記

2020年
2019年
  • 01月
  • 02月
  • 03月
  • 04月
  • 05月
  • 06月
  • 07月
  • 08月
  • 09月
  • 10月
  • 11月
  • 12月